告白
そんなわけで、一周目にはなかった行事『魔闘祭』の日はあっという間にやってきた。
参加するだけで成績に加点してもらえるからか、エントリー数は意外に多く……およそ全校生徒の半数の生徒が参加するようだった。
午前は予選が行われ、午後には本選トーナメント。そして夜には、労いを込めた豪華なパーティーが開かれるそうだ。
正直言って皆が楽しみにしているのは、夜のパーティーだと思うけれど……フローラ教授がやけに張り切っているので、野暮なことは言わないようにすることにした。
私はマリベルと共に応援席の最前列に座り、決闘に向けて準備する生徒たちを眺めていた。すると、そこによく見慣れた婚約者の姿をみつけて手をひらひらと振る。
シルヴァンも私に気付いたらしい、笑顔で私のもとまで駆け寄ってきて、「ベアトリーチェ!」と私の手を取った。
「シルヴァン、怪我はしないでね」
「当たり前だよ。それよりも……頑張れって言ってほしい。ベアトリーチェに応援してもらえれば、それで百人力だから」
「もう、シルヴァンったら……。絶対勝って、優勝してきてね。がんばって!」
「もちろん! ……今日のパーティーのドレスも、楽しみにしてる」
そう言って、シルヴァンが私の手の甲にキスをする。周囲から、「ヒュー!」と冷やかすような歓声があがった。
私はそれがなんだか無性に悔しくて、去ろうとするシルヴァンの手を強引に引っ張ってから、その手の甲にちゅっと口付けをした。
「わっ、え、ベアトリーチェ!?」
「……お返し! 私だって、楽しみにしてるのよ!」
シルヴァンは耳まで真っ赤にしてから、本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。それから「うん!」と大きく手を振りながら控え席へ戻っていった。
***
結果から言おう。
魔闘祭は、シルヴァンの圧勝で終わった。というより、最早対戦相手の生徒が気の毒になるような……そんなスピーディーな試合展開だった。
三年生の先輩まで一瞬で倒しちゃうんだもの。流石、三大貴族レグナール公爵家の嫡男なだけあるわ。
それにしても、決勝戦もこんなにあっさり終わるとは思っていなかった。もしかしたら、この間の魔獣乱入事件みたいなことが起こるかもしれないと思ったのだけれど……無駄な心配だったみたいね。
そんなことを考えていると、表彰式で優勝賞品らしき何かを受け取ったシルヴァンが、応援席の私のもとまでゆっくりと歩いてきた。
「シルヴァン、どうしたの?」
「……ベアトリーチェ、頭を下げて」
「えっと……こうかしら」
「うん。そのまま動かないで……よし、できた。顔をあげて?」
シルヴァンの言われた通りに、ゆっくりと顔をあげる。
すると、隣に座っていたマリベルが頬を染めながら、「キャー!」と小声で悶えはじめた。私は意味も分からず、頭に手を添える。
するとそこには、ティアラと思しき装飾が乗せられていた。
「……そのティアラ、優勝賞品で貰ったんだ。良ければ、今日のパーティーでつけていてほしい。そして……俺とファーストダンスを、踊ってくれませんか」
「……えぇ、もちろん。もしかして、このために参加したの?」
「そうだよ。……ベアトリーチェは俺の婚約者で大切な人だってことを、皆に知ってほしかったから」
そう話すシルヴァンの笑顔は、出会った時よりもとても大人びて見えた。
シルヴァンは、確かにシルヴァンだけれど……それでも、一周目のシルヴァン・レグナールとは大きく違う。
今のシルヴァンは、前より無邪気な笑顔で笑うし、私を余裕たっぷりに甘やかしたりなんかしない。むしろ、余裕がないように拗ねた表情を見かけることの方が多い。一周目のシルヴァンなら、絶対に見せなかった顔。
でも、それはきっと、私が変わったからだ。
