【第42話:庄屋さまと爺さまの大見得】
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ついに幕府の軍船が到着。お咲ちゃんを異国から完全に守るため、
お堅かったはずの庄屋さまと、元気な隠居爺さまが、最高の「お江戸の人情」を見せつけます!
「おのれ、放せ! 放さぬか!
我が異国の正当なる使節に向かって、
その薄汚い鍬や櫂を向けるとは何事じゃ!
これは我が本国の偉大なる公国の法度に対する重大な違背であるぞ!
我らはしかるべき天理の道理を以て、
不当に囚われた者を連れ戻す!」
「ガハハハ! 何を寝ぼけた寝言を喚いてやがるんだ、
この異国の泥ドジョウめ!
主の法度だか何だか知らねえが、
ここは日ノ本の外房の砂浜だべさ!
お前たちの薄暗い王国の掟なんか、
この波飛沫で
綺麗さっぱり洗い流されちまってるんだよ!」
「おい次郎、海の方を見てみろべ! 沖合の霧の向こうから、
奉行所の立派な軍船がずらりと並んで姿を現したぞ!
見ろ、あの大筒の黒々とした筒口が、
あいつらの乗ってきた黒船を完全に狙いすましてるべさ!」
「へへっ、太助の兄ちゃん、これで見事な形勢逆転だべさ!
使節の旦那がた、さっきまで大口叩いてた割には、
もう自慢の大砲をぶっ放す心の余裕なんてどこにもねえようだな!
ざまあみやがれ!」
朝靄がすっかり晴れ渡り、突き抜けるような青空が広がった、
うら寂しくもまばゆい外房の白い砂浜。
太く頑丈な麻の漁網の網の目に幾重にも絡まり、
冷たい泥と魚臭い油にまみれて
完全に身動きが取れなくなった異国小隊の使者たち。
彼らの絶望的な眼前に、地響きのような水音を立てて、
奉行所の物々しい軍船がずらりと波打ち際へ接岸してきたのである。
形勢はがらりと変わり、活気づいた浜辺では、若者組の男たちや、
腰に布を巻いた海女の衆が割れんばかりの歓声を上げていた。
その歓声の真ん中を割るようにして、村の責任者である庄屋と、
立派な白髭を蓄えた隠居爺さまの二人が、
使者たちの前に堂々と立ちはだかった。
「これこれ、異国の使節とやら。
往生際悪くごちゃごちゃと、海の向こうの身勝手な理屈を並べ立ておって、
聞いてるこっちの耳が腐りそうだべさ!」
「な、何奴だ、この薄汚い老人どもは……!
ワシらは本国で罪を犯し、
この地に拉致されたお咲を連れ戻しに来ただけじゃ!
平民どもはすっこんでおれ、邪魔をするな!」
網の中でなおも傲慢に、自らの権利と大義名分を主張しようとする
使者たちを見て、隠居爺さまは腹の底から豪快に笑い飛ばした。
「ガハハハハ! 拉致だァ? 笑わせるんじゃねえべ!」
爺さまは、長年外房の荒波と格闘しながら生きてきた
その頑丈な身体をこれでもかと誇示するように胸を張り、
愛用の太い樫の木の杖を砂浜へと、
ドスンと凄まじい音を立てて力強く突き立てた。
砂飛沫が使者たちの顔に容赦なく降りかかる。
「バカモン! 異国だか何だか知らんがな、
この外房の浜辺に打ち上げられたものは、
すべて海の神様からのありがたい恵みであり、
我が村のかけがえのない『宝』じゃべ! どこの世界に、
面面の割れた泥棒に向かって、
村の宝を大人しく差し出す大バカ者がいるかってんだい!」
爺さまのその威厳に満ちた、しかし泥臭い人間味に溢れた
啖呵が木霊した瞬間、
はだけた胸元から朝日に汗をキラキラときらめかせている若者組の男たちや、
濡れた薄手の白い磯着を潮風に揺らす海女のおなごたちが、
一斉に天を突くような地鳴りのごとき鬨の声を上げた。
「そうだべ! 爺さまの言う通りだべさ!
お咲のネエちゃんは、オラたちの命の恩人であり、村一番の宝だべぇえ!!」
「ガハハハ!
異国のクソ野郎ども、お前らなんかにネエちゃんの美しい黄金の髪を、
一本たりとも触れさせてたまるか!
