【第14話:お咲、夜の薬草園を作る】
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村人たちの包囲網をかい潜りながら、夜の徘徊を続けるお咲ちゃん。
今回はよね婆から教わった知識をフルに活かし、村の病人を救うための秘密の作戦に打って出ます。
「おいおい、夕べもまた、東の崖の向こうに黄金の光が走ったってよ!」
「やっぱりあの噂は本物だべ! 長屋に現れた菩薩様が、俺たちの熱い祈りに応えて、夜山に御姿を現してくれたんだ!」
カラリと晴れ渡った翌朝の外房の漁村は、ひっくり返るほどの大騒ぎに包まれていた。
あちこちの細い路地や波しぶきが煙る砂浜で、男たちが昼間の地引き網の手入れをする手さえ完全に止め、顔を上気させながら熱弁を振るっている。
庄屋の立ち合いによるイワシの物々交換で山の農村と和解し、村中に活気が戻った矢先の出来事であった。
「夕方から急に火のように熱が上がった赤ん坊のひどい病をな、その菩薩様が不思議な香りのする霊水で、一瞬にして治しちまったんだと!」
「夜回りの作蔵の野郎も、その神聖なお姿を確かに見たってよ。風のように格子の窓から去っていったって……くそっ、俺も一目拝みたかったぜ!」
そんな男たちの狂騒を遠目に、太助と次郎の悪童兄弟は、顔を真っ白にして冷や汗を流していた。
まさか夕べ、自分たちが連日の重労働の疲れで泥のように爆睡している隙に、あのお騒がせ異国娘が夜のそぞろ歩きへと這い出していたとは思いもしなかったのだ。
二人は周囲の視線を気にしながら大急ぎであばら家へ引き返すと、居間の畳を勢いよくひっぺがし、床下の薄暗い芋つぼに向かって声を潜めながらも怒鳴り声を上げた。
「おい、ネエちゃん! 夕べ、外に出ただろ!」
「作蔵や長屋の連中が大騒ぎしてんだよ! 黄金の菩薩が出たってなぁ!」
芋つぼの奥から、よね婆から譲り受けた古い薬草をすり鉢でゴリゴリと引いていたお咲が、ひょっこりと顔を出した。
昼間の不格好な「ほっかむり」を外し、まばゆい黄金の髪をさらさらと肩に散らした彼女は、太助たちのただならぬ剣幕にきょとんと首を傾げた。
「え? 私がボサツ? ……ふふっ、『ウンメーリヒ(あり得ない)!』」
お咲はパチパチと青い瞳を瞬かせると、日本の男たちの勘違いがあまりに滑稽だったらしく、芋つぼのむしろの上に敷いた襤褸布団の上をごろごろと転がりながら大爆笑した。
「ハハハ! ボサツって、あの頭がピカピカした仏様でしょう? 私がそんな風に見えるなんて、この村の男たちの目はどうかしているわ!」
「笑い事じゃねえってんだよ、ネエちゃん! 一番見られちゃいけねえ黄金の髪を拝まれちまったんだぞ!」
「あいつら、ネエちゃんの髪を本物の御後光だと思い込んでやがんだ! これ以上噂が広がって、お上の耳に届いたら村ごと磔獄門、一族郎党根絶やしだぞ!」
太助が頭を抱えて怒鳴るが、お咲は「でも、赤ん坊の痛い虫は治ったわ。良いことじゃない」と悪びれもせずに微笑むだけだった。
夜の包囲網が厳しくなっても、お咲の夜間徘徊と、確かな条理を持つ本物の薬師としての情熱が止まることは決してなかった。
村のあちこちで、貧しさや衛生環境の悪さから苦しんでいる病人たちの切ない呻き声を、彼女は決して放っておけなかったのだ。
お咲は夜の徘徊中、よね婆から絵草紙で教わった地名や崖の形、植物の挿絵の知識を頼りに、深夜の外房の険しい崖や裏山を巡り歩いた。
(故郷である遥か西の紅毛の国々とは植生が異なるけれど、この日ノ本の自然の中にも、優れた薬効を持つ薬草が豊富に自生しているわ)
お咲はその鋭い識別眼で、草むらに隠れた「センブリ」や「ゲンノショウコ」などの薬草を次々と見抜いていく。
薬草を採取するお咲の姿は、着物の袖をまくり、月光を浴びた白い太ももをチラつかせながら崖を登るなど、うら寂しい山の闇の中で妖しくも息をのむほど美しかった。
彼女は集めた日本の薬草と、自分が隠し持っていた西洋の知識を織り交ぜ、太助と次郎の家の裏手にある隠れたスペースに、秘密の「薬草仕込み園」を作り始めたのである。
「ふぅ、これでよし。あとはしっかりとこの房総の土に根付いてくれれば、いつでも特効の煎じ薬が作れるわ」
翌朝、東の空が朱色に染まる頃。
お咲は井戸端に腰掛け、夜の作業で泥のついた白い足首を、冷たい水でさらさらと洗い流していた。
そこへ、すっかり寝坊した太助と次郎が、目をこすりながらあばら家から這い出てきた。
「……うわっ! ネエちゃん、また朝帰りの泥だらけじゃねえか! あれほど夜歩きは止めろって言ったろ!」
「待てよ兄ちゃん、裏庭のあの見事に耕された一角は一体何なんだよ!? 怪しい草がいっぱい植わってるぞ!」
裏手の異変にいち早く気づいた次郎が、声を裏返して指差す。お咲は濡れた足をくねらせ、はだけた着物の襟元から豊かな胸元を無防備に覗かせながら、慌てる二人に向かって妖艶な笑みを浮かべてみせた。
「タスケ、ジロー。おはよう。言っておくけれど、あの裏庭の草は、絶対に抜いちゃ『フェボアテン(禁止)』よ」
「ふぇ、ふぇぼあてん……? なんだよその異国の言葉は」
「禁止、ということ。もし一本でも私の大事な薬草を傷つけたら、あなたたちの今夜の寝床に、とびきりお腹が痛くなる毒草の粉を仕込んであげるわ。ふふふ、嘘じゃないわよ?」
お咲は真っ白な歯を覗かせてクスッと笑い、美しい指先で二人の鼻先を軽く小突いた。
その言葉の脅し文句とは裏腹に、彼女の青い瞳の奥には、村の病人たちを病魔から救いたいという底なしの優しさと慈愛が満ち溢れている。
兄弟はお咲のあまりの熱心さと、夜ごと増していく大人の色気に完全に圧倒され、顔を真っ赤に染めて言葉を失ってしまった。
「……ちぇっ、分かったよ。抜かなきゃいいんだろ、抜かなきゃ。ネエちゃんには敵わねえや」
「しょうがねえなあ。おい次郎、あの草がよく育つように、山から肥やしになる腐葉土を少し集めてきてやるか」
「おう、兄ちゃん。ネエちゃんに本気で毒を盛られたら適わねえからな! しっかり手伝おうぜ!」
悪態をつきながらも、兄弟はお咲の秘密の薬草園作りを、嬉しそうに黙って手伝い始めるのだった。
お咲の不器用で、けれど途方もなく温かい慈愛の心が、夜の闇の中で、確かにひとつの美しい形を結び始めていた。
崖を登って薬草を採るお咲ちゃん、セクシーで力強いですね。
秘密の薬草園も完成し、準備は万端。
次回、喘息の持病で今にも息が絶えそうな一人暮らしの老漁師の家に、お咲ちゃんが忍び込みます!




