【第2話:突撃、庄屋さま! 床下の秘密】
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絶世の異人美女を前に、磔獄門の恐怖でパニックに陥る太助たち。
そんな最悪のタイミングで、村で一番お堅いあの「庄屋さま」がやってきて……!?
「ひゃあぁぁぁ! いますぐ海へ突き返せ!」
「無茶言うなよ爺さま! こんな綺麗なネエちゃんを捨てられるか!」
「捨てねば村ごと磔じゃ! 首が飛ぶぞ、首が!」
居間の中は、まさに足の踏み場もない大混乱だった。
黄金の髪をなびかせる異国の超絶美女――お咲の登場に、隠居爺さまは腰を抜かして畳を叩き、太助と次郎は冷や汗を流しながら必死に抗弁している。当のお咲は、豊かな胸元を抱きしめたまま、言葉の通じない男三人の怒号にただ呆れ顔を浮かべていた。
その時だった。
ザッ、ザッ、と砂利を踏む、重々しく規則正しい足音が家の外から近づいてきた。
三人の言葉がピタリと止まる。凍りついた空間に、無情にも、戸を荒々しく揺さぶる音が響いた。
「おい、太助、次郎。いるか」
低く、威厳に満ちたその声を聞いた瞬間、爺さまの顔が土気色を通り越して真っ白になった。
「しょ、庄屋さまだ……!」
「嘘だろ!? なんでこんな時に!」
次郎が声を裏返して絶叫しかけ、太助が慌ててその口を塞ぐ。
戸の向こうにいるのは、村の最高権力者であり、お上への忠誠心が人一倍お堅い庄屋だった。
規律を重んじ、不審なものがあれば即座に奉行所へ突き出す、この村で最も恐ろしい男だ。
「おい、開けるぞ。用事があって立ち寄った」
「ま、待ってくれ庄屋さま! いま着替え中なんだ!」
太助が必死に時間を稼ぐ声を上げながら、お咲に向き直った。
「ごめんネエちゃん! 大人しくしててくれ!」
太助はお咲の柔らかい唇を片手でガッと塞いだ。お咲の青い瞳が驚きで大きく見開かれる。
「次郎、畳を上げろ! 急げ!」
「分かった! よいしょ!」
次郎が火事場の馬鹿力で居間の畳をひっぺがす。
その下に現れたのは、普段、冬越し用のサツマイモを貯蔵している、暗く狭い床下――通称『芋つぼ』だった。
「ネエちゃん、ここに入っててくれ! すぐ出すから!」
「んんーっ!?」
太助と次郎は、お咲の柔らかくも肉感的な体を両側から抱きかかえるようにして、強引にその狭い穴へと押し込んだ。
はだけた衣服の隙間から、お咲の吸い付くような白肌の温もりが兄弟の腕に伝わり、二人の心臓は磔獄門とは別の意味でも破裂しそうになる。
「むぐぐっ!」
「悪い! 我慢してくれ!」
お咲の頭をぐっと押し込み、間髪入れずに畳を元に戻す。
その上に座布団を二枚、乱暴に放り投げた。二人がその上にドスンと座り込んだ、
まさにその直後だった。
ガラリ、と音を立てて木戸が開いた。
「随分と騒がしかったようだが、何をしていた」
入ってきたのは、立派な羽織をまとった庄屋だった。その鋭い眼光が、狭い室内をゆっくりと見回す。
「い、いやぁ! 庄屋さま! これはこれは、珍しいお客様で!」
爺さまが、今までに見たこともないような引きつった愛想笑いを浮かべて前に出た。
「若造どもが朝からくだらん口喧嘩をしておるのを、ワシが叱り飛ばしていたところですじゃ! はは、ははは!」
「ふん、相変わらず血気の盛んな奴らだ。まあよい、爺殿もいたのなら話が早い。座らせてもらうぞ」
庄屋はお咲が閉じ込められている、まさにその真上の畳へと歩を進め、どっかりと腰を下ろした。
「ひっ……!」
次郎の口から小さな悲鳴が漏れかけ、太助がすかさず自分の太ももを強くつねって声を殺す。
床板一枚を挟んだすぐ下。そこは、光の一筋も届かない芋つぼの暗闇だった。
(な、何なのよ、これ……! ウンメーリヒ(あり得ない)!!)
お咲は泥とイモの皮にままみれながら、狭い空間で膝を抱えていた。
言葉こそ理解できないものの、自分が不当に扱われ、暗い穴に放り込まれたことだけは痛いほど分かる。
怒りで豊かな胸を激しく上下させ、暗闇の中でいたく呆れ果てたような顔を浮かべていた。
(あの無礼な男たち……! 出たら絶対にただじゃおかないんだから!)
しかし、お咲が身動きをしようとするたび、カサリ、と微かな衣擦れの音が響く。
その音は、上の畳にいる兄弟の耳へとダイレクトに突き刺さった。
「……? 何か音がしたな。床下にネズミでもいるのか」
庄屋が不審そうに眉をひそめ、自分の座る畳をトントンと扇子で叩いた。
「い、いやいやいや! ネズミですじゃ! 最近、外房のネズミは図体がデカくて、イモをかじる音もうるさくて敵いませんわ、ガハハ!」
太助が滝のような冷え汗を流しながら、必死に愛想笑いを浮かべた。
その横で、次郎の顔は完全に引きつっている。
「そうか。ならばよいが。……実はな、爺殿。耳の痛い噂が江戸の方から届いておってな」
庄屋は声を潜め、表情を一段と険しくした。
「怪しい異国の密航者が、この外房の海岸線に近づいているという触れ書きが出た。
もし、そんな不届き者を匿う不審な動きがあれば、村ごと磔獄門、一族郎党根絶やしの大罪となる。
お前たち、浜で変なものを見かけてはいないだろうな」
その言葉は、兄弟にとって死刑宣告も同然だった。
お咲の真上に座る太助と次郎の背中を、冷や汗が文字通り激流となって流れ落ちていく。
「見、見かけるわけがございませんじゃ! こんなうら寂しい漁村に、異国人が来るはずがねえですだ!」
「そうですとも! 俺たち、毎日イワシを追うので精一杯ですから!」
必死にまくし立てる兄弟の顔を見つめ、庄屋は目を細めた。
「ふむ……。ならばよい。太助、次郎、お前たちは少し顔色が悪いようだが、時化で体でも壊したか?」
「へっ!? あ、あはは、ちょっと寝不足なだけで!」
「そうか。お上への忠義を忘れるなよ。怪しい影があれば、すぐに私へ報告せねば、この村の未来はないと思え」
床下からは、お咲の怒りに満ちた、しかし必死に抑えられた微かな吐息が、床板の隙間を通じて微かに漏れ出ていた。
兄弟の磔獄門ロードを回避するためのサバイバルは、最初の一歩から、完全に命懸けの綱渡りだったのである。
(……この男、いつまで喋ってるのよ)
床下の暗闇の中で、お咲の冷ややかな、しかしどこか魅惑的なため息が、静かに紡がれていた。
床板一枚下の『ウンメーリヒ!』、スリル満点でしたね(笑)。
太助たちの冷や汗が止まりません。
庄屋さまが何とか帰り、床下から這い出たお咲ちゃん。
次回、次郎の「ある行動」にお咲ちゃんが大激怒!?




