普通の少女
魔闘祭の翌日の放課後。私たちは、薬学研究室に来ていた。
目的はもちろん、ニコラス教授に会いに行くためだ。
「なるほど……確かに、それはあり得るかもね。それにしたって、レグナール君は内緒にするって約束したのに、全部喋っちゃうんだもんな~……」
「も、申し訳ありません……」
「私からも、謝ります。シルヴァンから無理に聞き出すようなことをして申し訳ありませんでした」
二人揃って、ぴしりと頭を下げる。
ニコラス教授は困ったように頭をポリポリと掻いてから「なんとなくこうなる気はしていたから、怒らないよ、大丈夫」と言って、前髪をクリップで留めた。
「それでその、もう一つお願いがあるのですが……」
「ん?」
「ニコラス教授は、光魔法についてどこで知ったのか……教えていただけないでしょうか」
私がそう告げると、ニコラス教授はスッと目を細めてから、「う~ん……」と低い声で唸った。
「……そのためには、僕の出自を話さなくちゃいけないんだけど……秘密に出来る?」
「はい」
「もちろんです」
「レグナール君は説得力ないよ~」
「うっ……」
確かに、と私も思ったけれど……それより今は、目的を果たすのが先だ。
「シルヴァンが口を滑らせそうになったら私が叩きます。なので、教えていただけないでしょうか」
「……仕方ないなぁ、アイレスさんは僕の唯一のかわいい生徒だからね。わかった、全部話すよ」
そう言って、ニコラス教授は困ったように笑った。
「僕の家名は、アルフォードっていうんだ。アイレス侯爵令嬢とレグナール公爵子息の君たちなら、流石に知っているよね」
「は、はい、もちろん……! その、ニコラス教授は、もしかして……次期アルフォード公爵閣下なのですか?」
アルフォード公爵家といえば、レグナール公爵家と並ぶ三大公爵家の一つ、風を司る大貴族だ。
私が戦々恐々としていると、ニコラス教授は、ゆっくりと首を横に振った。
「いや、僕は次男だから違うよ。でも、この魔法学園を卒業後、学園に教授として勤務することが決まった時……王家から呼び出しがかかって、光属性の魔法使いがいることを知らされた。まぁ、まさか実際に光属性の魔法使いをお目にかかれるなんて、思ってなかったけどね」
「文献などは、残っていないのでしょうか」
私がそう尋ねると、ニコラス教授はゆっくり瞬きをしてから、「あるよ」と返事をした。
「でも、王家に保管されているものしか僕は知らないな」
「そうですか……」
「……アイレス侯爵家の書庫には、もしかしたらあるんじゃないか?」
「え?」
落胆している私に、シルヴァンが小声で呟いた。ニコラス教授は不思議そうに「どういうこと?」と反応する。
……確かに、時を巻き戻すことができる魔術を秘匿している家だもの、可能性はある。
そもそも、なぜ私だけがその術を成功させることができたのか疑問に思っていたけれど……それも、実は光魔法の一種だとしたら?
