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 私の声は、震えていた。シルヴァンが、私の手を握る。


「え? だってあんな大きな事件だったんだもの、教員の間では話題に……」

「……なるわけがないんです。あの事件に関わった者の記憶は、私とシルヴァン、そしてニコラス教授以外は消されているので。……知っているとしたら……ユリウス教授を操った――黒幕だけの、はずなんですわ」


 私がそう話すと、フローラ教授は棚を漁る手を止めた。それからくるりと私たちの方へ振り返って、ニコリと笑う。

 それから、一瞬で感情をすべてそぎ落としたような真顔になった。


「あーあ、まさかこんな発言でボロがでちゃうなんてなぁ。でも、仕方ないよね。だってあなたは……神に選ばれし、聖女様なんですもの」

「何を、言って……」


 フローラ教授は私の問いかけには答えず、指をパチン、と鳴らした。


 その瞬間、鮮やかだった植物研究室が一瞬にして暗闇に包まれる。直後、私の手を握っていたシルヴァンがその場に倒れ込んだ。


「シルヴァン!? フローラ教授、一体何を……!」

「名前を呼んでも無駄よ? 彼はあなたと違って光属性の適性なんて持っていないし、当然闇魔法への抵抗もできないから……今頃悪夢でも見てるんじゃないかしら」

「……やっぱり、闇魔法だったんですね。魔獣事件を起こしたのも、ユリウス教授を洗脳したんでしょう」


 私がキッとフローラ教授を睨むと、フローラ教授が楽しそうに口を歪める。


「あっはぁ……! そうよ、大正解!!」

「っ、どうして、そんなことを……!! あなたのせいで、シルヴァンは……!」

「あらあら、トラウマになっちゃってるの? 可哀そうに……。でもまぁ、自分が渡したドリンクのせいで大切な恋人が死んじゃったら、怖くもなるわよねぇ」

「…………え?」


 この人は、一体何を言っているの?

 だって、そのことは、一周目の学園生活で起きたことで、私以外は、知らないはずの……。


「あらやだ、もしかして自分だけが二周目の人生を送っていると思っていたの? 闇魔法は光魔法に干渉できないんだから、私は記憶を持っているに決まっているじゃない」

「……あなたは、一体何が目的なの……?」


 何も、何も理解ができない。私が呆然としながらそう尋ねると、彼女はさも当然と言ったように笑いながら答えた。


「そんなの、『聖女伝説』をこの目でみるために決まっているじゃない!!」

「……は?」

「あなたが光属性の適性を持っていることは、すぐにわかったわ。闇魔法の使い手には、光属性のオーラが見えるから……でも肝心のあなたは、その能力に無自覚なんだもの。だから、あなたの能力を開花させる目に……私、とーってもがんばったのよ?」

「まさか、そんなことのためにシルヴァンを!?」

「……そんなこと?」


 私の叫びに、フローラ教授が一気に笑顔を失った。表情がコロコロ変わるのはフローラ教授の特徴だけれど、今はそれがただただ怖い。


「自分が聖女であるあなたには、わからないでしょうね。私がどれだけ、その力を欲していたか……」

「……わからないわ。わかるわけがない。ただ聖女を求めて簡単に人の命を奪える貴女の気持ちなんて、私にはわからない」

「流石は聖女様ね……先生、うっとりしちゃう……! それに比べて、シルヴァン・レグナールにはがっかりだわ。魔獣事件の時に発動したあなたの治癒の力がみたくて魔闘祭を開催したのに、怪我することなく優勝しちゃうんだもの」

「……そんなことのために……」


 一周目にはなかった魔闘祭も魔獣事件も、一周目に起きたシルヴァンの死も……全部全部、私の光魔法を見るためだけに起きたものだというの?

 他でもない私が、シルヴァンを害していたというの……!?


