聖女伝説
時は巡り、私とシルヴァンはお互い曖昧な気持ちを抱えた微妙な関係のまま……気付けば二年生になった。
クラスは三年間変わらないし席替えもないから、私は今年も、シルヴァンの隣の席。
正直言って、私は焦っていた。
もう学園生活の三分の一が過ぎてしまったというのに、未だにシルヴァンを殺した犯人もその動機も、何も検討がついていないのだ。
一年生の頃は、とにかくシルヴァンに敵を作らないように行動してきた。
そうしたら、一週目とは全く違うほどにクラスメイトは仲良くなったし、シルヴァンも楽しそうに笑っていた。
しかし、だからといってシルヴァンが殺されない保証なんてどこにもない。それに、二年生からは……研究室に所属することになる。
一周目の私は、水魔法の家系だからという理由で当然のように「水魔法研究室」に入ったけれど……今思うと、私の水魔法適性は絶望的なのだから、もっと違う研究室に入ればよかったわ。
教師が研究室の説明をするのを聞きながら、私はそんなことを考えていた。
「ねぇ、ベアトリーチェはどこに入る?」
「まだ迷っているの。シルヴァンは、炎魔法研究室よね」
「まぁ、流石にね」
シルヴァンが眉を下げて笑う。炎を司る大貴族の嫡男として生まれた彼にとって、これは選択なのではなく決定事項だ。
「そういうベアトリーチェは、水魔法の道には進まないんだね」
「私には、あんまり適性がないから……。それよりも今は、将来のためにできることをしたいの。私には、時間が無いから」
私がそうきっぱりと言い切ると、シルヴァンがなんともいえない表情になる。
「あのさ、ベアトリーチェ……」
「ほぅらそこ、静かになりなさい。昨年度までの担任はレイモンド教授だから優しかったでしょうけど……私は厳しいからね! おしゃべりしているようなら、二人とも植物研究室にいれちゃうわよ」
シルヴァンの言葉を遮って、教師……担任のフローラ教授がぴしゃりと私たちを叱った。
フローラ先生は、植物研究室……通称ガーデニング部と呼ばれる研究室の教授で、学園の中では最年少の教授だ。昨年も、フローラ教授には随分とお世話になった。
「失礼いたしました」
シルヴァンが静かに礼をすると、フローラ教授は「よろしい!」と明るく笑った。
そして結局シルヴァンが何を言いたかったのかわからないまま、私たちは研究室の希望調査票を提出したのだった。
***
「……ここね」
それから一週間後。初めての研究室の授業が始まる日になって、私は少し緊張しながらもその研究室の前に立っていた。
この研究室を選択したのは、どうやら私一人みたい。
まぁ、そもそも学年の人数が少ない上に、この研究室は人気がないのよね。だって、どこからどう見ても怪しいんだもの。
――コンコン。
「本日よりお世話になります、ベアトリーチェ・アイレスです」
「どうぞ~」
「失礼いたします……うっ……」
研究室に入るや否や、私を迎えてくれたのは……強烈な薬品の匂いだった。
「ようこそ、怪しすぎて人気度ワーストナンバーワンの我が研究室、薬学研究室へ~。今年も生徒誰も来ないと思っていたからね、君を全力で歓迎するよ~」
「あ、ありがとうございます……。ところで、この臭いは一体……?」
「これ? これはね~、上級ポーションを作ろうとして、失敗したところだよ~」
……そう、私が選んだのは薬学研究室だった。
シルヴァンが血を吐いて倒れた日。
死因は毒殺ではなく心臓発作だと断定されたそうだけれど、果たしてまだ十八歳の若者が、ドリンクを飲んだ途端血を吐いて倒れる病気なんて……あるのかしら?
