【第10話:悪徳問屋を床下に叩き込め!】
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村のイワシを安値で買い叩き、お上へチクるぞと脅す江戸の悪徳魚問屋が登場。
お咲ちゃんの鋭い観察眼と、悪童兄弟のクレイジーな罠が炸裂するクライマックス!
第1章、磔獄門の危機を笑いとクレイジーな団結で突破した!
ざざん、ざざんと、いつもより激しい波の音が浜を叩いている。
外房のひなびた漁村は、朝から未曾有の熱気に包まれていた。
網を引けば引くほど、銀色の鱗をきらめかせた極上のイワシが溢れ出す。
山の農村との和解を果たし、物々交換の笑顔が広がった矢先、村中が「大漁じゃ!」と沸き立っていた。
だが、その歓声を切り裂くように、不穏な影が境界線を越えてやってきた。
「へっ、生臭え田舎だな。これが噂のイワシか」
太助と次郎のあばら家の土間に、ドカリと汚い足を踏み入れた男がいた。仕立ての良い絹の羽織をまとい、嫌らしい薄笑いを浮かべたその男は、江戸からやってきた強欲な魚問屋・金兵衛だった。
後ろには、目つきの悪いゴロツキのような手下どもを数人引き連れている。
「おい、若造。お前たちが集めたイワシ、すべてこの金兵衛が買い取ってやる。……そうだな、一樽につき百文で手を打とうじゃねえか」
「はぁ!? 百文だァ!? ふざけんじゃねえぞ、お前!」
太助が思わず拳を握りしめ、身を乗り出した。後ろにいた次郎も目を血走らせて怒鳴る。
「そうだぞ! これだけ脂の乗った極上のイワシが、百文なわけねえだろ! 普段の半値以下じゃねえか! いくらなんでも買い叩きすぎだ!」
「ふん、うるせえな。田舎者がナメた口を叩きやがって」
金兵衛は懐から煙管を取り出し、ふぅと紫煙を吹きかけた。
その目は一瞬にして冷酷な光を帯び、ドスの効いた低い声に変わる。
「嫌なら断ってもいいんだぜ? ……その代わり、お前らの村に『怪しいほっかむり娘』がいるって、今すぐ奉行所に訴人してやってもいいんだがなぁ?」
「……っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、土間は水を打ったような静寂に包まれた。
太助と次郎の背中を、それこそ凍りつくような冷や汗が流れ落ちる。
大漁の検分立ち合いのために同席していたお堅い庄屋までもが、ガタガタと膝を震わせ、顔を真っ白にして言葉を詰まらせた。
「お、お前、なんでそれを……」
「へへっ、山の連中が『お咲様』だの『菩薩様』だのって噂をしてりゃあ、耳に届くのも当然よ。どうだ? お上の掟を破ったとなれば、村ごと磔獄門、一族郎党根絶やしだ。大人しく俺の言う値で魚を差し出すか、それとも全員で首を括るか、選びな」
金兵衛の不敵な笑い声が、狭い居間に響き渡る。圧倒的な脅迫の前に、誰もが絶望の淵に立たされた、まさにその時だった。
「――そこまでよ。見苦しい大人がいたものね」
居間の奥から、静かに、しかし凛とした足取りで歩み出てくる影があった。
大きな手ぬぐいを深く頭に巻いた、ほっかむり姿のお咲だった。
彼女の青い瞳は、磔獄門という言葉の恐怖に怯えるどころか、凍てつくような冷徹な光を放っている。
お咲は金兵衛の目の前まで突き進むと、彼らが魚の重さを量るために持ち込んでいた大きな天秤を、細く白い指先でピシャリと指差した。
「おい、なんだこの女は……。口が利けねえんじゃなかったのか?」
「タスケ、ジロー、よね婆さんから教わった言葉、ここで使うわ。……イチ、ニ、サン、シ」
お咲は鈴を転がすような美しい響きの声で、しかし極めて冷酷に数詞を口にした。彼女の頭脳は極めて明晰だ。
この強欲な問屋が、なぜこれほど自信満々に買い叩しようとしているのか、そのロジックをすでに完全に見抜いていた。