「……私が……私のせいで、シルヴァンはずっと、巻き込まれて……」

「…………それは、ちがうよ……ベアトリーチェ……」

「っ! シルヴァン!? 意識があるの!?」


 足元から小さな声が聞こえて、私はしゃがんでシルヴァンを抱き締める。シルヴァンは薄ら瞳を開けていて、小さな声でもう一度呟いた。


「……おれは、きみといて、しあわせだった……だから、じぶんのせいなんて、おもわないで……」


 そう言って、にこりと笑ってから……シルヴァンは、ゆっくり瞼を閉じた。

 まるで、一周目にシルヴァンが死んだときのような……幸せそうな笑顔で。


「あら、もう死んじゃった? 本当に使えない男……」

「っ……!! まだ息がある……シルヴァンは、あなたなんかに死なせない!!」


 ギュッと、拳を握る。怒りで涙が滲み、シルヴァンに雫がぽたりと落ちる。

 それから、私は祈った。


「光よ! この闇を払い、彼の命を救いなさい!!」


 ――カッ!と、暗闇が光に包まれた。次の瞬間、暗闇の空間は植物研究室に戻っていて……シルヴァンも、意識を取り戻したようだった。


「うっ……俺、また意識飛んでた……?」

「シルヴァン、どこか悪いところはない!?」

「大丈夫……どころか、前より元気なくらいだよ」


 私がほっと息を吐くと、ぽつんと立ち尽くしていたフローラ教授がわなわなと震えだす。それから……今までで一番の笑顔で、大声をあげて笑った。


「あはっ……あははははははは!! すごい、すごいわ! これが聖女の力なのね……!! ねぇ、今のもう一回やって頂戴!! あなたの力を、私に見せて!!!」


 ――あぁ。この人は……狂っている。


「残念だけど、もう私に闇魔法は通用しないわ」

「あら、そう? じゃあ、もう一回シルヴァン・レグナールには死にかけてもらわなきゃ!!」


 彼女がそう叫んだ瞬間、植物がうねうねと動き出す。闇魔法で、植物を操っているのだろう。巨大なツタが私たちに襲いかかってきた。

 その炎を、シルヴァンが焼き尽くす。


「植物に対して、俺の魔法は相性が良すぎるんだよ。ごめんね、フローラ教授」

「……生意気」

「ベアトリーチェ、行って!!」


 シルヴァンが私に叫ぶ。私はシルヴァンに植物を任せて、フローラ教授の側まで走った。それから、彼女を思い切り押し倒し、両手で頬を包む。


「なにを、して……物理攻撃じゃ、私は殺せないわよ?」

「はい。だから……あなたの大好きな光魔法を、見せてあげますね」

「あははっ、どうやって? 私はどこも怪我なんてしてないのに!!」


 フローラ教授は余裕たっぷりに笑う。その笑顔は狂気じみていた。


「フローラ教授……あなたって、かわいそうね」

「……は?」


 私は憐れみの感情を抱きながら、涙を流す。雫が、フローラ教授の頬へ滴り落ちた。


「まさか……」

「私の光魔法はね、治癒だけじゃないんです。……浄化だってできるんですよ。文献にそう、書いてありました」

「やだ、やめてよ、わたしはまだ」

「……闇魔法を習得するには、たくさんの人の命を奪う必要があるんですよね。これも、文献に書いてありました。たくさんの命を生贄に闇魔法を手に入れて、楽しかったですか?」

「ごめんなさい、私が悪かったから、だから、離して、」


 必死に懇願するフローラ教授を、私は精一杯睨みつけながら……犠牲になった人々に、祈った。


「私の光魔法の発動条件は……祈りのこもった涙が対象に触れること! 光よ、闇を払いなさい!!」

「ひ、い、ぎゃぁぁぁっっ!!!!」


 フローラ教授の断末魔と共に、彼女の身体から黒いもやが排出されていく。

 そして闇が払われた後、彼女の身体が……灰のように崩れ始めた。


「……フローラ教授……」

「…………おかあさん、ごめんなさい……」

「え?」


 フローラ教授は最期にそれだけ呟くと、完全な灰になって、サラサラと消えてしまった。

 私はただ、呆然とその灰が消えていくのを眺めていた。


 ***


「どうして君たちはこう勝手なことをしちゃうかな」

「……すみません、まさかフローラ教授が黒幕だとは思っていなくて……」


 フローラ教授と対峙した直後、私とシルヴァンは薬学研究室のニコラス教授に事の顛末を説明しに行った。


 ニコラス教授はクリップで前髪を留めながら、「起きてしまったことは仕方がないけれど……」とため息を吐く。


「まぁ、フローラ教授についての対応は……僕がするよ。なんかうまい具合に誤魔化しておく。実家に帰ったとかで」

「そんなことできるんですか?」

「できるんじゃなくて、するんだよ。なんのためのアルフォード公爵家だと思ってるの」

「レグナール公爵家はそんな暗いことしませんよ……」


 ニコラス教授の言葉に、シルヴァンが苦笑いをしながら反論した。


「アルフォード公爵家はするの。まぁ、植物研究室についても……僕が適当に言い訳しておくから、安心して。多分僕がポーション作りに失敗して植物をダメにしちゃった~とか言ったら、皆信じるから」

「……すみません、ニコラス教授には何から何までご迷惑を……」

「まぁ、君が光属性の適性があると判明した時点で、国から君を守るよう命じられているからね。ちゃんとそれに見合った報酬も貰ってるから気にしないで。なによりアイレスさんは……僕の研究室唯一の生徒なんだから」


 そう言って、ニコラス教授は切れ長の瞳を優しく細めた。


「……私、薬学研究室を選んで、本当に良かったです」


 私は本心からそう告げて、満面の笑みで彼と握手をしたのだった。

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