契約嫁としての務め(4)
「更紗」
「わっ」
いきなり鏡に朔が映り込み、更紗は飛び上がりそうになる。
「何をしている?」
「あの、ちょっと……ついでに洗面所周りを片付けようかなと……」
更紗の戻りが遅いので、様子を見に来たのだろう。こういうところも、何気に過保護だ。
更紗は苦しい言い訳をしつつ、朔を見上げる。
本当に綺麗だと思う。男性に対して綺麗だなんて思ったのは、朔が初めてだ。
朔はいつものように、淡々とした表情でこちらを見ている。
こうして見つめ合うと、毎回必ず更紗の方が視線を逸らす。朔の強い視線に堪えられなくなるのだ。身体が熱くなり、鼓動が激しくなる。まるで、好きな人に対する反応のように。
だが、それにもちゃんと理由がある。
「済んだか?」
「はい」
「それじゃ、もう休もう」
「……はい。え、ちょっと!」
いきなり朔に抱き上げられた。突然のことでバタバタと暴れるが、朔はものともしない。そのまま目的地に向かって歩き出す。
「放っておくと、ずっと入ってこないだろう。こうした方が早い」
「だって……」
目的地に到着し、更紗は柔らかなベッドの上に下ろされる。そして朔はというと、そのまま同じベッドに入ってくる。
──これのせいだ。
朔の家に更紗の部屋は用意されていたが、そこはいわば更衣室という感じになっていた。こちらの家にいる時はリビングにいることがほとんどで、眠る時は寝室だ。そこに、ベッドは一つしかなかった。
嫁になる契約はしたが、こんなことまで契約に入っていない。
更紗はあまりに驚いて言葉も出ないほどだったが、よくよく話を聞いてみると、一緒に眠るだけということだった。夫婦の予行演習みたいなものだろうか。
しかし、それだけでも大変なことだ。まだろくに知りもしない男性と一緒に眠る、眠れるわけがないと思った。だが、半ば無理やりベッドに入れられ、抱き枕のように朔に抱きしめられると、不思議と心が落ち着き、ぐっすりと眠り込んでしまったのだ。
朝起きて、そんな自分に衝撃を受けた。どれだけ神経が図太いのかと少しショックだったが、月読命に選ばれた狛犬の嫁なのだから、当然だと言われた。
だが、いくら当然だと言われても、少しの抵抗、そして大きな羞恥心があった。毎夜、どれだけ時間がかかるんだと呆れられるほど、更紗はベッド入ることができないでいた。それで、ついに朔も強硬手段に出たのだろう。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
朔が更紗を抱きしめる。広い胸にすっぽりと収まると、その前まであれほど暴れていた心臓は途端におとなしくなる。それがいつも不思議でならない。
更紗はそっと目を閉じる。意識をゆっくりと手放しながら、愚痴のように心の中で呟いた。
──こんなの、絆されるに決まってる。
その後、すぐさま深い眠りへと落ちていった。




