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婚約破棄されたら幸せを拾いました  作者: 夏つばき


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125/153

125 化粧


「まあ、とても美しいです」

「本当に。とってもお綺麗ですよ」


イザベラ様の侍女たちにお化粧をしてもらったら、鏡の中にはとんでもない美女が現れた。

眉が整えられて、目の周りが黒く縁どられたからか、顔の印象がまるで違う。

まるで綿密に計算された彫刻のようだ。


さすがに顔の原型は留めているが、もはや詐欺である。


「青いドレスが、上品でとてもお似合いです」

「ええ、アクセサリーもお顔立ちに映えて、とても素敵ですわ」


呆然としている私の横で、侍女たちが、私の装いを口々に褒めてくれる。

光沢のあるロイヤルブルーのドレスに、胸元にはお母様からいいただいたタンザナイトのネックレス。

耳にも同じく、イザベラ様からいただいたタンザナイトのイヤリング。

高く結い上げた髪にも、銀の飾りが差し込まれ、動くたびに光がきらりと散る。


光り輝きすぎて、まるで自分がホタルにでもなったような気がしてくる。


「あの・・・、これって・・・」

「ええ、素晴らしいでしょう!?やはり私の見立ては合ってたわね。アンナ様に、最新流行の化粧と髪型を施したら、当代一の美女になると思ったのよ」


イザベラ様が口元を弾ませながら、侍女に自慢している。

目の周りを黒く縁どるのは、どうやら流行の化粧方法だったらしい。

よく見れば、イザベラ様の目の周りも黒い。

道理でイザベラ様やルーシー様が猛禽類に見えたはずだと、今更ながらに納得する。


「さすがイザベラ様でございます」

「そうでしょう?」


「え、いや、あ、あの・・・・」

「ああ、いいのよ、気にしないで。お礼なんて言わなくていいから」

「あ、いえ、あの、ありがとうございます」

「いいの、いいの。私ね、義妹ができたら、こんなふうに着飾らせるのが夢だったのよ」

「いえ、あの・・・」

「こんなに綺麗になったアンナ様を見て、アルバートも驚くわよね!アルバートがどんな反応をするか、アンナ様も楽しみでしょう!?」

「え、ええ。あの、でも」


できれば、元の顔とは違い過ぎるので、化粧前の自分に戻して欲しかった。

だが、相変わらずイザベラ様は話を聞いてくれない。


「じゃあ、私はアルバートに話したいこともあるし、先に玄関に行ってくるわね。アンナ様は、後からゆっくりいらしてね」


イザベラ様は悪戯っぽくウィンクをすると、足取り軽く去って行ってしまった。

今なら言えるかもしれないと、侍女たちに顔を向けた。


「・・・・・・あ、あの、私の、この姿って」

「本当に素敵でございます!私たちも、腕の振るいがいがございました!!」

「ええ、とても美しいです!アンナ様をこんなに美しく装うことができて、誇らしいです!!」


(あ・・・、これ、言えない)

侍女たちになら言えると思ったのに、彼女たちは満足げにうんうんと頷いている。

その誇らしげな様子に元に戻してほしいと言えず、すごすごと玄関に向かう。

私は悪意には強く立ち向かえるが、善意の押し付けには弱いのだ。


(でも、光っているほうがいいのかしらね・・・)

