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甘美な安寧を愛した四十路貴族令嬢は、不器用な王子の執着に捕まる ~魔法のない世界で事務能力無双はしたくないのに~  作者: 寝不足魔王


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第7話:空回りの忠告、王の決意はさらに固まる

 四十年の人生で学んだ教訓の一つに、「火種は小さいうちに消せ」というものがある。

 王宮の文官から「陛下をたぶらかすな」という、身に覚えのない、かつ不名誉な忠告を叩きつけられた翌日。私は、アステール邸の居間から、これまでの「温かなもてなし」の痕跡をすべて排除することに決めた。


 ふかふかのクッションは片付け、花瓶の花は下げさせた。

 用意する茶は、市場で手に入る安価で香りの薄いもの。菓子などはもってのほかだ。

「陛下がいらしても、本日は体調が優れず、手短に公務の確認のみを済ませたいとお伝えして」

 私は執事にそう命じ、椅子に背筋を伸ばして座った。

 魔法のないこの世界で、独身令嬢が生き残るための武器は、冷徹なまでの「引き際」の見極めだ。若き王の気まぐれに付き合って、魔女として処刑されては、これまでののらりくらりとした二十年が台無しである。


 やがて、いつもの時間に「お忍び」の馬車が到着した。

 足早に居間へと入ってきたヴィクトールは、部屋の様子の変わりように、入り口でぴたりと足を止めた。

「……アステール? その格好は、どうした」

 彼は、簡素な髪飾りに、隙のない訪問着で迎え撃つ私を見て、戸惑いを露わにした。以前のような、どこか柔らかい空気は微塵も残していない。

「陛下。あいにく少々風邪を引いたようでございまして。本日は手短に、北の街道の整備状況の確認のみを済ませたいと存じます」

 私は立ち上がることなく、事務的に一礼した。

「風邪だと? それならばなぜ無理をして座っている。すぐに横になれ。侍医を――」

「必要ございません。それよりも、陛下。王宮では、陛下の度重なる当家への来訪を危惧する声が上がっていると聞き及んでおります」


 私が核心を突くと、ヴィクトールの顔色がサッと変わった。

「……誰が、そんなことを君に言った」

「どなたでもよろしいのです。大切なのは、陛下がこの地味な独身令嬢の屋敷に通い詰めることで、新体制の威信に傷がつくということでございます。わたくしは、陛下をたぶらかす魔女としての汚名を着るつもりはございませんの」

 私は敢えて冷たく、突き放すような視線を向けた。

 これでいい。二十歳の若者にとって、四十歳の女からこれほど冷淡に「迷惑だ」と告げられれば、プライドが傷ついて足が遠のくはずだ。それが、お互いのためなのだから。


 しかし、私の予想は、ヴィクトールの放った一撃によって粉砕された。

「――あの男か」

 ヴィクトールの声が、これまでに聞いたことがないほど低く、怒りに震えていた。

「先日、私が帰った後に来た文官だな? 私の預かり知らぬところで、君に無礼を働いたのか!」

「陛下、落ち着いて……」

「落ち着いてなどいられるか! 私が、どれほどの覚悟を持ってここに来ていると思っている。君と話すためだけに、どれほどの書類を、どれほどの不眠を重ねて片付けていると思っている!」

 ヴィクトールは激昂し、私の前のテーブルを叩いた。

「君は、私が……ただの気休めでここに来ているとでも思っているのか? 私が求めているのは、君の知識だけではない。君という、この世で唯一、私を『王』という器ではなく、一人の男として見てくれる存在なのだ!」


 私は絶句した。

 不器用。あまりにも不器用で、真っ直ぐすぎる言葉。

 冷徹な粛清者として恐れられている新王が、一人のアラフォー令嬢の前で、泣き出しそうな子供のような瞳で叫んでいる。

「周囲の声など、私が黙らせる。君に指一本触れさせはしない。……たぶらかされた、だと? ああ、その通りだ。私は、君のその執着のない眼差しに、最初から救われていたのだからな」

 ヴィクトールは私に歩み寄り、椅子の肘掛けを掴んで、私を逃がさないように閉じ込めた。

「……なにした私!?」

 思わず、前世の語彙が喉まで出かかった。

 距離を置こうとした結果、王子の心の堤防を決壊させてしまったらしい。二十年ののらりくらり経験が、この瞬間、何の役にも立たないことを悟った。

「陛下……お顔が近すぎますわ」

「黙れ。……君が、周囲の目を気にして私を拒むというのなら。誰も、何も言えぬほどの地位を君に与えるだけだ」

 ヴィクトールの青い瞳には、もはや「相談」ではなく、獲物を確実に仕留める「狩人」の光が宿っていた。

「待機しておけ。次に私がここへ来る時は、王宮からの『正式な使い』としてだ」


 彼はそれだけ言い残すと、嵐のように去っていった。

 後に残されたのは、安物の茶が冷え切った、殺風景な居間。

「……最悪だわ」

 私は力なくソファにもたれかかった。

 火種を消そうとしたはずが、油を注いで大火事にしてしまった。

 新王が、周囲を黙らせるほどの「地位」を私に与えると言った。それが何を意味するか、四十歳の私に分からないはずがない。

 のらりくらりと過ごしてきた私の平穏な日常が、いま、王族という名の黄金の鎖によって、強引に絡め取られようとしていた。


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