「お前の天秤、おかしいわ。この『おもり』、中の目方が合っていない。……ニ、が、シ、になっている。倍の重さがあるわ。お前、魚の目方を半分に偽って、不当に安く買い叩こうとしているでしょう?」
「な、何だとォ!?」
金兵衛の顔が、焦りでみるみるうちに引きつった。
お咲が指差したおもりを、太助がひったくるようにして掴み、床へ叩きつける。
パカリと割れたおもりの中からは、不正に仕込まれた重い鉛が転がり出た。
「おい、本当だ! おおもりに細工がしてあるぞ! この悪徳問屋め!」
「う、うるせえ! 証拠がどうあれ、お前らが異人を匿っている事実に変わりはねえ! おい、手下ども、今すぐ奉行所へ走――」
金兵衛が慌てて叫び、踵を返そうとした瞬間。
お咲は手ぬぐいの隙間から鋭い青い瞳を爛々と光らせ、居間全体が震えるほどの大声を張り上げた。
「――お前の汚い商売、完全に、『フェボアテン(禁止)!!!』」
その圧倒的な気迫、威風堂々たる医療者・知性者としての気高さに、金兵衛もその手下どもも、まるで雷に打たれたようにその場で硬直してしまった。
そして、この絶妙な隙を、漁村の悪童兄弟が見逃すはずがなかった。
「……よく言った、ネエちゃん!!」
「おい次郎! 俺たちのネエちゃんを脅したバカは、ここに叩き込め!」
「おうよ! よいしょぉぉぉ!!」
太助と次郎は、火事場の馬鹿力で金兵衛の衣服の襟首をがっしりと掴んだ。
金兵衛が「ひ、ひゃあ!?」と情けない悲鳴を上げる。
兄弟はそのまま、居間の畳を勢いよくひっぺがした。
現れたのは、光の一筋も届かない、あの深く狭い床下の空間――『芋つぼ』である。
「うわっ、何だこの暗い穴は! やめろ、離せ――」
「うるせえ! お前が代わりに潜ってろ!」
太助と次郎は、金兵衛の身体を両側から抱え上げると、頭から真っ逆さまにその暗い穴の中へと容赦なく叩き落とした。
ドサァァァン!!
「ぶふぉっ!? いた、痛ぇ! イモの皮が、泥がぁ!」
「大人しくしてろよ、悪徳問屋!」
間髪入れずに、次郎が畳をバチンと元に戻し、その上にずっしりと重い米俵を三つ、乱暴に積み上げた。
床下からは「出せ! ここから出せ!」という金兵衛のくぐもった叫び声が響くが、米俵の重みでピクリとも動かない。
残された金兵衛の手下どもは、お咲の気迫と兄弟の常軌を逸した行動に完全に腰を抜かし、鍬を構えた村の漁師たちに取り囲まれて、這う這うの体で山へと逃げ出していった。
「す、素晴らしい……。あの問屋の不正を暴き、村のイワシと名誉を守ってくださるとは……」
一部始終を見ていた庄屋が、涙を流して畳にひれ伏した。
お咲の明晰なロジックのおかげで、村は「悪徳問屋の不正を告発した正義の側」となり、金兵衛をお上の法に悖ることなく村から永久追放するための大義名分を得たのだ。
もはや、庄屋も名主も、完全にお咲の味方だった。
「ふぅ……。ちょっと、埃っぽかったわね」
お咲は手ぬぐいの結び目を直しながら、少し疲れたように、しかし最高に誇らしげな微笑みを太助と次郎に向けた。
ほっかむりの隙間から覗くその美しさは、床下の暗闇から飛び出してきた、本物の女神のようだった。
「あはは! やったな兄ちゃん、大勝利だ!」
「ああ。俺たちの命懸けの綱渡りは、まだまだこれからだけどな!」
うら寂しい漁村の片隅で、磔獄門の危機を、笑いと型破りな団結で見事に突破した瞬間だった。
床下からは依然として哀れな問屋の呻き声が聞こえていたが、居間に広がる村人たちの笑い声は、外房の爽やかな秋空へとどこまでも高く響き渡っていくのだった。
悪徳問屋を床下に叩き落とす兄弟とお咲ちゃん、最高にスカッとしましたね!
これにて第1章完結です。
次回からの第2章、床下生活に飽きたお咲ちゃんが、ついに夜の街へと繰り出します!




