学園祭
「では、他に立候補者がいないみたいなので……脚本係はモンフォールさんに決定しようと思います。賛成の方は拍手をお願いします」
学園祭について話し合うHRの時間で、学級委員長のエディ・オルコット子爵令息が皆に問いかけた。
教室ではまばらに拍手が起こり、マリベルが席を立って「ありがとうございます! 頑張ります!」と頭を下げる。
「それで……一応学園の慣習として、脚本係が配役を決めることになっているんだけど、モンフォールさんの脚本はいつ頃できそうかな?」
「そのことなんですが……実は脚本はもうできていて……!」
そう言って、マリベルはあらすじを堂々と語り始めた。
『昔々あるところに、美しい令嬢がおりました。その名はベアトリーチェ』
「そんな気はしていたけれど、やっぱり私なのね……!?」
『彼女は早くに母を失い、継母と義妹と暮らしていました』
「……両親共に健在なのだけれど……」
私の反論を気にも留めず、マリベルは話を続ける。私はもう、諦めて最後まで聞くことにした。
『しかし、この三人はとても意地悪で、ベアトリーチェは毎日虐げられて暮らしていました。そんなある日のこと、いつものようにベアトリーチェが街へ買い出しに出掛けていた時のことです。
ショーウィンドウに飾られていた美しい靴を眺めていると、突然、ベアトリーチェの後ろで馬車が止まりました。
その馬車から出てきた青年はベアトリーチェに近付いてきたので、ベアトリーチェは慌ててその場から去ろうとしました。が、青年はベアトリーチェを引き留め、「君に一目惚れをしたんだ。君の名前を教えてくれ」と言いました。
しかし、誰かもわからない相手に名前を教えられないと、ベアトリーチェは首を横に振って断りました。そんなベアトリーチェに青年は彼女が見ていた靴をプレゼントして、「次の舞踏会で君を待っている」とだけ言い残し、再び馬車で去っていきました。
ベアトリーチェは自分の身に何が起こったのかわからないまま、ドキドキする胸を抑えて、美しい靴を大事に抱えながら帰りました。
そして翌日、なんと王家から国中の令嬢へ舞踏会の招待状が届いたのです。義姉と継母は大喜びで準備をしましたが、ベアトリーチェは義姉が使っていたおさがりのドレスしか持っていません。
ベアトリーチェは仕方なく流行遅れのドレスを身に纏い、物置小屋に大事に隠していた靴を履きました。その靴はとても素敵で、ベアトリーチェの心を軽くさせました。しかし、馬車の中でその靴に気付いた義姉は、なんとベアトリーチェから強引に靴を奪ったのです。
代わりにベアトリーチェは義姉の靴を借りようとしましたが、義姉は「なんであんたがこんな上等な靴を持ってるの!?」と激しく怒り、ベアトリーチェの靴に履き替えた後、自らの靴を窓から投げ捨てました。
呆然とするベアトリーチェですが、非情にも馬車は王城に到着してしまいます。意地悪な継母はベアトリーチェを裸足のまま歩かせ、あろうことか入場させたのです。
当然会場中の貴族たちはざわめきましたが、一人だけ、その姿をみて駆け寄ってきた人物がいました。それが、あの時靴をプレゼントしてくれた青年……もとい、この国の王子様だったのです!』
……ベアトリーチェは、令嬢なのに王子の顔を知らなかったのね……。
『王子様はすぐに代わりの靴を持ってこさせると、ベアトリーチェの前に跪き、前にプレゼントしてもらった靴よりも更に美しい靴を履かせました。そして王子様はベアトリーチェに手を差し出し、ダンスを申し込むのです。
誰もが、ベアトリーチェと王子様のダンスを見ていました。そして曲が終わった後、王子様は「私の妻になってくれないか。イエスなら、君の名前を教えてくれ」と求婚し、ベアトリーチェは「ベアトリーチェと申します」と笑顔で答えるのでした』
王子なのに、顔だけで名前も知らない令嬢を王妃にしようとするなんて、その国は大丈夫なの……?
まぁでも、話し終えたマリベルは満足そうな顔をしているから、突っ込むのはやめにしましょう……。
「……という感じなのですが、配役ももう決まっているので、今から発表してもいいですか?」
「もちろん。皆さんもそれで問題ないですか?」
委員長エディの問いかけに、皆がうんうんと頷く。その様子を確認したマリベルが、コホンと咳払いしてから「では、発表します!」と意気揚々と宣言した。
「主演のベアトリーチェ嬢は……ベアトリーチェさんです!」
知ってた、と教室中の誰もが思ったことだろう。もはや発表する意味もなかったように思える。
私は心の中で息をつきながらも、これでマリベルの気が済むならと思い、「喜んでお受けいたします」と言って微笑んだ。
マリベルはパァ、と顔を輝かせたあと、もう一度コホンと咳払いをする。
「続いて王子役ですが……オルコットさんにお願いしたいです」
「え!?」
「えぇ!?」
「えっ僕!?」
マリベルの言葉に、私、シルヴァン、そして委員長が驚きの声をあげる。
委員長は困ったように笑いながら、「流石にこの役は婚約者のレグナールさんの方がいいんじゃ……ほら、爵位を考えてもさ……」とやんわり断ろうとした。が、マリベルは首を横に振ってから、残念そうに口を開いた。
「私も最初はそう思っていましたが、今はオルコットさんの方が適任だと思っています。レグナールさんもそう思いますよね?」
「うっ……」
何か含みのある言い方をしたマリベルに対し、シルヴァンが悔しそうに唸ってから項垂れる。
私は何が起こっているのかわからずに、「オルコットさんは大丈夫なのかしら?」と委員長に尋ねた。
「まぁ……僕でいいなら精一杯、務めさせてもらいます。皆もそれでいいですか?」
オルコットさんの言葉に、皆が拍手で賛同する。……項垂れているシルヴァンを除いて、だけれど……。
その後、マリベルによって義母役、義姉役と次々に配役が発表され、他の皆は希望制で大道具係と舞台演出係に分かれた。
衣装は自前のドレスを用意してほしいとのことだったが、幸いと言うかなんというか、ここにいる皆は貴族なので何も問題ないだろう。
すんなり全てが決まり、私は少し拍子抜けしてしまった。
なんていったって、一周目の時にはなんというか……シルヴァンが全ての重荷を背負っていたから。
だから、マリベルがいてくれてよかったと思う。
……まぁ、当のシルヴァンはなぜか項垂れているのだけれど……そんなに王子様役がやりたかったのかしら? 次期公爵なんて、ほぼ王族のようなものだと思うけれど。
一通り落ち着いたところで、委員長のオルコットさんがパンパンと手を叩いてから、皆に問いかけた。
「じゃあ、これから学園祭に向けて、みんなで頑張ろう!」
クラスメイト達が思い思いの声をあげる。一周目とは違って活気のある光景はなんだか不思議で……。
この学園祭が、シルヴァンにとって楽しい思い出になればいいなぁ……と、心から思ったのだった。




