【第23話:ここが私の夢見たユートピア】
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若者組のオープンな文化に大衝撃を受けたお咲ちゃん。
しかし、その根底にある「誰も抑圧されない自由」に気づいたとき、彼女の胸に劇的な感情の変化が訪れます。
「いいかお前ら!
俺たちが毎晩こうして集まって色道の作法を学ぶのも、
ただの淫らな戯れのためじゃねえんだべ!
いつまでも子供の気分のまま、
長屋の娘を傷つけるような腰抜けを生まねえためだ!」
「おう! しかと分かっております、頭!」
「分かってるなら、もっと腹から声を出せ!
海に出りゃあ誰もが命がけだ。
一人じゃあ引き潮の荒波に一瞬で呑まれちまう。
だからこそ、陸に上がったときは若者組が一つになって、
誰に言われるでもなく互いの長屋を、
互いの女を、および村の暮らしを命がけで助け合うんだ!
それが一人前の男の、本当の掟ってやつだべ!」
夜風がヒュウと茅葺き屋根を揺らす、外房の漁村の底。
古びた板壁の隙間にへばりついていたお咲は、
窓の隙間から漏れ出る囲炉裏の火の粉を浴びながら、
室内の若者たちの熱いやり取りをじっと見つめ続けていた。
顔を耳の根元まで真っ赤に染め上げ、
最初はただの恥ずかしい覗き見のつもりだった彼女の青い瞳は、
夜が更けるにつれて、まったく別の深い光を宿し始めていた。
「(……ああ、なんてこと。
これは、ただの淫らな教えなんかじゃないわ。
この人たちは……身分の違いも、お上の指図も関係なく、
自分たちの意志で誰かを愛し、自分たちの手で明日を生きるための、
本当に温かい仕組みを作っているのね……)」
室内では、頭の言葉に感極まった新入りたちが、
浅黒く引き締まった胸元を激しく上下させ、互いの肩を叩き合っている。
そこにあるのは、お上が定めた堅苦しい法度でもなければ、
庄屋が押し付ける窮屈な説教でもない。
若者たちが自らの力で物事を動かし、お互いの命を支え合いながら、
一人前の大人へと成長していくための、極めて合理的で血の通った
自治の仕組みであった。
「頭! 俺、もし沖でへまをやらかして死にかけたら、
長屋のハナちゃんのことは頼みますだ!
あいつを一人にすんのが、おいら一番怖えんだ!」
「馬鹿野郎、縁起でもねえことを言うんじゃねえ!
生きて大漁の網を引くことだけを考えやがれ!
だがな、もしもの事があったら、この組の連中全員でお前の長屋も、
お前の惚れた娘も、死ぬまで餓えさせやしねえべ!
それが若者組の意地だ、安心してみんなで脪を漕ぐぞ!」
「う、うおおお!
ありがてえ、ありがてえだ!
おいら、死ぬ気で明日の海を乗り越えるべ!」
若者たちの剥き出しの生命力と、
隠し立てのない連帯の熱気が、
古い板壁の隙間を抜けてお咲の肌へと直に伝わってくる。
その瞬間、お咲の胸の奥底から、
言葉にできないほどの凄まじい感動と、
過去の重苦しい記憶の痛みが同時に激しく沸き起こった。
「(私の故郷の、あの冷たいゲルマンの地では……どうだったかしら。
知識を持つ女性というだけで、あるいは少し変わった薬草を調合しただけで、
人々は怯え、怒り、私を『魔女』と呼んで蔑んだわ……)」
お咲の脳裏に、故郷の冷たい教会の石壁と、
常に自分を監視し、抑圧し続けてきた領主たちの
冷酷な目が鮮々しく蘇る。
そこでは、身分制度の厚い壁がすべてを遮り、
人々は神の罰を恐れて息を潜め、
自分の心に従って誰かをのびのびと愛することすら
許されなかった。
少しでも掟から外れれば、悪魔の所業として暗い牢獄に
叩き込まれる過酷な世界だったのだ。
それなのに、この日ノ本の、魚の油にまみれたうら寂しい漁村の
床の上には、彼女がずっと夢に描いていた、誰も抑圧されない理想の
楽土が、確かに存在していた。
「(厳しい宗教の罰もない……みんなが自分の心に従って、
笑って、泣いて、お互いを信じて愛し合っている。
私が海を渡って、この国に流れ着いたのは、
奇跡なんかじゃない。
私がずっと探していた安住の地は……
タスケたちの、あの暗い床下の上にあったんだわ……)」
ポロポロと、お咲の美しい頬を伝って、
大粒の涙が静かにこぼれ落ちた。
それは悲しみや寂しさの涙では決してなかった。
お上の詮索に怯え、磔獄門の恐怖と隣り合わせになりながらも、
ついに自分が魂を預けられる本物の居場所を見つけたのだという、
揺るぎない確信の涙であった。
「よし!
今夜の談義はここまでだべ!
明日は朝一番から地引き網だ、新入りもしっかり身体を休めておけよ!」
「おう!
頭、今夜もありがてえお話をありがとうございましただ!
おやすみなせえ!」
若者宿の囲炉裏の火が徐々に小さくなり、
男たちの満足げな笑い声と共に、集会が静かに幕を閉じていく。
お咲は窓辺からゆっくりと身体を引き離すと、
満月の冷たい光が降り注ぐ誰もいない草むらのなかに、
すっくとその瑞々しい肢体を立ち上がらせた。
夜風がヒュウと吹き抜けるたび、彼女のまばゆい黄金の
髪がさらさらとなびき、潮の香りを一瞬でかき消すような
甘く妖艶な芳草の香りが、夜の漁村に一筋の奇跡のように広がっていく。
「(もう、ただ隠されて怯えるだけの異邦人でいるのは終わりよ。タスケ、ジロー……
あなたたちが命がけで守ってくれたこの村を、ここに生きる温かい人たちを、
私は私の医術で、私の心で、生涯愛し抜いてみせるわ)」
お咲は着物の胸元を優しく撫で下ろすと、
青い瞳の奥に、かつてないほどの不敵で確固たる強い光を
爛々と宿した。
隠されるだけの儚い存在から、
この素晴らしい日ノ本の文化の一部になり、
薬師として民を救う女神になるのだという、
彼女の主体的な大いなる覚醒が始まった瞬間だった。
お咲は愛用のすり鉢を再びしっかりと両腕に抱え直すと、
夜明け前の深い闇のなかへと、
まるで自ら夜の風に溶け込むかのように、
鮮やかに、そして誇らしげに駆け去っていった。
縁の下の芋つぼに秘められた彼女の冒険は、
この楽土の熱い地の塩を吸い込んで、
もはや誰にも止められない偉大な神話へと、
さらなる進化の一歩を踏み出すのだった。
この村をユートピアだと確信したお咲ちゃん、涙の決意に胸が熱くなります!
隠蔽生活から永住への大きな転機ですね。
次回、若者組のリーダーが深刻な『恋煩い』で倒れ、お咲ちゃんのロジックが夜の闇で動きます!




