忍び寄る影(4)
「お試し期間って感じの契約だったけど、あながち間違ってないわ。あの場で、更紗さんがノリノリで「嫁になります」って言ったところで、すぐに正式な嫁になれるわけじゃなかったの。それをちゃんと説明すべきだったんだけど、更紗さんの逼迫した事情もあったし、そこにつけこんで司狼さんは端折っちゃったのね。変なところで面倒くさがりだから」
司狼の普段の行動を思い出し、確かにそうだと更紗も苦笑した。
宮司としての仕事はとてもきめ細やかだというのに、それ以外については適当というか、ズボラと評した方がいいかもしれない。そのギャップに最初は驚いたが、今ではそれが司狼の魅力だと思っている。すでに先立ってしまった妻も、きっとそんな司狼だからこそ愛したのだろう。
二人はとても仲睦まじい夫婦だったらしい。そういったこともあり、司狼はいくら周りから勧められても再婚はしなかった。
その話を陽から聞いた春南は、そんな愛情深い両親に育てられたからこそ、陽と朔は、たった一人を想い、大切に慈しむことは当然のこととして捉えているのだろう、そんな風に感じたという。
「あの、それじゃ……正式な嫁になるまでは、その……そういったことは、しちゃダメってことですよね?」
「あら、もう嫁になる気は満々ってことなのね。よかった! 更紗さんに逃げられたらどうしようって、司狼さん、ちょっと心配してたから」
「えっと、その……朔さんが、嫌じゃなければ……。でも、朔さんに拒否権ってないんですよね」
月読命が決めたことに、護りである朔が異を唱えることはできないだろう。
朔はどんな相手が選ばれたとしても、その相手を嫁と認めなくてはいけない。それを思うと、申し訳なさでいっぱいになる。
「そうね、拒否権なんてないわ。でも……その道、私も一度通った。いろいろ悩んだわ。更紗さんも避けては通れないだろうから、ゆっくりじっくりと考えてみて。今は、そのための期間でもあるの。二人の想いを深めるため、そして……互いの想いの強さ、絆を試されている、今はそういう期間。それを覚えておいてね」
護りの嫁として、先輩である春南の言葉が重く心に響いた。
ゆっくりと頷く更紗に春南は微笑み「疲れて帰ってくる旦那様のために、私たちは笑顔で待っていましょ」とおどけたようにウインクをしながら、更紗の背中を押した。
更紗は、二人とツキが向かった方向を眺めながら、もう一度祈りを捧げる。
「無事に……早く帰ってきて」
春南はそんな更紗の肩を優しく抱き、春の陽射しのような温かな笑みを向けた。