私が前よりも落ち着いて、シルヴァンがいなくても自分で行動できるようになって、友達ができたから。
だからシルヴァンは、私の面倒を見る必要がなくなって……私の保護者としてじゃなく、対等な婚約者として『素のシルヴァン・レグナール』を見せてくれるようになったのだわ。
「……ねぇ、シルヴァン」
「なに?」
皆の視線が、私に集中する。けれど、私は構わず言葉を続けた。
私だって、『シルヴァン・レグナールはベアトリーチェ・アイレスのもの』だということを、皆に知らしめたくなってしまったから。
「私、あなたのことが大好きよ」
***
パーティー会場のダンスホール。
その中心に、私とシルヴァンは立っていた。
ゆっくりと、オーケストラの演奏が始まる。それに合わせて私たちもホールドを組み、くるくると自由にホールの上で回転する。
ステップを踏む度、シルヴァンの瞳を意識した緑色のドレスがひらひらと蝶のように舞って、とても気分が良い。
「ベアトリーチェ、今日は随分機嫌がいいね」
「当たり前よ! あなたが私の婚約者だって、やっと堂々と宣言できたんだもの!」
「じゃあ、今日は足を踏まれずにすみそうかな」
「ちょっと、去年の学園祭のこと……まだ根に持っているの?」
「ごめんごめん、冗談だよ」
軽口を叩き合いながら踊っていると、あっという間に演奏が終わってしまった。私とシルヴァンは観客の生徒たちに礼をする。
それからその場を離れようとしたとき、シルヴァンに「待って」と呼び止められた。
「? まだ、なにかあるの?」
私の問いかけに、シルヴァンは答えない。代わりに、以前一度見たことがある小箱をポケットから取り出して、私の前で跪いた。
シルヴァンが私の方に向けて、小箱をパカッと開ける。
周りの生徒たちが、ざわざわと騒ぎ出した。
シルヴァンの真剣な眼差しが、私の瞳を再度射抜く。
「……ベアトリーチェ・アイレス嬢。俺は……いえ、私はあなたを愛しています。だからどうか、学園を卒業したら……私と結婚してくれませんか」
「シルヴァン……!?」
シャンデリアの光に反射して、指輪を飾るダイヤモンドがキラリと煌めいた。
「……お返事が遅くなってしまって、ごめんなさい。私も、シルヴァン・レグナールを……いいえ、あなたを愛しています。結婚しましょう、シルヴァン」
「ベアトリーチェ……! 嬉しいよ、ありがとう」
ギャラリーが大きく沸いた。シルヴァンが私の薬指に指輪を通す。一周目の人生では、決して見られなかった光景だ。
私は気分が良くなって、シルヴァンの手を引きながらホールの出口まで駆けた。誰かとすれ違う度、「おめでとうございます!」「どうかお幸せに!」なんて祝福の声が飛んでくる。
私はそのすべてに「ありがとうございます」と返しながら、シルヴァンと一緒にホールを出て、中庭に来た。
「……べ、ベアトリーチェ、どうしたの? まだパーティーの途中だし、すごく……目立っていたけど」
「…………納得が、いっていないんじゃないかと思ったの」
「え?」
「シルヴァンが最初にこの指輪を私に差し出してくれた時、言っていたでしょう? 『ベアトリーチェは、俺を通して俺じゃない「誰か」を見てるんじゃないか』って……」
「……」
私の言葉に、シルヴァンが押し黙る。どうやら図星だったらしい。
「今日は……シルヴァンが優勝したら、その真相を話そうと思っていたの。私も、覚悟を決めようと思って。……聞いてくれるかしら」
「……うん、聞くよ。全部受け入れる覚悟は、もうできているから」
「ありがとう」
ゆっくり歩いて、中庭のベンチに二人で並んで腰かける。私はなにから話そうかと悩んでいると、シルヴァンが私の手をそっと握ってくれた。
私は深呼吸をしてから、シルヴァンの瞳を見つめて、ハッキリと言い放った。
「シルヴァン、あなたはね……三年生の卒業パーティーで、死んでしまったの」




