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狛犬に娶られました  作者: 九条 睦月


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忍び寄る影(7)

「朔、見えるか?」


 陽に聞かれ、朔は小さく頷く。

 ツキの視線が教えてくれた。ケルベロスの左足に、一ヶ所だけ他の毛色とは違う部分があった。おそらく、あそこが急所だ。

 明かりといえば、月の光だけだった。暗がりということもあったし、三つもある首の方に気を取られすぎていた。首以外の他の部分を注意深く見る余裕などなかったのだ。


「あー……これもあって、ツキは怒ってんだな」

「そうだろうな」

「それじゃ、一気にやっちまうか。俺は、首三つ分を引き受けた」


 陽はそう言うやいなや、ケルベロスに向かって突進していく。あちらからの攻撃を躱し、渾身の一撃を食らわせる。

 三つの首が地面に落ちるかどうかという瞬間、朔がすばやく敵との距離を詰め、左足の毛色の違う箇所に爪を立てる。そして、続けざまに牙で切り裂いた。


「ガアアアアアア!」


 ケルベロスは断末魔の叫びをあげ、最後の力を振り絞るように暴れ始めた。辺り一帯が、地震が起こったかのように激しく揺れる。


「朔! 離れろ!」


 陽の声に反応し、朔は獣となった身体をしなやかに操りながらケルベロスと距離を取る。

 ケルベロスに扮した悪霊たちは一気に霧散するかと思いきや、そうはならなかった。

 集合体が解体されていく。それは、鉄が灼熱の炎でドロリと溶け出す様を想起させた。溶けた霊は、そのまま地面に吸い込まれていく。その場所は、暗い中でもわかるほどに、鮮やかな赤に染まっていた。


「ウォン」


 霊が完全に地面に吸い込まれた後、ツキがその場所へ駆けて行く。おどろおどろしい赤にも臆さず、ツキは足を踏み入れた。すると、その場に下弦の月の光が真っ直ぐに降り注ぐ。


「ウォーーーーン……」


 狼の遠吠えのような声でツキが一鳴きすると、月光の輝きが増す。月の光に照らされ、みるみるうちにその場所は元の状態へと戻っていった。


「ウォン」


 一仕事終えたツキが二人の元へ戻る頃には、辺りはすっかり何事もなかったかのように静まり返り、汚れていた空気も清浄化されていた。

 ツキは二人を見上げ、パタパタと尻尾を振る。そして、陽のパンツの裾を齧り、引っ張った。

 陽は苦笑いを浮かべ、痛む身体に顔を顰めながらも身を屈め、ツキを抱き上げる。


「お疲れ様、ツキ。ヘルプ、ありがとな」

「ワォン」


 ツキが朔の方を向く。その顔は、お前も何か言えよ、とでも言いたげだ。

 朔は表情を和らげ、ツキの首あたりを両手でワシャワシャと撫でる。ツキは気持ちよさそうに目を閉じ、「クゥン……」と可愛らしく鳴いた。


「ツキ、ありがとう」

「クゥー……」

「もしかして……二人にお願いされたか?」


 ツキの耳がピクリと動く。

 朔の言う二人とは、春南と更紗のことだ。

 いつものツキなら、これくらいの状況で出てくることはない。にもかかわらずここへ来たということは、ツキにとっては仕方なくだったのだろう。

 それをさせることのできる人間は、あの二人しかありえない。特に、更紗に強く懇願されたのだろう。ツキはとにかく更紗を気に入っているようで、一緒にいることも多い。


「そっか、なるほどな」


 陽がツキの耳を柔くつつき、頭を撫でた。ツキはされるがままになっている。二人を叱咤した先ほどとはえらい違いだ。

 ツキは疲れたといったように、目を瞑る。そんなツキを見て、陽と朔は小さく笑った。


「帰るか」

「あぁ」

「この怪我じゃ、まずは母屋だな」

「……そうだな」


 司狼には医療の心得があった。軽い手当で済むものなら春南や更紗がするのだが、それ以上の怪我は司狼が診る。獅子と狛犬の力もあるので、普通の人間よりも治癒力は高いのだが、今回の怪我は一晩できれいさっぱりとはいかなそうだ。

 朔は、空を見上げる。目を細め、吐息した。陽は、朔の肩を軽く叩く。


「早く嫁の顔が見たいな」

「……あぁ」

「泣かれて、おまけに怒られるだろうけどな」

「あぁ」

「でもその後は、甘やかしてもらおうな!」

「……」

「そこも同意しろよ!」


 そんな他愛もない会話で痛みを紛らわしながら、二人は母屋に向かって歩いていった。

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