入学
時が経つのは早いものだ。
少しだけ成長した私は、再び王立魔法学園へ入学した。
巻き戻りの術を使ってからの半年間の生活で、わかったことがある。それは、「私が行動を起こさない限りは、一周目の人生と全く同じ展開で時が進む」ということ。
シルヴァンとの関係は、私の性格が変わってしまったせいで少し違うものになってしまったけれど……それ以外は概ね同じ流れでここまでやってきた。
つまり、このままだと一周目の人生と同じく、「卒業パーティーでシルヴァンが殺される」という結末を迎える可能性が非常に高いということだ。
それでは、禁術を使ってまでシルヴァンを生き返らせた意味がない。
卒業パーティーまでには絶対に犯人を突き止めて、犯行を止めないと……。
そんな決意を固めながら、クラス表を見る。クラス分けは事前のペーパーテストで決まるもので、私とシルヴァンは一番上のSクラスに振り分けられていた。
これも、前の人生と変わらない。私もシルヴァンも、座学は得意だから……。
「ベアトリーチェ! 俺たち同じクラスだよ!」
「えぇ、そうねシルヴァン」
「……なんかテンションが低くないかな? 俺は同じクラスになれて、嬉しかったのになぁ」
「ふふっ、ごめんなさい。私もすごく嬉しいわ、シルヴァン。これからよろしくね」
拗ねているシルヴァンにそう返すと、シルヴァンは唇を少し尖らせながら呟く。
「……なんか、負けた気分」
「シルヴァンって、結構可愛いところあるわよね」
「え!? いやいや、ベアトリーチェが落ち着きすぎてるんだって!」
「……それはそうかもしれないけれど……案外知らない一面も、たくさんあったんだなって思ったの」
そういって、私は目を瞑る。
『見て、シルヴァン! 私たち同じクラスよ! テスト頑張ってよかったぁ……!』
『はは、喜びすぎだよ。でも、俺も嬉しいな、これからよろしくね』
『もうっ、シルヴァンたら、もっと喜んでくれてもいいじゃない!』
『っいてて、ごめんて』
……一周目の人生とは、まるで逆ね。私はシルヴァンの死を体験して暗くなったし、シルヴァンは逆に子供っぽく感じる。
けれど、もしかしたら本当のシルヴァンはこっちだったのかもしれない。私があまりにも子供っぽいから、シルヴァンが大人になってくれていただけだったのかも……。
婚約してから半年が経ったけれど、私たちの関係に大きな変化はない。相変わらずシルヴァンは私を恋愛対象として見ている様子はないし、かといって不仲なわけでもない。
それもそうよね、以前のシルヴァンは私を「無邪気」だと気に入ってくれたのであって、今の私はそれとは程遠いもの。
でも、いいの。私はシルヴァンの隣にいられるだけで、十分だから。
「? ベアトリーチェ、どうかした?」
「ううん、なんでもないわ。教室へ向かいましょうか」
***
この学園では、入学早々に魔法の実技試験がある。自分の魔法が自己紹介の代わりになるのだ。ここで大きなインパクトを残した学生は、三年間クラスで注目されることとなる。
そして一周目の人生では、シルヴァンにとって大きなトラウマが残ってしまったイベントだった。
シルヴァンの家、レグナール公爵家は、炎属性の魔法を司る名門貴族だ。
当然魔力量も凄まじく、使う魔法だって普通の貴族には使えないような上級魔法である。
それだけじゃなく、シルヴァンは恐ろしく美形だ。サラサラのブロンドヘアにエメラルドの瞳、陶器のように美しい肌、影を落とすほど長いまつ毛、程よく鍛え上げられた肉体……。
女性であればまさに傾国の美女と呼ばれていたに違いなかった。
そんなわけなので、当然シルヴァンは皆から一目置かれているわけで、お近づきになりたいファンも大勢いる。
前回の試験では、そのうちの一人の女生徒が顔に火傷を負ってしまったのだ。
シルヴァンの魔法を甘く見ていた令嬢が、試験中身を乗り出してしまった結果だった。
