【第35話:お咲の決意、『私のユピアはここよ!』】
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村の若者や海女たちが命懸けで自分を守ってくれる姿を見たお咲ちゃん。
ついに自らの意志で前に出て、故郷の使客へ最高の決別を突きつけます!
「そこをどきな、太助、次郎。
それから、若者頭も……。
私のために、みんなが傷つくのは本当に嫌よ」
「ネ、ネエちゃん!? 何言ってるんだべ!
あぶねえから、大人しく俺たちの後ろに引っ込んでてくれろ!
鉄砲が並んでるんだべさ!」
「いいえ、いつまでも子供扱いはもうおしまいって、
よね婆や海女のお姉さんたちとも約束したわ。
私は、私の言葉で、あの人たちにちゃんと言わなきゃいけないの」
若者組の逞しく浅黒い黒い筋肉の壁と、
海女たちの濡れた薄手の白い磯着の壁。
二つの圧倒的な熱気と剥き出しの生命力に守られながら、
太助たちのあばら家の影に潜んでいたお咲は、
ゆっくりと、しかし微塵の揺らぎもない確固たる足取りで、
銃口のずらりと並ぶ正面へと歩み出た。
彼女は、左右から必死に引き止めようとする太助や次郎の
力強い腕を優しくはねのけると、
頭に巻いていた藍染めの手ぬぐいを、
バサリと大きな仕草で白い砂浜へと脱ぎ捨てた。
「おい、見ろべ……。
お咲のネエちゃんが、自分から前に出てきちゃったぞ……!」
「なんてまばゆいんだべさ……。
まるで本物の神様が降臨したみたいだべ!」
朝の眩しい太陽の光をいっぱいに浴びて、
月光よりも、あるいは地引き網にかかったばかりの
黄金の鯛よりも眩しい本物の黄金の髪が、
外房の荒々しい海風を吸い込んで激しくまばゆく波打つ。
薄手の磯着を身にまとい、引き締まったしなやかな太ももと、
大らかな肉体の曲線を誇るように豊かな胸元をぐっと反らせた、
堂々たる女神のごときその佇まい。
お咲の息をのむような圧倒的な美しさと色香、
そして凄まじい気迫の前に、黒い銃口を構えていた異国の兵士たちも、
息を巻いていた通訳も、
一瞬にして金縛りに遭ったかのように水を打って静まり返った。
「……おぉ、お咲……!
やはり生きて、このような東洋の最果ての僻地に隠れていたか!」
きらびやかな軍服に身を包んだ傲慢な使者は、
朝日に黄金の髪を揺らすお咲の姿にギラりと欲望の目を輝かせると、
すぐさま通訳を介し、
ゲルマンの国の言葉で猫なで声のような甘い言葉を投げかけた。
「大人しく我が使節のもとへと戻るが良い、お咲。
故郷の領邦では、原因不明の恐ろしい病が蔓延しておるのだ。
そなたが持つ、和漢洋の優れた草根の知識が今すぐ必要なのだ。
大人しく黒船に戻るならば、
公にそなたの過去の罪をすべて許し、
破格とも言える格別なる待遇と富を約束しよう」
「……タイグウ? カクベツなる、タイグウですか?」
お咲の美しく涼やかな青い瞳には、使者の予想に反して、
冷徹なまでの激しい拒絶と蔑みの光が宿っていた。
彼女は、よね婆のあばら家の囲炉裏端で、
あるいは太助たちと長屋の芋つぼの中で、
必死に覚え込んってきた日ノ本の言葉を一つ一つ胸の奥底から手繰り寄せた。
そして、自慢の故郷のゲルマン語を激しく織り交ぜながら、
外房の崖に響き渡るような凛とした美しい声で言い放ったのだ。
「そんな都合のいい甘いお話なんて、絶対に――
『ウンメーリヒ(あり得ない)』よ!」
「何だと……!?
我が領邦の寛大な慈悲を拒むというのか!
