月川神社の護り(7)
家のリビングに戻るやいなや、更紗はソファにゆっくりと下ろされる。朔はというと、床の上で正座した。
更紗は朔の怪我の具合を確かめようと、ソファから立ち上がろうした。だがその前に、朔はガバリと深く頭を下げる。所謂、土下座である。
「え? え?」
いきなりの土下座に更紗は戸惑うばかりだ。中途半端な体勢のままオロオロしていると、そろりと視線を上げた朔と目が合った。いつもよりどこか弱々しく、更紗はたまらなくなって床に座り込む。
「朔さん……」
「ごめん」
再び頭を下げようとする朔を制し、更紗はあちこちについた傷を確認する。とにかく心配だった。ざっと見た感じではそこまで大きな傷はなさそうだが、服に隠れて見えない部分はどんな状態なのか。
「朔さん、服を脱いでください」
「服……」
「早く!」
「ちょ、ちょっと待て!」
正座をしながらも少しずつ後退る朔だが、更紗は朔の懐に入り込み、服をまくり上げようとした。
「更紗!」
「怪我! 見えないところに大きな怪我してたら嫌です! 早くっ……手当しなきゃ……」
「更紗、俺は大丈夫だから」
「私……ちゃんと力を渡せない……役立たずで……」
おまけに、大事な話もしてもらえない契約嫁で。
便箋に書かれた契約書一枚で繋がっている、ただそれだけの関係で。なのに、力だけは与えられている。
そんな自分が情けなくてたまらなかった。
「更紗」
服を掴む更紗の手を包み込み、もう片方の手で更紗の頬に触れる。朔の指が滑るように柔く触れ、更紗は小さく震えた。
朔を見ると、切なげな表情でこちらを見ていた。視線が交差すると、朔が静かに更紗を抱き寄せる。まるで壊れ物を扱うかのように触れられ、更紗の鼓動が速くなった。
「役立たずなんかじゃない」
「だって……」
「俺自身のことは、きちんと俺の口から話すべきだったのに……言えなかった」
「それは」
「更紗を信用していないわけじゃない」
強く否定した後、朔は言い淀む。だが、意を決したように何かを言いかけ、そしてまた口を閉じてしまう。
朔らしくないそんな仕草に、更紗の胸はざわめく。それほど言いづらいことなのだろうか。
早く聞きたい。しかし、どう伝えようかと懸命に悩んでいる朔を前に、急かすことなどできない。
辛抱強く朔の言葉を待つ。その間、朔の様子をじっと見つめる。
いつもなら絶対に見ることのない落ち着きのない視線の動き、困ったような表情。こんな時でなければ、そのギャップにときめいてしまうかもしれない。朔を、可愛いと思うなど──。
「朔さん」
「ごめん。俺は……自分に力がないと、更紗に知られることが怖いのかもしれない」
「え……」
慌てなくてもいい、ゆっくりでいい、ずっと待っているから。
そう伝えようとした矢先の朔の言葉に、更紗は大きく目を見開いた。
「そんなことっ……」
朔は強い。どんな悪霊にも臆さず、立ち向かっていく。漆黒の髪をなびかせ、自分よりも何十倍も大きい敵にも怯まず対峙する、そんな朔に力がないなど。
朔は緩く首を横に振り、更紗を抱きしめる腕にほんの僅か、力を込めた。
「俺の……いや、俺たちの力は、月の満ち欠けによって制限されているんだ」
その言葉を聞き、更紗は朔を振り仰いだ。




