契約嫁としての務め(2)
『これ、今まで春南さん一人でやってたんですか?』
『えぇ。あ、でも手が回らないこともあるので、毎日全部やっていたわけじゃないですよ』
朝起きて、全員分の朝食を用意することから始まり、片付け、昼食の下ごしらえ、その後は洗濯、掃除。司狼の妻、陽と朔の母親だが、すでに亡くなっている。なので、司狼の身の回りについても彼女たちの仕事だ。
一番広い母屋の掃除、そして陽と朔の家へと続く。ただ、春南一人の時はいくら何でも大変だということで、朔の家の掃除は、朔が仕事前に自分でやっていたらしい。
『毎日、きちんと掃除するんですね』
『はい。しかも念入りに。住まいの汚れは悪霊たちを引き寄せる元になるので』
『そうなんですね……』
一人暮らしだった時、更紗は週に一度くらいしか掃除をしていなかった。一人しか住んでいないのでそれほど汚れないし、アルバイトで帰りが遅くなることもあったので、毎日掃除などしていられなかったということもある。
だが、日々の汚れは小さくとも、降り積もるものだ。その積み重なった汚れが、更紗にとっては今や恐怖の対象となってしまった元彼を引き寄せてしまったのかもしれない、と深く反省した。
掃除が終われば昼食、買い物、夕食の準備と続く。夕食の後は風呂、そして次の日の準備……とまぁこんな具合だ。アルバイトなどしている時間は全くなかった。
比較的家事はやっている方だと思っていたのだが、今と比べれば、なんといい加減だったことか。春南に教えてもらいながら、なんとか頑張っているという状況だった。
更紗が母屋へ行くと、すでに春南が掃除を始めていた。ここは一番広いので、春南と分担してやっている。
「洗濯終わりました」
「ありがとうございます! こっちもあと一部屋です」
「うわ、早い! それじゃ、その部屋は私がやりますね」
「お願いします。では私は自分の家に戻りますね。昼食の準備も先に始めてます」
「よろしくお願いします。でも、私も全部終わったらすぐに行きますので!」
更紗は急いで残りの部屋の掃除に取り掛かる。できるだけここの掃除と自分たちの家の掃除を早く終わらせ、キッチンへ行かなければ。
春南は料理が上手い。レパートリーも多かった。下ごしらえから調理、完成まで手際がよく、見ているだけで勉強になるのだ。見ているだけでなく、もちろん更紗も手伝うのだが、その時も丁寧に説明してくれるのでとても助かっている。
お互いに家事は平等に分担しているが、得手不得手も考慮し、料理は春南が中心だ。その代わり、更紗は掃除を多めに担当することが多い。
そんなこんなで、一日が終わることの早いこと。バタバタ動いている間に時間はあっという間に過ぎているという感じだった。
そして、夜──。
「……」
ソファに座り、タブレットを見ながら、朔が少々難しい顔をしていた。
夜眠る前が、唯一の自由時間だ。各々が自分たちの家で、のんびりと寛いでいる。といえど、悪霊の気配を感じれば、すぐに退治しに行かなくていけないのだが。
朔は風呂上りで、髪がまだしっとりと濡れている。タブレットに夢中になっているからか、髪を乾かすことを後回しにしている。
更紗は小さく息をつき、洗面所からドライヤーを持ってきた。スイッチを入れると、ドライヤーがゴゥーという大きな音を立てる。その音にハッとしたように、朔が更紗の方を見た。
「髪、まだ濡れてますよ。それじゃ風邪をひきます」
「……そうだな」
そう言いながら、再び視線をタブレットへ落とす。よほど気になることがあるらしい。
朔は一つのことに集中すると、他がおざなりになりがちだ。悪気はないようだが、つい自分の意識の傾く方を優先させてしまう。こうなると、いくら言っても聞かない。それは、この一週間ですでに理解していた。
更紗はソファの上に膝立ちになり、朔の髪にドライヤーを当てる。
「!」
驚いたようにこちらを見る朔に、更紗は大袈裟に溜息をついてみせる。すると、朔が少し気まずそうな顔をした。
朔を知らない他人が見れば、それはほぼ変わらない。しかし、更紗はほんの僅か変化する朔の表情が、少しずつわかるようになってきていた。
「わっ」
ソファに膝立ち状態なので、不安定だ。
バランスを崩した更紗を片腕で支え、今度は朔が溜息をついた。
「危なっかしいな」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
「俺だな」
そう言うと、朔は更紗をソファに座らせ、自分はソファの下に座り込んだ。
「これなら問題ない」
「……」
これなら、確かにさっきよりは随分とやりやすい。だが、結局更紗にやらせるということらしい。
更紗は仕方なくといった顔で、これ見よがしに溜息を一つ。そして、再び朔の髪を乾かし始めた。
こんな顔をしていても、これがポーズであることはすでに更紗自身が重々承知している。朔の髪を乾かすのは、これが初めてではないのだから。