この魔女め!」
「慈悲なんて、どこにもなかったわ!
私を『魔女』と罵り、冷酷に嵐の海へと捨てたのはお前たちよ!
いまさら自分たちの街に病が出たからと、
私の知識を、私の身体を道具のように欲しがるなんて、
本当に醜くて傲慢だわ!
私がこの命を捧げて紡いできた草根の知識は、
もうお前たちのような冷酷な人間のためには、爪の先ほども使わないわ!」
お咲の鋭い怒号に、使者は「おのれ、不届きな女め……!」と
顔を真っ赤にして身震いした。
しかし、お咲の啖呵はまだ終わらなかった。
彼女は、後ろで見守る太助や若者頭、
海女たちの顔を愛おしそうに見つめると、さらに声を張り上げた。
「言葉は完全には通じなくても、私には、この最高に自由で、
ありのままの私を命懸けで愛してくれる、
温かくて力強い仲間たちがいるのよ!
私を暗い地下室に閉じ込める教会の影なんて、
この村にはどこにもないわ!
私の『ユピア(理想郷)』は、あの狭く汚い床下の上、
この大好きな外房の村、ここだけよ!」
お咲は、濡れた白い磯着の袖を大きく翻すと、
両の白い腕を胸の前で激しく交差させ、
完璧な『バツ印』を作って使者の鼻先へと真っ直ぐに突きつけた。
「お前たちの傲慢で身勝手な命令は、
この日ノ本の海において、完全に――
『フェボアテン(禁止)』よ!」
その凛々しくも、隠しきれぬ肉体的な魅力にあふれた、
最高に艶やかで強固な決別の意思表示。
お咲のその大迫力の言葉の意味を完全に理解した瞬間、
後ろに控えていた若者組の男たち、長屋の老人たち、
そして磯ノミを握り締めた海女たちは、
一斉に天を突くような地鳴りのごとき大歓声を巻き起こした。
「……よく言ったべ、お咲のネエちゃん!!
最高だべぇえ!!」
「ガハハハ! そうだそうだ!
異国のクソ野郎どもに、お咲ちゃんの美しい黄金の髪を
一本たりとも触れさせてたまるかってんだい!」
「お前らの思い通りにゃあ、何一ついかせやしねえべさ!
さあ、お咲ちゃんの『バツ印』が見えねえのかい!」
太助と次郎は櫂を激しく地面に打ち鳴らし、
若者頭は浅黒い見事な胸元を叩いて使者をこれでもかと激しく挑発した。
自らの使節としての絶対的な威厳を、
東洋のうら寂しい漁村のおなごと田舎者どもに
完膚なきまでに踏みにじられた使者は、
屈辱と怒りで顔面を般若のように真っ赤に染め上げると、
腰のサーベルを激しく引き抜いて絶叫した。
「生意気な魔女め……!
これ以上の対話は無用じゃ!
兵士たちよ、銃剣を構え、その生意気な女を力ずくで捕らえよ!
逆らう日ノ本の土民どもは、全員その場で大砲の餌食にしてくれん!」
「野郎ども、異人の鉄砲玉が飛んでくるべ!
お咲ちゃんを後ろに隠して、全員で一撃突撃だべぇえ!!」
使者の冷酷な突撃の命令が下った瞬間、外房の白い砂浜は、
一瞬にして人間の生命力と武力が激突する、
凄まじい混沌の渦へと叩き落とされた。
磔獄門というお上の恐ろしい法罰の恐怖をも完全に超越した、
お咲と村の若者たち、あるいは海女連合による、
この愛おしい安楽土を守るための「外房総力戦」の火蓋が、
朝靄を鮮やかに切り裂くようにして、
今まさに激しく切って落とされたのである。
お咲ちゃんの魂の『フェボアテン!』、最高にシビれましたね!
バツ印を作るお咲ちゃんのポーズも最高に格好いいです。
次回、異国のお抱え医師との「医学デスマッチ」が勃発します!