美しいアルバート様のそばにいるなら、このくらい輝いていなければ、くすんで私の姿は見えないかもしれない。

ただ、いつもの自分と違い過ぎて、この姿でアルバート様が私とわかるのか少し不安だった。


玄関に行けば、アルバート様とイザベラ様が熱心に話をしていた。

アルバート様の横にいたライアン様が、私を見つけて驚いたように眼鏡を外して瞬いた。

あの冷静な執事でさえ、驚きのあまり目を大きく開いている。

気恥ずかしい思いで、アルバート様に挨拶をする。


「アルバート様、おはようございます」

「ああ、アンナ嬢、おはよう」


だが、アルバート様は表情を変えることなく私を見つめているだけだ。

もしかしたら、アルバート様は目が悪いのかもしれない。


「ちょっと、アルバートったら、アンナ様に言うことはそれだけなの?」

「え?ちゃんと挨拶しましたが?」

「もう!こんなに綺麗にしたのよ!綺麗とか、可愛いとか、何か言いようがあるでしょう?」


「ああ・・・」

「『ああ』じゃないでしょう!?女性が美しく装ったら、褒める!これが基本よ」


「別に評価しなくても・・・」

「女性が求めているのは、『評価』じゃないのよ。『肯定』。そして『共感』!大切にされていると感じることが重要なのよ!!褒めることは、その第一歩!!!」


「そうなのですか?」

「そうなのよ!いいと思ったら、すかさず褒める!!思わなくても、どこかいいところを見つけて褒める!!いつまでも自分を愛してほしいと思うなら、それを怠ってはだめよ!!!」


「無理やり褒めろって・・・。イザベラ様、それではどこぞの独裁者と言ってることが変わりませんよ」

「ライアン様は黙ってなさい!女性はね、大事にされていると思えばこそ、頑張れるのよ!」


「それって、男女差別じゃないですか?男性だって、褒められたいですよ」

「ライアン様に、褒めるようなところがあれば、いくらでも褒めてあげるわよ」

「さっきの言葉と矛盾していません?私のいいところを見つけて褒めてくださいよ」


「うるっさいわね!話が脱線するから、会話に加わらないでよ!私は今、アルバートに言ってるの!アルバート、アンナ様を褒めるのよ!」


「・・・わかりました」

「なんなの、その仕方なさそうな態度は!?綺麗でしょう!?」


アルバート様はイザベラ様の意見に同調できないのか、眉を訝し気に顰めている。

私としては、そこまでして褒めてもらわなくていい。

むしろイザベラ様が褒め言葉を強要しているせいで、非常に居心地が悪い。


「ええ、綺麗ですよ。でも、アンナ嬢はいつも可愛いので、特に褒める必要はないかと思っていました」


『えっ!』

「ちょっ、アルバート様、何を言ってるんですか?」


途端にイザベラ様とライアン様が、にやにやしながら顔をつき合わせるように囁き始めた。

さっきまで言い合っていたくせに、こういう時だけ結託するのは本当にやめて欲しい。


「やだ~、聞いた?今、アルバートは絶対に惚気たわよね?」

「ええ。聞きましたよ。惚気ですね、しかも無自覚の」


「いや、そんな・・・」

「いいのよ、いいのよ。アンナ様ったら、そんなに顔を赤くして照れるなんて、初々しくて可愛いわね」

「いえ、その・・・」

「アルバートもこんな涼しい顔して、惚気てくれるわよね。アルバートは、アンナ様がどんな姿でも可愛いのよね?」


(なんてこと聞いてくれるのよ!?)

私の焦りをよそに、アルバート様は表情一つ変えず、平然と答えた。


「ええ、そうですね。アンナ嬢は、いつでも可愛いですよ」

「きゃ~!ライアン様、今の聞いた?聞いたわよね!?」

「しっかり聞きましたよ。惚気の極みですね」


「ちょっ・・・アルバート様、何を言ってるんですか!?」


「いや、正直な気持ちを言っただけだ」

「きゃ~!もう、どうする?今夜は、お祝いにケーキ祭りでもしちゃう?折角だから、騎士全員に振舞ってもいいわよ」

「いいですね。では、騎士団全員で一斉に祝砲を打ち上げますね」


「お二人共、何を言ってるんですか!?」

「あら、いいじゃない?アルバートの惚気記念として、祝日にしてもいいくらいよ」


(もうっ!いい加減にしてよ!)

