7.根拠が適当過ぎますわ
教室には、人だかりが。
貴族が集まる学園ですから本来であればこのような人だかりができるなどという落ち着きがない行動は起こらないはずなのですが、今日は特別なんですの。
周囲はざわざわと騒がしく、
「何をするつもりなんだ?」
「決闘とかするんでしょうか?」
「呼び出しておいてそんな覚えはないと惚けてみせるとかありそうじゃないか?相手を怒らせるためにあえて、みたいな」
全員何かが気になっていることがわかりますわね。
ではその気になっている物は何かと言えば非常に分かりやすく、教室の中心にいる人たちが関わっていますの。
なんとなく察しはついていると思いますがそれは、推定主人公ちゃん。
もちろん、それを囲むようにしてイケメン(笑)達もセットですわ。
そしてもちろん1番重要な子がこれからやってくる予定でして、
「おい!来たぞ!」
「道を開けろ!」
「そっち詰めてくれ」
おや。ちょうど来てくれたようですわね。
このまましばらく動きがなければ暇で暇でどうしようもなくなるところでしたわ。人だかりのせいでまともに教室の外へと移動もできませんし、助かりますわね。
呼び出された子は待ち構える推定主人公ちゃんたちの元まで歩いて行き、臆した様子もなくその顔を見据えて、
「マター嬢。一体何のようだ。私、エニケー・ノダータを呼びつけてまで伝えることなのだから、相当重要なことなのだろうな!」
推定主人公ちゃんに問いただす。
そう。呼び出されてやってきたのはエニケーちゃんですの。悪役令嬢を呼び出して対峙するなんて、一枚絵にでもなりそうなイベントですわね。ここからの言い争いがワクワクドキドキですわ。
推定主人公は緊張した様子ですがイケメンたちに手を握られ背中を押され、覚悟を決めた表情になって話し始め、
「エニケー様。まずは、突然のお呼び出しをお詫びします。しかし、おっしゃる通りどうしても言いたいことがったのです」
「ほぅ?何だ?私も暇ではないのだから、早く言ってみてほしいな」
視線が交差する。火花が散っているようにも見えた。
そこから見たことがないほど真剣な表情をした推定主人公ちゃんが口を開き、
「私、思うんですよね。結婚するなら、自分が決めた相手が1番だって」
「…………何を言いたい。まさか、私に殿下との婚約を解消しろとでも言いたいのか?」
少し馬鹿にしたようなエニケーちゃんの声。
婚約を破棄するなんて、メリットがあまりないですからね。どれほど両者の中が悪くとも、デメリットの方が多いわけです。婚約の破棄なんてやるはずがありませんわ。
エニケーちゃんが馬鹿にするような口ぶりになることも理解できますの。
しかし、
「そう。そうです。予想出来ていたなら話は早いですね。私はエニケー様に、殿下との婚約を破棄してもらいたいんです」
推定主人公ちゃんの要求は、そのありえないこと。
これにはたまらずエニケーちゃんもさらに見下す気持ちが強く成る様子で、
「ハッ。本気で言っているのか?平民の身でこの学園に入ったというのだからそれなりの考える頭を持っているのかと思ったが、随分愚かな思考しかできないのだな」
「愚かな思考?好きでもない相手と一生添い遂げる方が私には理解できません!なぜ好きでもない、それこそ嫌いな相手と子供を作るんですか?それでその子供を本当に愛せるんですか!」
「なっ!?…………貴様、我が家を、いや、全ての貴族家を馬鹿にするのか!!」
段々と出てくる、推定主人公ちゃんの発言の根拠となる部分。
根拠というよりそれは論理よりも感情に訴えている物にも思えますが、問題はそこではなくほとんどすべて貴族に喧嘩を売っているところですの。どこの家だって基本的に愛した相手と結婚させるようなことはせず、ただただ家の利益を考えて子供たちは婚約させられ結婚しますの。
それを否定するなど、今まで貴族たちが積み上げてきたものを否定するようなものですわ。
正直言って、侮辱罪を適用してもいいような言葉ですの。気づかずに言っているのだとしたら愚かだとしか思えませんわ。
ただ気になるのはやはり、周囲にいるイケメンたちの事。
きっと推定主人公ちゃんも周囲の男たちには相談くらいしているはずですし、それにもかかわらずあの言葉を出すということは何かしらそれを言うだけの安心材料があるんだと思いますの。
なんていう私の考えは実際間違っていないようで、
「馬鹿にするつもりではない」
「殿下!?まさか、殿下までこの言葉に同意なさるというのですか!」
「そうだ。僕たちは思ったんだ。今までのあり方から、変わらなければならないと」
王子の同意。
これは少し驚きですわね。王族と手貴族と同じように婚約で様々な貴族とのつながりを作りどうにか国を回してきた過去がありますし、現在だってそうなのですから。
それを否定するような言葉が出てくるなんて驚きですわ。後から国王辺りに叱責されないと良いのですけど…………いや、叱責ならまだいい方かもしれませんわね。最悪消されかねませんわ。最近問題起こし過ぎですし、これ以上好きにはさせられないとかいう展開になりかねませんの。
そんな私の不安が増していることなど知らないで、王子だけでなく他のイケメンたちも次々に口を開き始めて、
「俺たちは決めたんだ。家のためだけじゃない、愛のために生きるって!」
「家のために働くことはもちろんですが、それで人として大事なものを失うわけにはいきません。人の心を失えば、領民の心など分かり様もないのですから」
「俺様たちは新しい時代を作るんだ。これがまず第一歩になる。お前らに邪魔はさせねぇよ」
頭が痛いですわね。
貴族にとって家同士のつながりというのは非常に重要なんですけど。感情面の事ばかりで、実利的な根拠が1つも出てきませんわ。これでは賛同者もそこまで多くなりませんわね。当初の予定よりは、ですけど。
私の予定ではここでエニケー嬢を言い負かすことさえできれば流れが生まれて王子たち優勢の状況で派閥争いが本格的に始まると思ったのですが、このままでは良くて同数程度。もしかするとエニケー嬢の味方の方が多くなってしまうかもしれませんわ。
せっかく数の差まであるというのに、使えないイケメンどもですわね。
ここで数の差を作ってエニケー嬢たちを追い込んでくれれば、その状況からの脱却のために過激な手段を取ることが予想できたというのに。今のままでは対立が深まるだけで過激な争いなんて見れそうにもありませんわよ。もっと血みどろの争いとかやってくれません?
「殿下。さすがにそれは…………」
「あまりにも危険では?」
「殿下!それはあまりにも突然すぎます!そういったことは私たちにご相談いただいたうえで言っていただかないとさすがに…………」
ほら。
王子たちの発言に納得できない生徒が多いせいで、自派閥内からも懐疑的な声が上がってしまっていますわよ。
所謂良識派と呼ばれる連中がそろって芳しくない反応を見せていますし、最悪良識派が丸ごとエニケー嬢たちに味方し始めるなんてこともあり得ますわ。
このままだと、あえて王子たちの派閥の方を切り崩した方がいいかもしれませんわね。
エニケー嬢たちをどうこうするよりもこっちの方が自爆してくれる分楽かもしれませんわ。
…………王族ですし、ついでに主人公補正とかもあるでしょうからもうちょっとマシかと思ったんですけどねぇ。私の計画もなかなかうまくいきませんわ。