毒は検出されなかったといっても、もしかしたら検出されないような毒を使ったのかもしれない。
そう思って、私はこの研究室の穏やかな男性教授……ニコラスを見張ることに決めたのだ。
それに、もしニコラスが犯人じゃなかったとしても、薬品に詳しくなればシルヴァンを救うことができるかもしれない。
それこそ、上級ポーションのような……。
「……なんか、難しい顔してるね?」
「あぁ、検死しても毒殺だとバレないように相手に飲ませられる毒があるのかなと気になって」
「え、えぇ?」
考え事をしている最中に不意に話しかけられたものだから、思っていたことがそのまま口に出てしまった。ニコラス教授は驚いて目を見開いている。
それはそうよね、これじゃ私の方がよっぽど容疑者に相応しいもの。
「……そ、そういう展開を大衆小説で読んで! つい、現実にもあるのかなと気になったのです」
「なぁんだ、そういうことか~。僕はやっと来てくれたかわいい生徒が危険人物なのかと思って、ちょっと身構えちゃったよ」
「は、はは……」
「うーん、でも、そうだなぁ……毒薬っていう意味なら、飲ませること自体は簡単だと思うけれど……毒が検出されないような薬は知らないなぁ~」
「……そうですか」
早速、手詰まり状態になってしまった。
いや、でも、ニコラス教授が嘘を吐いている可能性もあるし、単純に知らないだけの可能性もある。
私は私に、できることをしないと。
「……ニコラス教授、私、今日から放課後は毎日ここで勉強させていただいても良いですか? 寮の門限までには退出しますので」
私がそう告げると、教授は一瞬固まったかと思うと、長い前髪がびしゃびしゃになるくらいぶわっと涙を溢れさせた。
「きょ、教授……!?」
「こ、こんなに熱心な生徒が入ってくれるなんて、僕とっても嬉しいよ~! もちろん、僕は毎日ここで研究してるから、アイレスさんも好きに使ってね~」
「ありがとうございます!」
ニコラス教授は、私が思っているよりもよほど良い人なのかもしれない。知らないうちに他人を疑うようになってしまった自分が恥ずかしい。
以前の私はこんな風じゃなかったのに、変わっちゃったな。
けれど、とにかくこれで、少しでもシルヴァンの死を回避する方法が見つかるかもしれない。
そうと決まれば、一生懸命頑張ろう。
***
それからというものの、私は本当に宣言通り、毎日薬学研究室に顔を出すようになった。
「アイレスさんはポーションを作るのが上手だね~」
「本当ですか? 手順通りに作っているだけですが……」
「薬品作りにも、当然魔力を使うでしょ? その相性が悪いと、上手く作れなくて劇薬が生まれちゃったりするんだよ、僕みたいにね~」
「……なら、私は相性がいいんでしょうか?」
「そうだと思うよ~。それに光属性の魔法使いなら、今にも死にそうな重症患者や不治の病で倒れた人間も、治すことができると聞いたことがあるし……」
聞き捨てならない言葉が聞こえて、私は思わずニコラス教授の方へ向き直る。
「光属性の魔法使い? そんな人、いるんですか?」
「……あっ、もしかして知らなかった? う~ん、ごめん、今のは忘れて、」
「教えてください!!!」
私はニコラス教授の机をバン!と叩いて、必死に懇願する。そんな私の迫力に負けたのか、ニコラス教授はしばらくの間「う~ん……と悩んだ素振りをした後、「仕方ないな~」と笑った。
「そこまで言うのなら教えてしんぜよう~! まず、魔法使いの属性はなにがあるか言ってみて~?」
「えっと……炎・水・風・土・音の五つです」
「うんうん、基本はそうだね~。でもね、ここにもう一つ、本当は属性が存在しているんだ」
「……それが、光属性ということですか」
「だいせいかい~! でもこれは、一部の上流貴族にしか知らされていないことだから、絶対に他の人にはいっちゃだめだよ~」
そう言って、ニコラス教授は人差し指を唇に当てる。
「……どうして、光属性は秘匿されているんですか?」
「う~ん……そもそも、光属性を持って生まれてくる魔法使いは本当に少ないんだ。それこそ、百年に一人って言われてて……」
「……もしかして、それが『聖女伝説』ですか?」
……『聖女伝説』とは、この国の言い伝えの一つだ。
昔、不治の病に罹ってしまった王がいた。国民が悲しみ、臣下があらゆる手段を模索して万策尽きたと思われたころ、一人の少女が「私なら治すことができます」と現れたのだ。
王族は藁にも縋る想いでその少女を王の側まで招くと、少女は聞いたこともない不思議な呪文を唱えた。その瞬間部屋は真っ白な光に包まれたかと思うと、伏せっていた王が立ち上がったのである。
そして、その少女は国を救った『聖女』として崇められ、教会には彼女をモデルにしたとされる像が建てられている。
この国の魔法使いなら誰もが知っている伝説だ。
「……作り話だと思っていました。まさか、本当にそんな魔法を使える人がいたなんて……」
「まぁ、その聖女以降で光属性を持って生まれた魔法使いはこの数百年で数えられるほどしかいなかったし、出生時に行う属性診断で判明した瞬間に国で保護されてしまうから……所謂国家機密ってやつだね~」
「そうなんですね……」
なんだか、すごい話を聞いてしまった。
もし、この時代に……いえ、この学園に光属性の魔法使いがいたら、一周目のシルヴァンは助かったのかしら。
……そんなことを考えても、無意味だと思っているけれど。




