忍び寄る影(3)
春南がニヤニヤとしながら、更紗の顔を覗き込む。
穴があったら入りたいと思うほど恥ずかしかった。つい家にいる感覚で、他の人間の存在が頭から飛んでしまっていた。
「いいじゃない。朔さんの方も、まんざらでもないみたいだし?」
「春南さん!」
「ほんとよ。最近の朔さん、表情が豊かになったと思うし、柔らかな笑みも見せるようになった。更紗さんが来てくれてよかったねって、陽とも話してるの」
「春南さん……」
現時点では、かくまってもらっているという立場の更紗としては、春南の言葉が嬉しくてたまらない。自分で思っている以上に、皆は更紗を朔の嫁として大切に思ってくれているのだと実感し、胸が熱くなった。
「心から、愛する人が心配ですって、そんな顔してる」
「……っ」
ボッと火を噴くように赤くなる更紗に、春南はクスクスと笑みを浮かべながらも、そっと小声で囁く。
「そろそろ、二人にとっては辛い段階に入るかもしれないわね……。朔さんに限って大丈夫だと思うんだけど、更紗さん、朔さんを求めるのはもう少し待ってね」
「え……それってどういう……」
「朔さんへの想いが募れば、欲しいという気持ちが芽生えるでしょう?」
「……」
春南の言っている意味がわかり、更紗はますます顔を赤くして俯いてしまう。
これまで深く考えなかったが、言われてみて初めて自覚する。
──朔を想っている。大切な人、決して失いたくない人だと。
何年も想い、結婚を意識していた彼がいたというのに、これほどの短期間で心を移してしまった。それを薄情だと思いつつも、朔に惹かれる自分の気持ちに嘘はつけない。
「まだほんの……一ヶ月ほどしか経ってないのに。我ながら単純というか、恥ずかしい……」
「あぁ、違うの。そんな風に捉えないで」
春南が更紗を抱きしめる。落ち着かせるように優しく背中をトントンと叩きながら、春南は言った。
「これまで不誠実な対応をされてきたんだもの。その挙句に裏切られた。でも朔さんはその真逆、惹かれるなっていう方が無理よ。朔さんは更紗さんを大切にしているし、更紗さんにもそれが伝わっている。惹かれて当然、好きになって当たり前なの。それに、縁あって月川神社へ辿り着き、月読命様に選ばれ、狛犬の嫁になった。夫である朔さんを愛するのは、ごくごく自然なことよ」
「でも……私はまだ、十分な力を朔さんに渡せない……」
「それはそうよ」
俯く更紗の顔を温かな両手で包み込み、春南は聖母のような笑みを見せる。
「更紗さんが正式に、正真正銘の狛犬の嫁になるのは、契りを結んだ三ヶ月後。つまり、あと二ヶ月弱はあるの」
「え……?」