指一本でも動かしてみろ、すぐに海に叩き込んでやるべさ!」
「さあ、お上のお出ましだべ!
悪党どもは大人しく網の中で、
イワシと一緒に大人しくお魚さんになっていやがれ!」
村人たちの剥き出しの圧倒的な生命力。
そして、言葉の壁を完全に超越した、
理屈抜きの熱い義理人情の熱気に当てられ、
異国の兵士たちは完全に気圧されていた。
先ほどまでの高圧的な態度はどこへやら、
顔面を真っ青にしてガタガタと膝を震わせ出したのである。
そこへ、これまでお堅い法罰や「お上」という
権威の影に怯えていたはずの庄屋が、
これまでにないほど立派に胸を張って一歩前に踏み出した。
実はこの庄屋、お咲の優れた草根の知恵と漢方茶によって、
長年彼を苦しめていた烈しい片頭痛の持病を、
たちどころに奇妙に救われており、
今や村の誰よりも彼女を神仏のごとく仰ぎ見る、
一番の信者となっていたのだ。
「よくお聞き、異人の野郎ども!
その金髪の女子は、我が村を襲った恐ろしい流行り病を払い、
多くの民の命を救ってくれた、我が村の正式な領民『お咲』であるべさ!
誰がなんと言おうとお咲は日ノ本の人間だべ!」
庄屋はこれ以上ないほどの大見得を切りながら、
背後の奉行所の軍船をビシッと指差し、朗々と吼え立てる。
「これ以上の狼藉は、公儀(お上)への明白な謀反とみなし、
あそこにずらりと並ぶお上の大筒でお前たちの自慢の黒船を、
跡形もなく粉砕し、一人残らず冷たい海の藻屑にしてくれるわ!
覚悟しやがれ!」
幕府の圧倒的な武力と、お上の威光を
完璧にその背に背負った庄屋の言葉には、
抗いがたい説得力があった。
異国の使者たちはついにぐうの音も出ず、
自慢の軍事力すら封じられたことを悟り、
ただただ絶望の表情を浮かべて砂浜に力なくへたり込むしかなかった。
「(みんな……。庄屋様も、隠居の爺さまも……。
タスケも、ジローも……)」
納屋の陰から、よね婆の温かい手に引かれながらその様子を固唾を呑んで
見つめていたお咲の胸の奥底に、言葉にできないほど熱く、
激しい何かが、一気に溢れ出すようにして込み上げてきた。
かつて生まれ育った西欧の故郷では、絶対的な権威や厳格な身分の壁、
そして教会の邪推に囚われた人間たちが、
孤独な彼女に冷酷に石を投げつけ、魔女だと罵り、
誰一人として助けてはくれなかった。
彼女にとって故郷とは、暗く冷たい嵐の海でしかなかったのだ。
しかし、この小さな日ノ本の漁村はどうだろう。
言葉すら完全には通じない異国の流れ者の娘一人のために、
かつては磔獄門の恐怖に怯えていたはずのお堅い庄屋までもが、
今や、己の命と村の未来を懸けて、お咲を完璧に守るための
「最強の砦」となって立ちはだかってくれている。
「(私はもう、孤独な魔女じゃないわ……。
私には、こんなに温かくて、不器用で、
無鉄砲な……世界一の家族がいるのよ……!)」
お咲の美しく涼やかな青い瞳からは、止めどなく大粒の涙が溢れ出し、
雪のような白肌を伝って一筋、また一筋とこぼれ落ちていった。
しかし、その顔には、過去の忌まわしき記憶を霧散させるほどの、
最高に艶やかでまばゆい幸福の笑顔が咲き誇っていた。
プライドを完膚なきまでに粉々に砕かれた異国の使者たちは、
すごすごと遠い大洋の彼方へと敗走の準備を始めるべく、
青い顔をして網を引きずりながら引き下がるしかなかったのである。
お咲を囲む村人たちの情熱と、黄金の髪を持つ女神の美しき涙は、
この隠れ里の絆をさらに深く、誰にも引き裂けない偉大な神話へと、
艶やかに、色鮮やかに色づかせていくのだった。
爺さまと庄屋さまの人情大見得、格好良すぎて鳥肌が立ちましたね!
外房のローカルルールが異国の大軍を完全に圧倒しました。
次回、ついに異国船が外房の海から敗走していきます!




