125 化粧
「まあ、とても美しいです」
「本当に。とってもお綺麗ですよ」
イザベラ様の侍女たちにお化粧をしてもらったら、鏡の中にはとんでもない美女が現れた。
眉が整えられて、目の周りが黒く縁どられたからか、顔の印象がまるで違う。
まるで綿密に計算された彫刻のようだ。
さすがに顔の原型は留めているが、もはや詐欺である。
「青いドレスが、上品でとてもお似合いです」
「ええ、アクセサリーもお顔立ちに映えて、とても素敵ですわ」
呆然としている私の横で、侍女たちが、私の装いを口々に褒めてくれる。
光沢のあるロイヤルブルーのドレスに、胸元にはお母様からいいただいたタンザナイトのネックレス。
耳にも同じく、イザベラ様からいただいたタンザナイトのイヤリング。
高く結い上げた髪にも、銀の飾りが差し込まれ、動くたびに光がきらりと散る。
光り輝きすぎて、まるで自分がホタルにでもなったような気がしてくる。
「あの・・・、これって・・・」
「ええ、素晴らしいでしょう!?やはり私の見立ては合ってたわね。アンナ様に、最新流行の化粧と髪型を施したら、当代一の美女になると思ったのよ」
イザベラ様が口元を弾ませながら、侍女に自慢している。
目の周りを黒く縁どるのは、どうやら流行の化粧方法だったらしい。
よく見れば、イザベラ様の目の周りも黒い。
道理でイザベラ様やルーシー様が猛禽類に見えたはずだと、今更ながらに納得する。
「さすがイザベラ様でございます」
「そうでしょう?」
「え、いや、あ、あの・・・・」
「ああ、いいのよ、気にしないで。お礼なんて言わなくていいから」
「あ、いえ、あの、ありがとうございます」
「いいの、いいの。私ね、義妹ができたら、こんなふうに着飾らせるのが夢だったのよ」
「いえ、あの・・・」
「こんなに綺麗になったアンナ様を見て、アルバートも驚くわよね!アルバートがどんな反応をするか、アンナ様も楽しみでしょう!?」
「え、ええ。あの、でも」
できれば、元の顔とは違い過ぎるので、化粧前の自分に戻して欲しかった。
だが、相変わらずイザベラ様は話を聞いてくれない。
「じゃあ、私はアルバートに話したいこともあるし、先に玄関に行ってくるわね。アンナ様は、後からゆっくりいらしてね」
イザベラ様は悪戯っぽくウィンクをすると、足取り軽く去って行ってしまった。
今なら言えるかもしれないと、侍女たちに顔を向けた。
「・・・・・・あ、あの、私の、この姿って」
「本当に素敵でございます!私たちも、腕の振るいがいがございました!!」
「ええ、とても美しいです!アンナ様をこんなに美しく装うことができて、誇らしいです!!」
(あ・・・、これ、言えない)
侍女たちになら言えると思ったのに、彼女たちは満足げにうんうんと頷いている。
その誇らしげな様子に元に戻してほしいと言えず、すごすごと玄関に向かう。
私は悪意には強く立ち向かえるが、善意の押し付けには弱いのだ。
(でも、光っているほうがいいのかしらね・・・)
美しいアルバート様のそばにいるなら、このくらい輝いていなければ、くすんで私の姿は見えないかもしれない。
ただ、いつもの自分と違い過ぎて、この姿でアルバート様が私とわかるのか少し不安だった。
玄関に行けば、アルバート様とイザベラ様が熱心に話をしていた。
アルバート様の横にいたライアン様が、私を見つけて驚いたように眼鏡を外して瞬いた。
あの冷静な執事でさえ、驚きのあまり目を大きく開いている。
気恥ずかしい思いで、アルバート様に挨拶をする。
「アルバート様、おはようございます」
