【第41話:故郷の闇へ、最後の幕引き】
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今回は、敗走する異国船の隊長に対し、お咲ちゃんが「二度とこのユピア(理想郷)を脅かすな」と、
トドメの『フェボアテン(禁止)』を突きつける回です!
「おのれ……、放せ! 放さぬか、不届きな東洋の田舎者どもめ!
我が偉大なる公国が誇る、精鋭たる兵卒の長たるこのワシを、
いつまでこのような泥まみれの卑しい魚の網で縛り上げておくつもりじゃ!
これは万国の掟に悖る大罪であるぞ!」
「ガハハハ! 何が精鋭だべ、使節の旦那!
昨晩の勝ち祝いの酒盛りからこっち、一晩中ずうっとその砂浜に転がって、
泥ドジョウみたいにみっともなくのたうち回ってたのはどこのどいつだい!」
「おい次郎、見てみろよ。
こいつの自慢のきらびやかな金筋入りの軍服も、
今じゃすっかり腐ったイワシの油と、そこらの野良犬の小便まみれだべさ。
ほら、鍬の先っぽが鼻のすぐ目の前に刺さってるべ?
うっかり動いたら鼻の穴がもう一つ増えるから、じっとしてるんだな!」
「へへっ、太助の兄ちゃん、異国の偉い隊長さんとやらも、
オラたちの地引き網に絡まると指一本動かせねえんだな!
ざまあみやがれだべ! どんなに吠え散らかしたって、
網にかかったトドと変わらねえや!」
盛大な勝ち祝いの興奮と地酒の熱気が未だ冷めやらぬ、
明けて翌朝の出来事である。
うら寂しくも朝日に眩しく輝く、外房の白い砂浜。
太く頑丈な麻の漁網の網の目に幾重にも絡まり、
冷たい泥と魚臭い油にまみれて完全に身動きが取れなくなった
異国小隊の隊長の周囲を、太助と次郎をはじめとする村の若者組の男たちが、
隙間なく幾重にも取り囲んでいた。
彼らが容赦なく突きつける平らな櫂や、鋭く研ぎ澄まされた鍬の先。
そして何よりも、侵略者を打ち破った者たちの冷ややかで誇らしげな視線が、
網の中の隊長を心身ともに徹底的にすくみ上がらせていたのである。
昨夜の戦いで完全に勝負は決していた。
「おい、野郎ども、道をあけておくれ!
納屋の影から、よね婆にお供されて、お咲ちゃんの……
いや、オラたちの村のご本尊様のお出ましだべさ!」
人だかりが割れ、若者たちが一斉に居住まいを正す。
「タスケ、ジロー……、みんな朝早くからお疲れ様。
その不届きな人、まだそんなところで往生際悪く暴れていたのね」
納屋の陰から、腰の曲がったよね婆に伴われて姿を現したのは、お咲であった。
彼女はゆっくりと、しかし微塵の揺らぎもない確固たる足取りで、
砂を踏みしめて正面へと歩み出た。
お咲は頭に無造作に巻いていた藍染めの手ぬぐいを、バサリと潔く外した。
その瞬間、朝の鋭い光を浴びて、彼女のまばゆい黄金の髪が妖しく、
かつ神々しく海風になびいた。薄手の白い磯着は、激しい潮風と朝露に
しっとりと濡れ、その襟元から覗く豊満な肉づきのあだなる姿を
これでもかと際立たせている。
健康的な肉体の美しさと、全てを見通すような理知的な佇まい。
その姿は、荒ぶる外房の海を一瞬で鎮めるために水平線の彼方から現れた、
本物の海の菩薩のようであった。
誰もが息をのんでその美貌に見惚れる中、網の中の男だけが呪詛の声を上げる。
「お……、お咲……! この邪法を操る金髪の妖婦め!
ワシの顔を見てもなお、そのように不敵に笑うか!」
網の中でなおも惨めに芋虫のようにのたうち回り、
往生際悪く叫ぶ隊長は、お咲の息をのむような抜群の容姿と
黄金の髪のまばゆさに改めて激しく気圧されていた。
しかし、己の勝ちを確信している彼は、故郷の言葉で、猫なで声のような、
しかし身勝手な威厳に満ちた叫びを投げかけたのである。
「よくお聞き、お咲! 慈悲深き我が故郷の領邦では
今、原因不明の恐ろしい流行り病が蔓延し、多くの民が苦しんでおるのだ!
そなたが持つ、その類稀なる本草の妙術……
それを使って故郷の民を救うのが、医を志す者の、
いや、神を戴く人間としての絶対の務めのはずじゃ!
