忍び寄る影(6)
雲一つない空だった。
下弦の月が、暗闇の中で煌々と輝いている。
「陽!」
「朔、行けっ!」
悪霊たちの集合体が現れ、陽と朔の二人は戦っていた。これほど大きい集合体は、満月の夜以来だった。
それらが形作っていたのは、地獄の番犬として知られるケルベロスに似ている。胴体は一つだが首が三つあり、それぞれが獰猛な顔つきで、触れただけで皮膚を抉り取ってしまいそうなほどに鋭く尖った牙を持っていた。
その首の一つ一つにこちらも鋭い牙や爪を立てるのだが、霧散してもすぐに復活してしまう。本物ではなく霊の集合体なので、それも致し方ない。完全に封じ込めるためには急所を狙い、一気に倒す必要があった。
「くそっ……」
朔がケルベロスの首三つを一度に攻撃し、その首は地面に落ちたというのに、すぐまた再生を始める。これではキリがない。早く急所を見つけなくては。
「奴の急所はどこだよ! お決まりの眉間ってわけでもないし!」
息を乱しながら叫ぶ陽に、朔はチラリと視線を遣る。
今日は二人の合わさった力が一番弱いとはいえ、朔の体力は十分だ。ただ、陽の方は随分と落ちている。無理はさせられない。すでに二人の身体にはあちこち傷がついており、そこから血が流れていた。
「今日は春南からちゅーしてもらったし、もっと頑張らなきゃいけないんだけどな」
「馬鹿、無理するな」
「しねーよ。これ以上怪我したら、春南が泣く」
額から流れる血を拭い、陽が痛みを堪えながら笑う。
しかしその視線は、目の前のケルベロス。何とかして急所を見つけ出そうと、陽も必死なのだ。
朔は口を引き結ぶ。
目の前の悪霊と対峙し、そろそろ小一時間が経とうとしていた。これ以上長引かせれば、こちらがどんどん不利になっていく。
朔も陽もボロボロといった体で、大きな攻撃はあと一度。二度は難しいかもしれないといった状態だ。
「泣かせたくない」
無意識に零れた朔の言葉に、陽がフッと吐息し、朔の頭を乱暴に撫でる。
「とっととカタをつけるぞ」
「わかってる」
二人は顔を見合わせ、決意を込めて頷く。とその時、背後から聞き覚えのある鳴き声がした。
「ワォンッ!」
「ツキ!」
よほどでなければ、ツキが悪霊退治の場に姿を現すことはない。それなのに、どうして?
二人の集中は途切れ、動揺が走る。
「ギャウッ!」
それを諫めるように、ツキが鋭く鳴いた。のんびりしたいつもの顔ではなく、完全に怒っている。それは、なにをちんたらしてるんだ、しっかりしろ! と、二人を叱りつけているかのように見えた。
「なんでツキが……」
「ツキが出てくるほど、俺たちはまだ追いつめられていないはずだが……」
敵の動向に注意しつつ、ツキの動きにも注目する。
ツキが戦うのなら、本来の姿になるはずだ。しかし、そんな動きは見られない。小さな身体のまま、悪霊たちを威嚇し、こちらに攻撃しようとする動きを制していた。
わからないことを考えても仕方がない。ツキが向こうの動きを止めてくれるなら好都合だ。
二人はツキの視線を追う。ツキは、ある一点に向かって吠え続けていたのだ。




