生きていればいい
「ベアトリーチェさん……レグナールさんと喧嘩でもしました?」
放課後、「話があるから」とマリベルの部屋に連れ込まれた直後。マリベルが言いづらそうに私に問いかけてきた。
「喧嘩……ではないけれど。私たち、そんなにわかりやすい?」
「はい、かなり。お二人の不仲説はもう学園中に知れ渡ってますよ。そろそろベアトリーチェさんも上級生から告白とかされるんじゃ……」
「……あぁ、だから……」
「えっもうされてるんですか!?」
あの日から二週間が経ったけれど、シルヴァンとは一言も話していない。しかも、なんだか薬学研究室にも行きづらくなってしまって……。
「……明日は確か、隣の席の生徒とペアを組んで魔法の演習……しかも魔獣討伐の実技じゃなかったですっけ」
「まぁ、そうね……」
「大丈夫なんですか?」
「全然。でも、シルヴァンは悪くないのよ。悪いのは私だから……」
私が自嘲すると、マリベルは悲しそうに眉をへにゃりと下げる。
「……何があっても、私はベアトリーチェさんの味方ですよ」
「……ありがとう、マリベル」
***
「……シルヴァン、今日はよろしくね」
「うん、よろしく」
翌日。久しぶりに会話を交わしたけれど、お互いに愛想笑いなのが丸わかりだ。
でも大丈夫、とりあえずこの授業を乗り切れば……。演技は十分慣れたはず、そうでしょう? ベアトリーチェ。
「それじゃあ、次はアイレスとレグナールか。期待しているぞ」
「はい」
魔獣研究室担当のユリウス教授の合図に合わせて、魔獣が召喚される。
この授業で召喚される魔獣は、あくまで低級の小さな魔獣だ。主に畑や森を荒らしている小さな害獣を捕まえておき、演習で使用される。
だから、今回も召喚されるのは精々角ウサギくらいだろう。
……そう、思っていた。
――――グォォォォォォ!!!
「キャー!!」
「……嘘でしょ!?」
「早く逃げないと……!」
口々に生徒が叫びだす。
私たちの目の前に現れた魔獣は……低級なんてとんでもない、真っ黒な鱗を持った巨大な竜だった。
どうして? こんなこと、一週目では一度も起こらなかったのに。一体何が起こっているの……?
「アイレス、レグナール、下がれ!」
「ユリウス教授っ……!」
教授の声でハッとして、慌ててその場から離れようとする。
しかしその瞬間――私は足が縺れて、その場で倒れるように転んでしまった。
「い……たた……」
「ベアトリーチェ! 危ない!!」
共に逃げているはずのシルヴァンの声が上から振ってきた。私はなんとか立ち上がるも、竜はすぐ目の前まで迫ってきていた。
大きな口が、ガバッと開く。私はその瞬間に悟った。
あぁ、私、ここで死ぬんだわ。
――ドンッ!と、強い力で突き飛ばされる。
「キャッ……!?」
私は思わず倒れ込んだが、おかげで竜の攻撃を躱すことができた。
シルヴァンが、私を助けてくれたのだ。それからすぐに彼は呪文を唱えて、巨大な魔法を展開させた。シルヴァンが、一番得意な上級魔法だ。
その大きな炎は竜を焼き尽くし、魔獣である竜は苦しそうに呻きながらサラサラと塵になって崩れていった。
「シルヴァン! ごめんなさい、ありが……」
「……ベアトリーチェ、ごめん……」
私がシルヴァンに駆け寄った途端、シルヴァンは私に体重を預けて目をゆっくりと閉じた。
シルヴァンの肩を支えている右手が、ぬる、と滑る。
ツン、と鉄の生臭い匂いが鼻を刺激した。
私は震える右手をシルヴァンから離して、ゆっくりと眼前にかざす。
私の手は、真っ赤に染まっていた。
「……シルヴァン……?」
私の問いかけに、シルヴァンは答えない。
あの時だ。私を突き飛ばしたあの時、代わりにシルヴァンが竜の攻撃を受けたんだわ。
「……私、あなたを守るためにやり直したのに、一体、どうしてこんなことに……」
周囲の喧騒など、なにも耳に入ってこなかった。ユリウス教授が「今すぐ医療班を!」と叫んでいる声だけは、かろうじて聴きとることができたが……私には、わかっていた。
シルヴァンはもう、助からない。一度シルヴァンの死を体験したからこその最悪な確信だった。
冷たくなっていく身体、開かない瞼、頼りなくなっていく脈。そのすべてが、私を苦しめる。
どうしてこうなってしまったの。いや、どうしてじゃない、私のせいだ。
私が、シルヴァン・レグナールを殺したんだ。
「おねがい、シルヴァン、目を覚まして……?」
私が必死に声を絞り出しても、シルヴァンはぴくりとも動かない。
「ごめんなさい、シルヴァン。守れなくて、ごめんなさい……」
私は本当に大馬鹿者だ。
どうしてあんなことで悩んで、シルヴァンを傷つけてしまったのだろう。
確かに私は一周目のシルヴァンを愛していたし、今のシルヴァンにその面影を重ねていた。
けれど……二周目の、今のシルヴァンのことだって、私はこんなに大切に思っていたんじゃない。
例えこの気持ちが恋じゃなくても、一周目のような甘酸っぱい恋愛じゃなくても……今の彼が大切なことには、変わりなかったのに。
「……シルヴァン、私……あなたのことが、とても大切なの……。だから、生きて、もう一度名前を呼んで……」
私の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。私は、シルヴァンの傷に涙が落ちることも、自分の衣服に血が付くことも厭わず彼を抱き締めて、ただ祈った。
その瞬間だった。
――パァ!っとシルヴァンが光の膜で覆われたのだ。
そして光が消えると、シルヴァンの傷は……完全に塞がっていた。
「……ベアトリーチェ……?」
「うそ……シルヴァン、シルヴァン!? 生きているのね、良かった、私あなたをまた失ってしまったら……!」
「……泣かないで、ベアトリーチェ……。助けてくれて、ありがとう」
「わ、私の方こそ、庇ってくれて……ありがとう、シルヴァン、ありがとう……!!」
何が起こったのかはわからない。けれど、シルヴァンは生きている。
今は、それだけで十分だった。




