月川神社の護り(6)
陽は駆けていく中で、その姿を獣へと変えていく。
朔はその髪の色と同様に、闇に溶けるような漆黒の狼のような姿になるのだが、陽の場合は金色の獅子だった。巨大蜘蛛はその眩さにすぐに気付き、陽に攻撃を仕掛けてこようとする。
「陽! 棘がくる!」
朔がそう叫んだ瞬間、巨大蜘蛛の手足から棘が吹き矢のように飛んでくる。その勢いは凄まじいが、陽はいとも簡単に棘の嵐をくぐりぬけ、巨大蜘蛛との距離を一気に縮めた。
「あ……」
陽の身体は空高く伸び上がり、鋭い牙が巨大蜘蛛の頭に突き刺さる。その途端、巨大蜘蛛は断末魔の叫びをあげ、陽を振り落とそうとものすごい勢いで頭を振った。手足をバタバタと忙しなく動かし、辺りは砂埃にまみれて視界が悪くなる。
「今、どうなってるの……」
更紗は両腕で砂埃から身を庇いながらも、巨大蜘蛛と戦う陽から目を離せないでいた。
陽も気になるが、朔がどういう状況なのかも知りたい。獣になって対抗しようとしたのに、できなかった。おそらくそれは、朔の体調が原因だろう。
「私がもっと力を渡せていたら……」
朔ともっと強く繋がれていたら。もっと心を許し合えていたら。深く──愛し合えていたなら。
コントロールできない想いがもどかしい。
「朔さん……無事でいて」
更紗には祈ることしかできない。
泣きたくなるほど切ない思いに駆られながら、更紗は内にある月読命の力を、外に向かって放出するイメージを思い浮かべながら祈り続ける。こうすれば、少しでも二人の力になれるのではないかと思ったのだ。
「更紗!」
すぐ側で声がし、次の瞬間には強く抱きしめられていた。
「……っ」
息を呑んだその刹那、巨大蜘蛛の咆哮が響き渡り、砂埃が竜巻のように渦を巻く。天高く舞い上がったそれは、ある地点で一気に弾けて形を無くし、その後は光の粒となってチラチラと落ちてきた。それはまるで、光の雪。更紗はその光景に、しばし目を奪われていた。
「更紗、怪我をしていないか?」
耳慣れた硬質の声に顔を上げると、朔の瞳が真っ直ぐに更紗を射抜いていた。
巨大蜘蛛が倒されるまさにその時、辺りの爆風から更紗を守ったのは、朔だった。更紗は勢いよく首を横に振り、朔の頬にそっと触れる。
「怪我をしているのは、朔さんでしょう?」
朔はあちこちに傷を作り、血を滲ませていた。見えない部分はもっと傷ついているかもしれない。それを思うと、胸が苦しくなる。
「朔、無茶しすぎだ」
その声に振り返ると、人の姿に戻った陽が不機嫌な顔をして朔を睨んでいた。朔はバツが悪そうに、陽から視線を逸らす。
「あんなやつと今のお前がまともにやりあえるわけがないだろ? ギリギリまで気配を最小限に留めておくなんて芸当もやってのけるやつだ。俺ももっと早く気付くべきだったけど、お前ももっと早く俺を呼べって!」
「……ごめん」
朔が顔を俯けながら小さく呟く。
こういう場面を見ると、二人は兄弟なのだと実感する。これはまさしく、無鉄砲な弟を窘める兄の図だ。普段はどちらかというと逆なのに、こういった肝心な場面では、陽は兄の顔になる。
陽は跪いて更紗と視線を合わせ、困ったような顔で「ごめんね」と謝ってきた。
「そ、そんな! 私こそ、足手まといになるようなことをしてしまって……」
異変を感じた陽は、すぐさまその気配を追って外に出てきた。そこで更紗と出くわす。敵はどのくらいいるのか、この時点ではまだわからなかった。だから更紗を一人にできず、一緒に連れて行くしかなかったというわけだ。
「いやいや、朔が心配になったんだろ? しょうがないって。ちゃんと言わない朔が悪い」
「いえ、外を見てくるってことは言われたんです」
「そっちじゃなくて」
「え?」
そっちじゃないとは?
首を傾げると、陽は呆れた顔で、再び朔をジロリと睨みつけた。
更紗が俯いている朔の顔を覗き込もうとすると、それを遮るように朔に抱き上げられる。
「きゃあっ!」
「戻る」
「朔! 更紗さんにちゃんと話せよ!」
「わかってる」
話す? 何を?
まだ更紗の知らないことがあるのだろうか。そのことは、更紗にはまだ話せないと思われていたのだろうか。
黙々と歩き出す朔の顔を見つめながら、更紗の胸はズキリと痛んだ。