過去のことは水に流してやる。
大人しく我が使節に従い、沖の黒船に戻るが良い!」
隊長は、哀れみな物乞いと傲慢な命令を綯い交ぜにした視線を向けた。
お咲が「故郷」という言葉や「病に苦しむ人々」という
大義名分に揺らぐと踏んだのだ。
だが、お咲の美しく涼やかな青い瞳には、隊長の浅薄な予想に反して、
冷徹なまでの激しい拒絶と、決して揺るぐことのない確固たる決意の光が
宿っていた。
「……ツトメ? そんな勝手な言葉、今の私の耳には爪の先ほども届かないわ」
彼女は、よね婆のあばら家の薄暗い囲炉裏端で、
あるいは太助たちと身を寄せ合った芋つぼの穴の中で、
日ノ本の人々の温もりに触れながら必死に覚え込んできた言葉を、
一つ一つ胸の奥底から手繰り寄せた。
そして、不敵な笑みを満開に咲かせた最高に凛々しき佇まいで、
自慢の故郷の言葉を激しく織り交ぜながら、
外房の切り立った崖に響き渡るような美しい声で言い放ったのだ。
「都合の良い時だけ私を異端者と罵り、
嵐の海へと冷酷に投げ捨てたのはお前たちよ!
いまさら自分たちの街に病が出たからと、
私の知識を、私のこの身体を、都合のいい道具のように欲しがり、
おこがましくも人の務めを語るなんて……本当に醜くて、傲慢の極みだわ!」
お咲の怒りは、静かに、しかし激しく燃え上がっていた。
「私がこの命を捧げて、日ノ本の豊かな大地で紡いできた草根の知識は、
もうお前たちのような冷酷な人間のためには、爪の先ほども使わない!
私の医術は、私を人間として受け入れ、
愛してくれたこの村の、大切な家族のためにだけあるのよ!」
お咲は、濡れた薄手の白い磯着越しに、豊かな胸元を誇らしげにぐっと反らせた。
その堂々たる意思表示に、村の若者たちはゴクリと息をのむ。
彼女はこれ以上ないほど冷徹な眼差しを、隊長の鼻先へと真っ直ぐに突きつけた。
「その因習にまみれた、黴の生えた古いお頭の仕組み……
我が故郷の言葉で完全に――『フェボアテン(お差し止め)』よ!」
お咲がその肉感的な紅い唇から放った冷徹な一言。
それは、かつて彼女を縛り付けようとした本国の絶対的な権威と
問答無用の威光を、完膚なきまでに打ち砕く痛烈な一撃であった。
異国小隊 ofの隊長はぐうの音も出ず、自らの敗北を悟り、
ただただ絶望の表情を浮かべて白い砂浜にへたり込むしかなかった。
「う、うわあああ! ネエちゃん、
今のも『お仕舞い(ここでお幕)』って意味だよな!?
あの異国の言葉の響き、ゾクゾクして身震いがするべさ!
昨夜のあの『×(め)』の身振りの次は、この凛々しい目配せだべ!」
「兄ちゃん、お咲のネエちゃんが粋すぎて、
おいらまた胸の高鳴りがだくだくと止まらねえべさ!
鼓動が早くなって破裂しそうだべ! たまらねえべ!」
「全くだ! 異国の兵隊ども、
ネエちゃんの一言で完全に骨抜きにされちまってやがるべさ! ざまあみろだ!」
言葉の細部までは完全には通じなくとも、お咲の放った圧倒的な知性と、
誰もが心を奪われる艶やかな魅力、外部の悪を退ける強さに、
周囲の若者組の少年たちは地鳴りのような大興奮の歓声を上げた。
砂浜全体が、彼女を称える熱狂に包まれる。
お咲はそんな彼らの純朴な熱狂に、少し気恥ずかしそうに
頬をぽっと薔薇色に染めた。
しかし次の瞬間、彼女は首を少し右へと傾げ、悪戯っぽくパチリと、
少年たちに向けて妖艶なウィンクをしてみせたのだ。
「ひぇぇっ……! だ、駄目だべさ!
ネエちゃん、その無敵の色気と知性のあわせ技は、
おいらたちの未熟な胸には毒すぎるべ!」
「兄ちゃん、おいら、今度こそ本当にお咲ちゃんの美しさに
魂を完全に奪われちまった……もう腰が抜けて骨抜きだべさ……」
衣服の下の豊かな肉体を誇るように、健康的に笑う彼女の強烈な生命力。
それは、日の沈む異国の暗い地下室に閉じ込め、
人々を支配しようとする教会の影を、自らの力で完璧に打ち破った証であった。
かつて南蛮の地の厳格な宗教の恐怖に怯え、
暗く狭い床下の芋つぼに一人隠されて冷や汗を流していた、
あの孤独で無力だった異国の少女は、もうどこにもいない。
彼女は今や、この大好きな外房の美しい漁村において、
自らの知性と、命を賭して彼女を守ってくれる無敵の家族と共に、
精神的にも、肉体的にも、完全なる勝利をその手に掴み取ったのであった。
お咲ちゃんの凛とした『フェボアテン!』、最高にシビれましたね。
ドヤ顔のお咲ちゃんも可愛さ爆発です。
次回、いよいよ奉行所の軍船をバックに、庄屋さまと爺さまが大見得を切ります!