「ああ、アンナ嬢、おはよう」
だが、アルバート様は表情を変えることなく私を見つめているだけだ。
もしかしたら、アルバート様は目が悪いのかもしれない。
「ちょっと、アルバートったら、アンナ様に言うことはそれだけなの?」
「え?ちゃんと挨拶しましたが?」
「もう!こんなに綺麗にしたのよ!綺麗とか、可愛いとか、何か言いようがあるでしょう?」
「ああ・・・」
「『ああ』じゃないでしょう!?女性が美しく装ったら、褒める!これが基本よ」
「別に評価しなくても・・・」
「女性が求めているのは、『評価』じゃないのよ。『肯定』。そして『共感』!大切にされていると感じることが重要なのよ!!褒めることは、その第一歩!!!」
「そうなのですか?」
「そうなのよ!いいと思ったら、すかさず褒める!!思わなくても、どこかいいところを見つけて褒める!!いつまでも自分を愛してほしいと思うなら、それを怠ってはだめよ!!!」
「無理やり褒めろって・・・。イザベラ様、それではどこぞの独裁者と言ってることが変わりませんよ」
「ライアン様は黙ってなさい!女性はね、大事にされていると思えばこそ、頑張れるのよ!」
「それって、男女差別じゃないですか?男性だって、褒められたいですよ」
「ライアン様に、褒めるようなところがあれば、いくらでも褒めてあげるわよ」
「さっきの言葉と矛盾していません?私のいいところを見つけて褒めてくださいよ」
「うるっさいわね!話が脱線するから、会話に加わらないでよ!私は今、アルバートに言ってるの!アルバート、アンナ様を褒めるのよ!」
「・・・わかりました」
「なんなの、その仕方なさそうな態度は!?綺麗でしょう!?」
アルバート様はイザベラ様の意見に同調できないのか、眉を訝し気に顰めている。
私としては、そこまでして褒めてもらわなくていい。
むしろイザベラ様が褒め言葉を強要しているせいで、非常に居心地が悪い。
「ええ、綺麗ですよ。でも、アンナ嬢はいつも可愛いので、特に褒める必要はないかと思っていました」
『えっ!』
「ちょっ、アルバート様、何を言ってるんですか?」
途端にイザベラ様とライアン様が、にやにやしながら顔をつき合わせるように囁き始めた。
さっきまで言い合っていたくせに、こういう時だけ結託するのは本当にやめて欲しい。
「やだ~、聞いた?今、アルバートは絶対に惚気たわよね?」
「ええ。聞きましたよ。惚気ですね、しかも無自覚の」
「いや、そんな・・・」
「いいのよ、いいのよ。アンナ様ったら、そんなに顔を赤くして照れるなんて、初々しくて可愛いわね」
「いえ、その・・・」
「アルバートもこんな涼しい顔して、惚気てくれるわよね。アルバートは、アンナ様がどんな姿でも可愛いのよね?」
(なんてこと聞いてくれるのよ!?)
私の焦りをよそに、アルバート様は表情一つ変えず、平然と答えた。
「ええ、そうですね。アンナ嬢は、いつでも可愛いですよ」
「きゃ~!ライアン様、今の聞いた?聞いたわよね!?」
「しっかり聞きましたよ。惚気の極みですね」
「ちょっ・・・アルバート様、何を言ってるんですか!?」
「いや、正直な気持ちを言っただけだ」
「きゃ~!もう、どうする?今夜は、お祝いにケーキ祭りでもしちゃう?折角だから、騎士全員に振舞ってもいいわよ」
「いいですね。では、騎士団全員で一斉に祝砲を打ち上げますね」
「お二人共、何を言ってるんですか!?」
「あら、いいじゃない?アルバートの惚気記念として、祝日にしてもいいくらいよ」
(もうっ!いい加減にしてよ!)
