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「ベアトリーチェ、最近毎日あの研究室にいってるよね」
「えぇ、ちょっと目的があって……それがどうかした?」
ある日の休日。私はシルヴァンに誘われて、久しぶりにレグナール公爵家でお茶を飲んでいた。
私の問いかけに対してシルヴァンは、少しだけ拗ねたような表情でカップをソーサーに置いた。
「……薬学研究室って、生徒はベアトリーチェだけなんでしょ? しかも、教授は結構若い男の人で……」
「そうだけれど……なぁに、それじゃニコラス教授に嫉妬してるみたいじゃない」
私が冗談めかしてそう返すと、シルヴァンはいつになく真剣な眼差しで私を見つめてから、小さく口を動かす。
「……そうだと、言ったら?」
「……え?」
「してるよ、嫉妬。するに決まってるじゃん。大事な婚約者が、若い男と二人で毎日楽しそうにしてて……」
「ちょ、ちょっと待ってシルヴァン! それじゃあなた、まるで……」
私のことが好きみたいだわ。
そう言おうとした瞬間、シルヴァンがポケットから小箱を取り出した。
「……これ、受け取ってくれる?」
シルヴァンがそう言って、小箱をゆっくりと開ける。
中には、眩いばかりに輝くダイヤモンドの指輪が入っていた。
「素敵……これを私に?」
「ベアトリーチェ以外に、受け取ってほしい人はいないよ」
「嬉しいわ、すごく……指輪は貰ったことがなかったから」
私がそう呟くと、シルヴァンの眉がぴくりと動いた。
「まるで指輪以外ならもらったことがあるみたいな口ぶりだね」
「……あ……」
「前々から違和感があったんだ。ベアトリーチェは、俺を通して俺じゃない『誰か』を見てるんじゃないかって」
「…………そんな、ことは……」
「でもベアトリーチェは俺のことを『愛してる』って想ってくれていて、『結婚したい』とも言ってくれて……もう、俺にはわからないよ。ベアトリーチェ、君は誰を見てるの? ベアトリーチェが好きなのは、シルヴァン・レグナールじゃなかった……?」
シルヴァンの顔が、苦しそうに歪む。
「私は……シルヴァン・レグナールを、愛しているの。それは、本当、だけど……」
前々から、自分でも思っていたことがあった。でも、敢えて気付かないフリをしていた。
私が好きなシルヴァンは一周目のシルヴァンで、今のシルヴァンじゃないんじゃないかってこと。心のどこかで、ずっと一周目のシルヴァンを追い続けているのではないかということ。
でも、それを考えたら、今私がやっていることも、シルヴァンの気持ちも全部台無しにしてしまう気がして、目を逸らしていた。
けれどシルヴァン。あなたは、私に向き合えというのね。
「……ごめん、動揺させちゃったよね。指輪は俺が持っておくから、考えてくれると嬉しい。今日はもう解散しようか。馬車の用意をするから、待っていて」
黙り込んでしまった私に気を遣ったのか、シルヴァン自身が耐えられなくなったのか……。どちらかはわからないが、シルヴァンが静かに部屋を退出した。
私はというと、口の中がカラカラに乾いてしまって、けれどこみ上げる吐き気で紅茶を飲む気にもなれない。激しい動悸で、息が苦しい。
誰か助けてといいたいのに、全部自業自得で、こんなの誰にも相談できない。
けれど、間違いなく私は、シルヴァン・レグナールが死ぬ未来を変えるために時を巻き戻したわけで……そのせいで、私は結果的にシルヴァンを傷つけてしまっている。
一番守りたかったはずの人を、私が、この手で傷つけているのだ。
「わたし、ほんとうに、最低……」
掠れた声でそんな呟きをしたけれど、この呟きに賛同する声も、批判する声も聞こえてこなかった。
ただ、私の胸だけが、じくじくと膿むようにいたんで終わった。




