忍び寄る影(5)
ここのところ、朔は毎日陽と一緒に敷地内を探索している。しかし、悪霊を引き寄せているものは、現在のところ見つかっていない。
「最近、毎日悪霊が出るんですね……」
「あぁ。この間みたいなデカいやつは出ていないが、小物は多いな」
「……」
更紗がここへ来たばかりの頃は、これほど頻繁に出ることなどなかった。こう毎日出るというのは、かなり珍しいことだ。
悪霊が出れば、司狼も祈りを捧げ、結界を強める。いつもなら、これで少しの間は出なくなるのだが、今回ばかりはそうなっていない。
海に関わる事故について町民から祈祷を頼まれていた件も、その後、劇的に改善したという話は聞かない。祈祷後は一時的に収まるが、すぐにまた復活しているらしい。楽天家である司狼でさえ、ここ最近は疲れた顔を見せることが多くなった。
「更紗」
「あ、ごめんなさい」
更紗は慌てて笑顔を作る。
心配でたまらないが、それをいちいち顔に出しては、かえって気を遣わせてしまう。ただでさえ毎日夜が遅いというのに、朔がますます疲れてしまうだろう。
新月に向かっているので、体力や霊力などは増していっている。そんな朔の足枷になってはいけない。
更紗はお茶を用意しに、キッチンへ向かおうとした。
「更紗」
ふわりと引き寄せられ、背中が温かくなる。愛しい温もりを感じ、更紗は朔の腕に手を添えた。
「今日もカモミールティーでいいですか?」
「あぁ」
「香りが落ち着くって言ってましたよね。これを飲んだ後の朔さんの寝つき、ものすごくいいし」
毎夜の探索と悪霊退治で、寝る前だというのに気持ちが高ぶっている。それを落ち着けるまでに時間がかかるので、更紗はハーブティーを用意することにしたのだ。様々なものを試したのだが、朔が気に入ったのはカモミールティーで、ここ数日はずっとこれを飲んでから眠っている。
「大丈夫だ」
「え……」
耳元で朔の声が聞こえる。くすぐったいような、ゾクリとするような、何とも言えない感覚。更紗の鼓動が速まっていく。
「更紗は俺が守る」
「朔さん……」
更紗はたまらなくなり、振り返って朔の胸に飛び込んだ。腕を朔の背に回し、ぎゅっと力を込める。
「私……私も。朔さんは、私が守るから……っ」
この人を守りたい。月読命から与えられた力を、全て渡せればいいのに。そう思わずにいられない。
明日は、下弦の月。上弦の月と同様、実はこの日が一番危ないのだという。
満ちる月と欠ける月のちょうど中間地点、この日は、二人揃った力が最も弱くなる。何事もなければいいのだが、あると覚悟しておくべきだろう。
とにかく心配だった。春南も顔には出さないが、心の揺らぎが手に取るようにわかる。春南は、ツキが助けに入らなければならなかった時のことを知っている。だからこそ、よけい不安なのだ。それでも──。
「明日はきっと大変な日だから……早く休みましょう」
不安だから笑顔を作る。笑顔で、大丈夫だと伝える。信じて待っている、その思いを丸ごとその微笑みに乗せるのだ。
朔の瞳が細まる。長い指が更紗の髪を梳き、更紗はその心地よさに目を閉じた。
「……っ」
「更紗の淹れるカモミールティーは美味い」
「ありがとう……ございます」
更紗は絡めていた腕を解き、慌ててキッチンへ駆けていった。鼓動の激しさに胸が苦しくなる。
「今……」
キッチンで、そっと唇に触れた。
「普通に……キス、された……?」
言葉にすると、さらに心臓が暴れだす。更紗はその場にしゃがんで、頬を押さえた。
「お、落ち着け、落ち着いて。お茶、お茶の用意……しなきゃ」
そう思いながらも、更紗はしばらくの間、そこに座り込んだままだった。




