【第44話:残された『黄金の種箱』】
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敗走する異国船から、お咲ちゃんの元弟子が
こっそり浜へ投げ渡してくれた「西洋の薬草の種箱」。
これを使って、お咲ちゃんのハッピー改革が始まります!
「おい次郎、見ろべ、見ろべ!
異国の黒船が去った翌朝の砂浜に、
何か妙なものが落ちてるぞ!」
「うわあ、本当だべ、太助の兄ちゃん!
がちがちと頑丈な鍵の締められた、
見たこともねえ重厚な木箱だべさ!」
「これ、昨日のあの若い異国の船医の兄ちゃんが、
お咲のネエちゃんのためにわざと残していってくれたんじゃねえべか?」
「ガハハハ! そうに違いねえべ!
さあ、大慌てでお咲のネエちゃんのところへ運んで、
開けてもらうべさ!」
不気味な異国船が大洋の彼方へと完全に敗走した翌朝のことである。
朝露に濡れてきらきらと輝く、外房の白い砂浜。
太助と次郎が大きな声を上げながら拾い上げ、
納屋のあばら家へと息を切らせて運び込んできたのは、
見たこともないほど重厚な木箱であった。
その箱の前に、お咲はゆっくりと腰を落ち着けた。
波に洗われて少し濡れた真鍮の金具を、お咲は見つめる。
彼女の細く白い指先が、錆びついた鉄の鍵を静かに、しかし確固たる手つきで回した。
パカりと、静かなあばら家の中に心地よい音を立てて蓋が開いた。
そこには、世界各地から血眼で集められた極上の「西洋の薬草の種」が、
美しいラテン語の貼紙と共に整然と並んでいた。
「あ……,ああ……!
これ、これは……、私の、私の『黄金の種箱』だわ……!」
「ネエちゃん、そんなに目を丸くして
どうしたんだべ?ただの干からびた草の種に見えるべさ」
お咲の涼やかな青い瞳からは、止めどなく大粒の涙が、
雪のような白肌を伝ってきらきらとこぼれ落ちていった。
それこそが、かつて本国の傲慢な権威たちによって
「魔女の呪いの道具だ」と理不尽に没収されたものであった。
彼女が少女のころから命を懸けて集めてきた、
これまでの歩みと知見のすべてであったのだ。
奪われたはずの宝物が、今、目の前にある。
あの若き船医が、密かに船から持ち出して浜へと残してくれたに違いない。
お咲は胸にこみ上げる熱い感情を抑えきれず、激しく肩を震わせした。
お咲はすぐさま、薄暗い納屋の芋つぼの隠れ家へとよね婆を呼び寄せた。
溢れる愛おしさを抑えきれぬ様子で、
その貴重な種たちを嬉しそうに一つ一つ検分し始めたのだ。
小さな革袋やガラスの小瓶に詰められた、愛しい種たち。
「ほう、ほう……,これが海の向こうの、南蛮の薬の種かい。
ちっぽけな粒なのに、妙に香ばしい匂いがするべさ」
「ええ、そうなの、よね婆!
これはね、お腹の痛みを立ちどころに治す、
とっても不思議な薫物草なのよ!」
お咲はよね婆の手を両手で固く繋ぎ合わせながら、
必死に身振り手振りを交えた。
さらに,よね婆が持ってきてくれた絵草紙の余白へ、
手にした筆でサラサラと美しい草木の図案を
墨絵のように描き出していく。
お咲の描く線は驚くほど繊細で、
異国の美しいハーブの姿が次々と紙の上に咲いていった。
それぞれの効能を、お咲は覚えたての
日ノ本の言葉を交えながら懸命に説明していった。
言葉は完全には通じなくとも、お咲の放つ圧倒的な知性と、
誰もが心を奪われる艶やかな魅力。
それらが、あばら家の囲炉裏端を一瞬にして温かい熱気で包み込んでいった。
「これはお腹の痛みを治す本草、これはお肌を綺麗にするお薬……。
よね婆、これは『く・す・り・の・た・ね』よ!」
「んだ、んだ!
お咲ちゃん、本当に頭の良い子だねぇ。
くすりのたね、よく言えたべさ!」
お咲が肉感的な紅い唇を一生懸命に動かして、
拙い日ノ本の言葉を呟くたびに、
よね婆は我が子を愛おしむように何度も深く頷いた。
囲炉裏の熱に当てられたのか、それとも興奮のせいだろうか。
お咲は、慣れない日ノ本の木綿の着物を少し着崩していた。
はだけた美しい首筋から、汗ばんだ白い肌が艶やかに覗いている。
そして、出るところが出た圧倒的に豊かな胸元の肢体の曲線が、
深く開いた襟元からこれでもかと覗いていた。
頬を熟した林檎のように赤らめて微笑む、その無防備で肉感的なしぐさ。
よね婆はそんな彼女の高揚を叱ることもなく、ただただ愛おしそうに見つめていた。
そして、月光よりも眩しいお咲の黄金の髪を優しく、何度も何度も撫でるのだった。
「お咲ちゃん、お前さんはもう孤独な魔女なんかじゃねえべ。
この村の、俺たちの立派な薬師だべさ」
「太助、お前さっきから床下の隙間から
お咲ちゃんの胸元ばっかり覗いてないで、薪でも割ってきなよ!」
「うわあああ!
次郎、めったなことを言うんじゃねえべ!顔が、顔が真っ赤になっちまったべさ!」
周囲を取り囲む若者組の少年たちから、
地鳴りのようなドッと大きな笑い声と
冷やかしの叫びがあばら家一帯へと巻き起こる。
太助は真っ赤になって頭をかき、
次郎はそれを見てゲラゲラと笑っている。
かつて南蛮の地の厳格な魔女狩りの恐怖に怯えていた少女。
暗く狭い床下の芋つぼに一人隠され、
冷や汗を流していた孤独な異国の少女は、もうここにはいなかった。
いまや彼女の周囲には、この剥き出しの熱気と豊かな色香に満ちあふれた、
最高の仲間たちがいる。自らの知性を心から敬い、
命を賭して守ってくれる無敵の「家族」が、確かに存在していた。
「(ああ……、私はもう、世界で一番幸せなおなごだわ……。
ここは私の、本当の安楽土よ……)」
お咲は熱くなった身体を心地よい夕風に預けた。
あばら家の戸口から、夜空に輝く大輪の満月を見上げる。
深く、すると幸福に満ちた吐息を、その紅い唇からそっと漏らすのだった。
お咲の持つ泰西の精妙なる理が、
この外房の豊かな土壌にしっかりと根を下ろしようとしていた。
彼女がもたらす知恵は、これからこの村の多くの命を
救うことになるだろう。
黄金の髪を持つ女神の美しき笑顔は、
この隠れ里の絆をさらに深く、誰にも引き裂けない偉大な神話へと、
艶やかに、色鮮やかに色づかせていくのだった。
よね婆とお咲ちゃんの言葉を超えた絆、
本当に癒やされますね。
お咲ちゃんの天然フェロモンにドギマギする兄弟も健在です。
次回、村中が狂喜乱舞する「伊勢海老フェスティバル」です!




