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狛犬に娶られました  作者: 九条 睦月


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契約嫁としての務め(3)

 朔の髪を最初に乾かしたのは、ここへ来て二日目の夜だった。

 この日は敷地内に悪霊が出て、朔は退治に出た。それほど強い霊でもなかったようだが、数が多かったらしい。それで少々疲れたのか、汗を流した後、髪が濡れたまま横になろうとした朔を、更紗が止めたのだ。

 そのまま寝てしまうと、風邪をひくこともあるだろうが、髪が痛んでしまう。せっかく艶々とした美しい髪だというのに、それはあまりに勿体ないと思ってしまった。だが、朔はそんなものはどうでもいいと言う。なので、その日は更紗が朔の髪を乾かすことにしたのだ。それ以来、高頻度で朔の髪を乾かす羽目になっている。

 春南にそのことを話すと、目を真ん丸にして驚き、これ以上ないくらいに頬を緩ませながら言った。


『更紗さんに甘えてるんですよ』


 朔のキャラを考えるとそれはないと思ったが、こうも頻繁にとなると、少しは思ってしまう。心を開いてくれようとしているのではないか、と。

 自分から心を開くタイプでは決してないが、そうしないと更紗も馴染めないだろうし、互いに心を通わせることなど夢のまた夢だ。朔は朔で、懸命に更紗に歩み寄ってくれようとしているのかもしれない。

 そんな風に思うと、こうして朔の髪を乾かすことも嬉しいと思えてくる。それに、朔の髪は本当に美しく、サラサラしていて触り心地がいいのだ。

 髪を乾かし終え、ドライヤーを洗面所へ戻そうと立ち上がりかけると、朔が更紗を振り返った。漆黒の瞳にじっと見つめられると、そのまま吸い込まれそうで動けなくなる。


「ありがとう」

「あの……いえ、そんな」


 こんな風に見つめられながら礼を言われたのは初めてだ。心臓が飛び出しそうなほどドキドキする。

 更紗は逃げるように洗面所へ向かった。鏡に映った顔は真っ赤になっている。


「どうしたんだろ、急に」


 もしかしたら、陽に何か言われたのかもしれない。

 何せ、初対面から朔は更紗に対していろいろとやらかしている。それについて、朔は陽に指導を受けているらしい。いったいどんな指導なのか少し気になるが、内容は教えてもらえない。春南もうっすらと話には聞いているらしいが、尋ねてみてもいつもニッコリと微笑まれ、さりげなく話を逸らされる。


 朔は、人付き合いが得意ではない。警戒心が強く、あまり人に心を許さないのだという。人見知りも激しい。だがその分、一旦心を開いた人間に対してはとことん甘くなるらしい。

 素っ気ない態度にぶっきらぼうな口調、最初こそとっつきにくいと思ったが、少しずつでも慣れていく毎に、朔の優しさがわかるようになってきた。

 例えば、買い物へ行く時。

 大抵は春南と一緒に出掛けるのだが、どうしても手が離せないという時もある。そんな時は、朔が仕事の手を止めてついてくるのだ。

 子どもじゃないのだし、買い物くらい一人で行けると主張しても聞かない。更紗を一人で外出させることは、まだできないと言うのだ。

 あれから元彼は姿を現していない。だが、朔は警戒を解いていなかった。

 過保護すぎやしないかと思ったが、春南に話すとそれは違うと首を横に振られた。陽と朔は、危険に対して敏感だ。鼻が利くというか、その辺りは獣の感覚に近いらしい。だから、朔がまだ警戒しているなら更紗も油断しない方がいいと言った。

 ここへ来てまだ一週間なので、外出といっても買い物くらいなのだが、その際、更紗が一人になったことはない。

 それなら、春南が一緒でも危険なのではないかと思ったのだが、春南は陽と強く繋がっているとのことで、少しでも彼女に危険が及ぶとそれがすぐ陽に伝わるらしい。

 更紗も朔とそんな風になれたら問題ないのだろうが、そうなるのはまだ先だ。いや、現時点でそうなれるかは、まだ未知数といったところだろう。

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