約束
パーティーが始まった。
この日のために用意したドレスは、一周目と同じくシルヴァンの瞳を意識した緑のドレス……ではなく、自らの瞳に合わせた青いドレスだった。
なんとなく、気が引けてしまったのだ。一周目は恋人だったから、当たり前のように緑色の生地を選んだけれど……今は、恋人ではないから。
それでも、入場の際にシルヴァンと顔を合わせるのはとても緊張した。
私のドレスを見たシルヴァンは、「……青、なんだ」とぽつりと呟いて……それから「夜空みたいで綺麗だよ」と褒めてくれたから、これでよかったのよ、きっと。
「わぁ! ベアトリーチェさん、すごく美しいですわ!」
「あら、マリベルこそとっても似合っているわ。淡いピンクが可愛らしくて素敵ね」
「えへへ、ベアトリーチェさんみたいな綺麗な人に褒められると、なんだか照れちゃいますね」
そう言って頬をぽっと染めるマリベルは、本当に可愛らしい。ピュアで、清らかな心に無邪気な笑顔。
どれも、今の私が失ってしまったもので、なんだか眩しくなった。
「そういえばマリベル、あなたは誰と踊るの?」
「それがその……私、パートナーがいなくて……というか、いなくなっちゃいまして」
「それってもしかして……」
「……はい、オルコットさんとパートナーのはずだったのですが、彼、倒れてしまったので」
意外な組み合わせに、思わず目を見開いてしまった。
けれど思い返してみれば、この学園祭を通してエディとマリベルは皆を主導する係として接する機会も多かったでしょうし、きっと私の知らないところで仲良くなっていたのでしょうね。
「それは……残念だったわね。男子寮だからお見舞いにもいけないでしょうし……」
「そうなんですよねぇ。まぁ、全然恋人とかそういうのではないんですけど、ダンスが踊れないのは残念です。とはいえまだ一年ですし、来年もあるので! 今年の私はご馳走を楽しむこととします」
マリベルはそう言ってにっこり笑う。来年こそは、マリベルのダンスが観られるといい、そう思った。
ゆっくりと、オーケストラの演奏が始まる。シルヴァンが私の手を取って、「行こう」と優しく微笑んだ。私も「えぇ」と返事をして、ダンスホールの中心へ向かう。
ステップを踏む私たちを、皆がみている。まぁ、私たちの関係は学園中に知れ渡っているでしょうし、シルヴァンは有名だし……妥当と言えばそうよね。
「ベアトリーチェ、ダンス上手いね」
「教育係の賜物ね。レッスン、サボったことないもの」
「……ベアトリーチェはさ、俺のこと努力家だって言ってくれていたけど……俺からしたら、ベアトリーチェの方がよっぽど努力家だよ」
シルヴァンが、思い出すようにそう囁く。私はというと……。
「……私、シルヴァンにそんなこと言ったこと、あったかしら……」
「え? いや、委員長に……あっ」
「……まさか、聞いていたの……!? どこまで!?」
「いや、本当にそこだけだよ! 全然その、あ、愛してるとか……!」
「う、嘘でしょう!?」
「いたっ!?」
動揺して、ステップが乱れる。私はヒールで思い切りシルヴァンの足を踏みつけてしまったけれど……そんなことは今はどうだっていい。
まさか、全部聞かれていたなんて思いもしなかった。それもよりによって、『愛している』と思っていることまでバレていたなんて……!
シルヴァンの様子が最近変だったのは、それが理由だったのね……!
「も、もう最悪よ……私ばっかりあなたのこと想っていて、ばかみたいじゃない……」
「それは違うって! 俺もベアトリーチェのこと……その、大切だし、ちゃんと想ってるから」
「……え?」
私が顔を上げたと同時に、曲が終わった。
シルヴァンが「テラスで話そう」と言ってきて、私は呆然としたまま着いていく。
「……結構涼しいね。ベアトリーチェ、寒くない?」
「大丈夫よ」
そう言いながらも腕を摩っていると、シルヴァンはふっと笑いながら、ジャケットを肩にかけてくれた。
「さっきの話だけど……委員長と話してるの、聞いちゃったんだ。ごめん」
「……盗み聞きなんて酷いわ」
「うん。でもさ、俺……嬉しかったんだ。ベアトリーチェがそう言ってくれて。正直、委員長と二人で話してるの見て嫉妬しちゃったから。はは、情けないよなぁ」
自嘲したように笑うシルヴァンの姿をみて、私は堪らずシルヴァンの頬を両手で挟んだ。むにゅっとした感触がなんだかおもしろい。
「な、なに!?」
「情けなくなんて、ないわ。……実は、私も少し嫉妬していたの。あなたとマリベルが、なんだか仲が良さそうで……」
「え!? いや、モンフォールさんはベアトリーチェの友達だから……」
「でも、なんだか悲しかったわ。シルヴァンは私の婚約者なのに!って思っちゃった。私と結婚してくれるって、約束したのにって……思って……」
……そうよ、約束した。なのにあなたは、結婚式の直前で死んでしまって、私を一人にした。あの時程、人生に絶望した瞬間はない。
あの時のことを思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。シルヴァン、どうしてあなたは私を置いて行ったの?
「……ごめん、まさか、ベアトリーチェがそんなに泣くほど嫌だったなんて、思ってなくて……」
「え? あ……」
――違う。
私は、何を言っているの。結婚式の直前に死んだのは、このシルヴァンじゃない。一周目のシルヴァンだ。
じゃあ、私が嫉妬していたのは、一体どっちのシルヴァンなの?
ぐるぐると、頭の中が回る。黙り込んでしまった私を心配したのか、シルヴァンが優しい声で語りかけてきた。
「俺は、ベアトリーチェと結婚するよ」
「……うん。絶対、絶対よ……」
「わかった、絶対結婚しよう」
「……約束、なんだから……」
だから……お願いだから今度こそ、私を置いていかないで。
……なんてそんなこと、口が裂けても言えないけれど。