「……ニコラス教授は、私が学園生活を繰り返していると言ったら、信じますか?」
「信じがたい話ではあるけど、なにせ光魔法の使い手だからね。別に驚かないよ」
「私の家に、時を戻す魔術が記された書物があったんです。今までそれを成功させた人はいなかったそうなのですが、私はなぜか成功させることができて……その時も、確かシルヴァンを治療した時のように、真っ白な光に包まれた記憶があって……」
私が記憶を辿りながら話をすると、ニコラス教授は興味深そうに指を顎に当てた。
「なるほど、光属性の魔法は治癒だけじゃなくて、時間にも干渉することができるかもしれないのか……。そうだとしたら、確かに君の家に文献が残っているかもしれないね」
「……はい」
「ただ……そうだとしたら、なぜアイレスさんは時を巻き戻す必要があったのか、聞いてもいい?」
「…………三年の卒業パーティーで、シルヴァンが何者かに殺されたんです。けれど、犯人も原因がわからなくて……私はシルヴァンの死を受け入れることができなくて、禁術と呼ばれる巻き戻しに手を出しました」
「……殺された?」
ニコラス教授が、心底驚いたように切れ長の瞳を丸くさせた。
「そうです。だから私は、その運命を変えたくて……でも、変なんです。魔獣事件も魔闘祭も、一周目の学園生活では起こらなかった出来事でした」
「……魔獣事件については、魔獣研究室のユリウス教授の記憶を消す前に少し聞き取りをしたんだけど……彼自身も、なぜ竜を呼んでしまったのかわからなかったそうなんだ。まるで、誰かに操られたようだと言っていた」
「え!?」
操られた? そんな魔法は聞いたことがない。
けれど、ここで一つの仮説が浮かび上がる。私のように光属性の魔法の使いがいるのならその『逆』もいるのではないか。
私が人を助けることができるように、人を洗脳したり、命を奪ったり……そういったことができる人間が、いるのではないか。
けれど、そんな文献はアイレス侯爵家の書庫では見たことがない。
「……ニコラス教授、お願いがあります」
「……なに?」
「私を、王家の書庫に……連れて行ってください」
***
無謀かと思われた私の願いは、簡単に叶えられた。理由は、私が光属性の適性を持っていることが王家に報告されていたから。
ただ、流石にシルヴァンは連れていけないとのことで、特別課外授業という名目で、私とニコラス教授の二人で王家が管理する書庫に招かれた。
そして私は今、その重厚な扉の前に立っている。
「くれぐれも、本を持ち出すことや害することはなさらないようにしてください」
「はい、わかっています」
王家の書庫を管理している司書はそう告げながら、ゆっくりと扉を開く。
「……すごい…………」
アイレス侯爵家とは比べものにならない貯蔵数。まるで本の王国と表現したくなるような、圧巻の光景だった。
「光属性について記された文献はどこにあるのですか?」
圧倒されている私とは対照的に、ニコラス教授は冷静に司書に問いかけた。
司書は「こちらにございます」と、書庫のとある本棚の前まで歩く。そして、なにか呪文を唱えたかと思ったら、その本棚がゆっくりと移動した。その本棚の下にあったのは……。
「……どうして、こんなところに階段が?」
地下へと続く、真っ暗な階段だった。
「光属性についての文献は、国家機密に指定されている重要なものです。ですから、こうして一部の者しか貯蔵場所を教えられておりません。聖女様も、このことは口外しませんように」
「せ、聖女って、私のことですか……?」
「他に誰がいらっしゃるのです。では、行きましょう」
司書は何の迷いもなく、地下へ続く階段を降りていく。私もそれに慌てて着いていくが、真っ暗で少しじめじめしている空気がなんだか慣れない。
長い階段を、どれくらい降りた頃だろうか。ぼんやりと炎で照らされているのであろう、光に照らされた部屋が見えた。
部屋に降り立つと、そこにはガラスケースで保管されている本が――二冊、あった。
「やっぱり……」
「聖女様は、ご存知だったのですか?」
「いいえ、ですが、私という存在がいるのなら……その『逆』もいると、考えていただけです」
そう、ガラスケースに保管されている本の一冊は、真っ白な装丁の本と、真っ黒な装丁の本だった。
私はガラスケースを開け、震える手でまずは白い装丁の本を手に取る。中に書いてあったことは、おおよそ聖女伝説と変わらない内容だった。
教科書というよりは、物語に近い内容だ。
そして、もう一冊の真っ黒な本を、おそるおそる手に取って、ページを捲る。
そこに書いてあった内容は――予想していた通り、『闇魔法』についてだった。
「この、魔法は……」
***
「本日は、ありがとうございました」
「いえ、他でもない聖女様の頼みですから」
書庫を出た私たちは、司書に礼を告げる。相変わらず私を聖女と呼ぶ司書に私は少しだけ肩をすくめながら、けれども堂々と宣言した。
「私は聖女ではありませんわ。ただ光魔法が使えるだけの……ベアトリーチェ・アイレスという普通の少女です」