その事故は令嬢の不注意と教師の監督不行き届きによって引き起こされたものと判断され、シルヴァンには特にお咎めなしだった(どころか、むしろ同情されていた)。
……のであるが、優しく責任感の強いシルヴァンの心には大きな傷が残ってしまったのだ。
まぁ、その女生徒は心配した彼女の両親によって自主退学してしまったので、シルヴァンが責任を感じてしまうのも仕方ないのかもしれない。
ふとした瞬間に、「俺が怪我をさせてしまった令嬢はどうしているだろうか」と苦し気に呟いていたのを、よく覚えている。それも、私が嫉妬してしまうくらいの頻度で……。
でも、今回は時を巻き戻した私がそばにいる。せっかく学園生活をやり直しているんだから、どうせならその未来だって変えてあげたい。
「次は――ベアトリーチェ・アイレス。前に出なさい」
「はい」
教師に名前を呼ばれ、私は席を立つ。隣の席のシルヴァンが「がんばれ」とエールを送ってくれた。このあと自分の身に起こることも知らないで、呑気なものだわ。
「属性は?」
「水属性です」
「よろしい。はじめなさい」
教師の合図を聞いて、私は呪文を呟く。そして指先で大きな水の柱が渦を巻いた……わけではなく、少量の水が滴り落ちて終わった。教室がざわめく。
私は水魔法の名門アイレス侯爵家の娘だけれど、家族の中でなぜか私だけ、初級魔法しか発動することができないのだ。
元々の魔力量が少ないのだろう。これには教師も少し驚いていたようだったが、コホン、と咳払いをしてから「よろしい、席に戻りなさい」と言った。
一周目の人生では、情けなさで顔を真っ赤にしながら席に戻ったけれど……今の私に怖いものはシルヴァンの死以外なにもないので、平然とした顔で自席に着く。
「ベアトリーチェ、お疲れ様。その……よかったよ、平和な感じで!」
「……フォローになってないわよ、シルヴァン。でも……ふふ、ありがとう」
「次は……シルヴァン・レグナール! 前に来なさい」
「ほら、呼ばれているわよ、シルヴァン。がんばってね」
「うん、いってきます」
シルヴァンが笑顔で教壇の前に立つ。そして魔法を唱えようとする直前、私は勢いよく立ち上がった。
そして、一周目の人生と同じように身を乗り出した最前列の少女のもとまで駆け寄って、彼女を庇うように抱き寄せた。
「キャっ!?」
突然の私の行動に、令嬢や周りの生徒、そしてシルヴァンが動揺した様子を見せる。
その瞬間、シルヴァンが展開した炎の玉の一つが、こちらへ勢いよく飛んできた。
どうやら私の行動に驚いたシルヴァンが、魔法を暴走させてしまったらしい。
私は咄嗟に水球を作って身を守ろうとしたけれど、私のしょぼい魔法ではシルヴァンの炎に対抗できるはずもなく。少し威力が弱まった程度の炎が私の額をジュッと焼いた。
「ベアトリーチェ!!」
顔を真っ青にしたシルヴァンが、私の側へ駆け寄ってくる。少し予想外の展開に私は驚きつつも、抱き寄せた令嬢には怪我ひとつないことに安堵して、シルヴァンに向き直る。
「ベアトリーチェ、ごめん! 俺のせいで、綺麗な肌が……!」
「あら、このくらいの火傷なんて冷やせば治るわ」
「そんなわけにはいかない! 嫁入り前の大事な令嬢の額に傷をつけるなんて……!」
「シルヴァンと結婚するから、平気よ」
私の発言に、教室中がざわっと声をあげる。シルヴァンは頬を赤くして、「そ、それは……」と固まっていた。
教師は呆然としていたものの、ゴホン!と先程よりも大きな咳払いをして、私に話しかけた。
「アイレス、医務室へ行きなさい。付き添いは……モンフォール、お前が行くように」
「は、はい!」
教師の発言に対し、私がさっきまで抱き寄せていた令嬢が上ずった声をあげた。
「私は一人でも大丈夫ですが……」
「いえ! 私に付き添わせてください!!」
力強く彼女が宣言する。私は結局その迫力に負けてしまって、「じゃあ、お願いしようかしら」とほほ笑んだのだった。




