月川神社の護り(1)
月川神社に来てから約一ヶ月。
ここでの生活にも慣れ、リズムも掴めてきた。春南との家事もかなり要領よくこなせるようになり、時間にも少し余裕ができるようになってきた。
この空いた時間に、月川神社のことや、獅子と狛犬の悪霊退治について、そして更紗たちがそれに対してどうすればいいのかなど、諸々を春南から教わっている。
毎夜、朔と一緒に眠るという意味も、そこでようやく理解した。
肌を触れ合わせることで、互いの警戒を解き、信頼関係を築く。もちろんそういう意味もある。しかし、それよりも重要なことがあった。
獅子と狛犬の嫁は、月読命の力を分け与えられている。その力を、身体の一部を重ね、加護という形で彼らに与える役目があったのだ。
「どうして直接、獅子と狛犬に与えないんでしょう……?」
つい疑問が口をついて出た。それに春南も頷く。
「そうなの。直接与えればいいのにって、私もそう思ってた」
月読命は、あえてそうしないのだ。何故なら、月読命の力は、もっとも心を許し、信じ、愛する相手から与えられることで、その力が何倍にも何十倍にも大きく膨れ上がるからなのだという。
「それって……私と朔さんがそういう関係になれないと、朔さんに力を与えたとしても、それはたいした力にはならないってこと……?」
「……力にならないことはないけど」
困ったように笑う春南の答えに、更紗は肩を落とした。
これは、思っていた以上に重大な問題ではないか。
三ヶ月経った後、更紗と朔の関係が変わっていなければ、どうなるのだろう?
司狼は、更紗が婚姻を望まなければ諦めると言っていたが、その逆はないのか。逆、つまりは、朔が望まない場合だ。
だが朔は狛犬としての役目があり、月読命の決定にはきっと逆らえない。月読命が選んだ狛犬の嫁である更紗を、朔が拒否できないのだとすれば。
そう思った時、チクリと胸が痛んだ。
「更紗さん?」
「あ……ごめんなさい。なんだか……私で大丈夫なんだろうかって、心配になってしまって」
不安になって俯くと、更紗に向かってそれはいち早く駆けてきた。
「ワォン!」
「ツキ!」
ツキがいきなり更紗の膝に飛び乗り、更紗の顔中をあちこち舐めまくる。
「わぁ、ツキ! ちょっと、くすぐったいから! やめて、ツキ!」
「ワォーンッ」
遊んでもらっていると勘違いしたのか、ツキは尻尾をブンブンと振って、更紗に襲い掛かる勢いだ。子犬ほどの大きさとはいえ、その勢いは激しい。堪らず、更紗は畳の上に転がってしまった。
「きゃあっ!」
「ツキ! 落ち着いて!」
春南はツキを更紗から離そうとするが、ツキが更紗の服に爪をかけているため、無理強いはできない。それに、「やめなさい」と口では言っているものの、春南の顔は明らかに楽しそうに笑っている。これでは、ツキも言うことを聞かない。
「こら、ツキ!」
低い声に、ツキの動きが一瞬止まる。しかし、すぐにまたじゃれ始めた。
その様子に、この場にやってきた人物はやれやれと肩を竦める。
「ツキは、本当に更紗が大好きだなぁ」
「自分は更紗さんのボディーガードだと思ってるんじゃないかしら。更紗さんが暗い顔をしていたら、一目散に飛んで来るし」
「あのっ……! のんびり見てないで助けてください! 司狼さん! 春南さん!」
今や完全にツキに押し倒された状態の更紗は、ツキを受け止めながら叫んだ。
「ツキが羨ましい……」
「司狼さん、何を言ってるんですか?」
「じょ、冗談じゃないか! そう睨まんでくれ、春南」
春南にジロリと睨まれ、司狼は慌てて退散しようとする。が、更紗が司狼に助けを求めると、嬉しそうにいそいそと戻ってきた。
ここへ来た直後と今とでは、司狼の印象はかなりかけ離れてしまっている。厳格な雰囲気を醸し出していた彼は、実はかなり茶目っ気のある性格だったのだ。
月川神社で生活をともにするようになってからすぐに、「更紗」と気軽に呼ぶようになったし、更紗にも、自分のことは宮司ではなく名前で呼ばせた。更紗をもう本当の嫁のように扱い、大切にしている。
それが更紗にも十分伝わっており、更紗の中ではすでに、司狼はもう一人の父親のような存在になっていた。