アルバート様は平然としているが、私は顔から火が出そうだ。
どうしてイザベラ様は、こんなにも人を揶揄して楽しむのだろう。
頼むから、私たちのことは静かに見守っていて欲しい。
「せっかくだし、今夜はうちで記念パーティでもしましょうか?」
「いいえ、結構です!」
「あら、そう言わずに・・・」
「イザベラ様、お世話になりました!申し訳ありませんが、急ぐので失礼します!」
にまにまと嬉しそうに笑うイザベラ様から、今すぐにでも逃れたい一心で馬車の扉を開ける。
私たちのやり取りに何の感想も見せないアルバート様を、必死で馬車の中に押し込んだ。
すぐさま私も馬車に飛び込み、イザベラ様が入れないよう内鍵をかける。
それでもイザベラ様は、こちらの反応を確かめるかのように、しつこく馬車の中を覗き込んでくる。
もう本当に勘弁してほしい。
私のいたたまれない気持ちを察したのか、ライアン様は口を押さえつつ御者に指示を出してくれた。
ギシリと車輪が音を立てて回り始め、馬車が動き出すと、公爵邸はみるみるうちに遠ざかっていった。
これでもうイザベラ様の邪魔が入らないと思い、胸をなで下ろす。
「もう、アルバート様ったら!イザベラ様たちの前で、何を言うんですか?」
「いや、素直に自分の気持ちを言っただけだが?」
(・・・・・・・・!!)
「まあ、でも、私としては、いつものアンナ嬢のほうが好きだ」
「えっ?」
「その化粧だと、表情が分かりにくい」
「・・・そ、そうですか」
(・・・アルバート様の美的感覚はわからないわね)
世間的に見れば、今の私のほうが間違いなく綺麗だ。
でも、おが屑や泥が付いた状態でも、私を可愛いと言ってのけたアルバート様だ。
自分が美しい分、アルバート様は凡人にはわからない美的感覚を持っているのかもしれない。
だが、人前で、こんな美しい人に無条件に容姿を褒められる身にもなって欲しい。
絶対におかしな目で見られるに決まっている。
「あ、あの、ありがたいのですが、その、恥ずかしいので、人前で褒めたり、好意を伝えるのはやめていただきたいかと・・・」
「そうなのか?」
「え、ええ」
「アンナ嬢は、人前で言うのに?」
「え?私はそんなこと言いませんよ。アルバート様は、何を言ってるのですか?」
アルバート様は、意外そうに一瞬目を見開き、私の顔を見つめた。
何を意図しているのかわからず、私もまたアルバート様を見つめ返してしまった。
「・・・・・・そうだな。では、そうしようか」
「ええ。どうかお願いします」
「アンナ嬢がそう言うならやめておくよ。君が嫌がることはしたくないからね。だが、二人きりの時はいいだろう?」
「!!!!!」
顔が一瞬で赤くなった私を見て、アルバート様は、楽しげに声を上げて笑った。
(もうっ!アルバート様ったら、こんなふうに人を揶揄う人だった!?)
睨むようにアルバート様の顔を見れば、私の視線を避けるように窓の外に目を遣った。
窓に肘をつき、吹き込む風など気にも留めず、外を見つめている。
馬車の中で揺れる銀の髪が、陽光に照らされて柔らかく光り、青い瞳が輝きを増していた。
(見慣れはしたけど、相変わらず神様が作った芸術品のように美しいわね)
アルバート様は、何か面白いことでも思い出したのか、微かに笑みを浮かべた。
表情が現れると、アルバート様も私と同じように感情を持つ人間なのだという実感が湧く。
これから、アルバート様はどんな表情を見せてくれるのだろう。
願わくば、心を移すその変化を、ひとつ残らず見ていたい。
(・・・ずっとそばにいたら、見られるわよね)
結婚したら、それこそ毎日アルバート様の姿を目にすることになるだろう。
なんだか幸せな気分になって、私も流れる風景に目を遣った。
ただアルバート様がいるだけで、馬車の中は穏やかな空気に包まれているように感じられた。
何も語らなくても、共にいるという事実だけで十分だ。
願わくば、この穏やかな時間に、いつまでも身を委ねていたい。
しばらく二人で流れる風景を眺めていたが、ふとアルバート様が声を上げた。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、評価をしていただきありがとうございました。
作中「猛禽類に見えたはずだ」とありますが、すべての猛禽類の目元が黒いわけではありません。
目元が黒い猛禽類としては、「ハヤブサ」「ミサゴ」「チョウゲンボウ」辺りが有名でしょうか。