アルバート様は平然としているが、私は顔から火が出そうだ。

どうしてイザベラ様は、こんなにも人を揶揄して楽しむのだろう。

頼むから、私たちのことは静かに見守っていて欲しい。


「せっかくだし、今夜はうちで記念パーティでもしましょうか?」

「いいえ、結構です!」

「あら、そう言わずに・・・」

「イザベラ様、お世話になりました!申し訳ありませんが、急ぐので失礼します!」


にまにまと嬉しそうに笑うイザベラ様から、今すぐにでも逃れたい一心で馬車の扉を開ける。

私たちのやり取りに何の感想も見せないアルバート様を、必死で馬車の中に押し込んだ。

すぐさま私も馬車に飛び込み、イザベラ様が入れないよう内鍵をかける。


それでもイザベラ様は、こちらの反応を確かめるかのように、しつこく馬車の中を覗き込んでくる。

もう本当に勘弁してほしい。


私のいたたまれない気持ちを察したのか、ライアン様は口を押さえつつ御者に指示を出してくれた。


ギシリと車輪が音を立てて回り始め、馬車が動き出すと、公爵邸はみるみるうちに遠ざかっていった。

これでもうイザベラ様の邪魔が入らないと思い、胸をなで下ろす。


「もう、アルバート様ったら!イザベラ様たちの前で、何を言うんですか?」

「いや、素直に自分の気持ちを言っただけだが?」


(・・・・・・・・!!)


「まあ、でも、私としては、いつものアンナ嬢のほうが好きだ」

「えっ?」

「その化粧だと、表情が分かりにくい」


「・・・そ、そうですか」


(・・・アルバート様の美的感覚はわからないわね)

世間的に見れば、今の私のほうが間違いなく綺麗だ。

でも、おが屑や泥が付いた状態でも、私を可愛いと言ってのけたアルバート様だ。

自分が美しい分、アルバート様は凡人にはわからない美的感覚を持っているのかもしれない。


だが、人前で、こんな美しい人に無条件に容姿を褒められる身にもなって欲しい。

絶対におかしな目で見られるに決まっている。


「あ、あの、ありがたいのですが、その、恥ずかしいので、人前で褒めたり、好意を伝えるのはやめていただきたいかと・・・」

「そうなのか?」

「え、ええ」


「アンナ嬢は、人前で言うのに?」

「え?私はそんなこと言いませんよ。アルバート様は、何を言ってるのですか?」


アルバート様は、意外そうに一瞬目を見開き、私の顔を見つめた。

何を意図しているのかわからず、私もまたアルバート様を見つめ返してしまった。


「・・・・・・そうだな。では、そうしようか」

「ええ。どうかお願いします」


「アンナ嬢がそう言うならやめておくよ。君が嫌がることはしたくないからね。だが、二人きりの時はいいだろう?」


「!!!!!」


顔が一瞬で赤くなった私を見て、アルバート様は、楽しげに声を上げて笑った。


(もうっ!アルバート様ったら、こんなふうに人を揶揄う人だった!?)

睨むようにアルバート様の顔を見れば、私の視線を避けるように窓の外に目を遣った。

窓に肘をつき、吹き込む風など気にも留めず、外を見つめている。

馬車の中で揺れる銀の髪が、陽光に照らされて柔らかく光り、青い瞳が輝きを増していた。


(見慣れはしたけど、相変わらず神様が作った芸術品のように美しいわね)

アルバート様は、何か面白いことでも思い出したのか、微かに笑みを浮かべた。


表情が現れると、アルバート様も私と同じように感情を持つ人間なのだという実感が湧く。

これから、アルバート様はどんな表情を見せてくれるのだろう。

願わくば、心を移すその変化を、ひとつ残らず見ていたい。


(・・・ずっとそばにいたら、見られるわよね)

結婚したら、それこそ毎日アルバート様の姿を目にすることになるだろう。

なんだか幸せな気分になって、私も流れる風景に目を遣った。

ただアルバート様がいるだけで、馬車の中は穏やかな空気に包まれているように感じられた。


何も語らなくても、共にいるという事実だけで十分だ。

願わくば、この穏やかな時間に、いつまでも身を委ねていたい。


しばらく二人で流れる風景を眺めていたが、ふとアルバート様が声を上げた。



お読みいただきありがとうございます。

ブクマ、評価をしていただきありがとうございました。


作中「猛禽類に見えたはずだ」とありますが、すべての猛禽類の目元が黒いわけではありません。

目元が黒い猛禽類としては、「ハヤブサ」「ミサゴ」「チョウゲンボウ」辺りが有名でしょうか。


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