10話 ゴブリンキング
俺たちは都市を出て、ゴブリンが生息する場所まで向かっていた。
「場所は何処なんだ?」
「魔の森の中だな。森の入り口から大体1時間半ってところに、奴らの巣がある」
「となると、此処から2時間半ってところか。相変わらず、人間の居住区の近くにそんな大勢の魔物が居るって大丈夫なのかね」
「その分、見張りも多く居ますからね」
見張りを大量に雇うとなれば、民間に金が落ちてその分市場が活気づくという話なのだろうか。
そういった小難しいことは門外漢なので何も分からんが。
「2時間半の移動になるが、テメェは大丈夫なのか?」
「? 何がだ?」
「体力だよ。森の中に入ったら休憩もまともに出来ねえ。そんな状態でゴブリンキングと出会ったら、流石にキツイだろ?」
「へえ、心配してくれるのか」
「茶化すんじゃねえ。テメェがくたばっちまったら、誰がゴブリンキングを倒すんだ。白銀の剣聖といえど、俺を守りながらってなるとキツイだろ?」
その返しに、俺は少しだけ笑ってしまう。
なるほど。コイツは噂通りの喧嘩っ早く、自己中心的な人間だ。
しかし馬鹿じゃない。
物事を論理的に判断した上で、合理的な選択ができる人間だ。
「心配するな。俺が死んでも、カルラならお前を守りながらゴブリンキング程度倒せる」
「リオン、何で自分が死ぬ前提で話してるんですか!」
俺は笑いながら、すまないと謝る。
「体力に関しては心配するな。ウィザードは器用さだけが取り柄の職業。身体強化魔法ぐらいなら幾らでも使えるさ」
初級魔法に限るけれど。
火や水のような攻撃魔法だけでなく、身体強化や回復魔法も、大気中の魔力で補える。
出来ないのは、ローブに魔力を直接流すような事だけ。
もしかしたら、それも修行次第で出来るかも知れないが、今のところはそれだけ。
「なんなら走ってもいいぞ。暗くなれば、夜目が効くゴブリンの領分。出来る限り早く着くことにメリットはあってもデメリットはない」
「……言ったな、テメェ。鎧を着てるとは言え、魔法使いが戦士に身体能力で勝てると思うなよ?」
「では、折角ですし走りましょうか」
何故か乗り気なカルラ。
言い出しっぺではあるため、今更断ることは出来ない。
そんなこんなで、何故か魔の森までのマラソンが開始されるのであった。
「ぜー、はー……、ぜーはー。おら、勝ったぞ! 見たか、クソ野郎……!」
肩で息をしながら、俺に対して勝利宣言をしてくるローウェン。
俺に勝ったのが嬉しいのか、凄い満面の笑みだ。
しかし、疲労が溜まったらどうのこうのと言っていた人間が、こんなに疲れていて良いのだろうか。
「そうだな。お前のほうが早く森まで着いた。俺もそこそこ真面目に走ったんだがな」
どうあがいても、初級魔法。
本職には勝てないと言ったところか。
「……くそっ! 何でテメェは毛ほども息が上がってねえんだ! 勝ったはずなのに、勝った気が全くしねえ……」
それは仕方ない。
自分の体力で走った人間と、そこら辺の力を横取りして走った人間の差だ。
「2人とも、走る時のフォームが全然なっていません! もっと軸を意識した走り方をですね――」
ちなみにだが、1位は圧倒的な差でカルラ。
途中、俺たちがあまりにも遅かったからか、何度か止まったりペースを落としてくれていた。
カルラが、1番重装備なはずなんだがな……。
「とりあえず、森の入口には着いたな。こっからの道案内は任せたぞ」
「……分かった。こっちだ、着いてこい」
ローウェンに案内されるがまま、俺たちは森の中を進んでいく。
途中、ゴブリン以外のウルフ等に遭遇したが、殺すのではなく魔法で追い払うだけ。
殺して死体の処理までするのは、いささか面倒だった。
「……?」
「そろそろ目的地だが、何か気付いたのか?」
「ああ。この辺りから、魔力の流れが妙でな」
「んなことまで分かるのか……」
異変には気付けるが、その原因までは分からない。
大量にゴブリンが居るからなのか、ゴブリンキングの影響か。
兎にも角にも、進むしか無いだろうな。
しばらく進んだところで、大きな洞窟らしきものが視認できる。
「あそこだ」
ローウェンは指で示す。
丁度、ゴブリンらしき存在が洞窟の中に入っていったので、確定だろう。
「広さは?」
「全部を見てないが、相当な大きさだ。中で洞穴が枝分かれしてて、どれだけ大きいかが分からん」
「面倒だな……」
俺はそう言って、洞窟へと向かう。
「お、おい! 作戦も立てずに行く気か!?」
「それを言うなら、此処に来る前に言ってくれ。カルラ、行くぞ」
「はい。行きましょう」
俺とカルラは、何一つためらいなく洞窟へと歩を進める。
それを見たローウェンも、取り残されるのを嫌ったのか、付いてきた。
まずは洞窟の入り口付近に居たゴブリン数匹を、断末魔を上げさせる暇もなく、俺とカルラが始末する。
「……なるほど、確かにでかいな」
中は大きく、隠れながらというのは難しそうであった。
ならばやることは1つ。
俺はカルラに対して目線を送る。
言いたいことが伝わったのか、俺たちは動き出した。
つまりそれは、虐殺の始まりであった。
俺は空中に火魔法を発動させ続け、松明代わりにしている。
煤で手が汚れないので、非常に良い。
後ろでは、一部始終を見ていたローウェンが呆然としていた。
「……やっぱり凄えな。テメェらは。最初は俺も手伝おうとは思っていたが……。格がちげえってのは、この事か」
数十を超えるゴブリンの死骸が、辺りに散らばっている。
ただし、虐殺に要した時間は数分程度。
それゆえ、報告に聞いていたゴブリンキングは未だ姿を現していない。
「お前の仕事は道案内だ。それを果たしてくれた以上、俺たちはそれ以上を望まない」
「はい、貴方には十分感謝しています。……と、お喋りはこのぐらいにしておきましょう。今回の目的が現れました。ローウェンさんは、私の後ろに」
「お、おう」
剣を構え直すカルラ。
そして、洞窟の奥から、ひときわ大きいゴブリンが出てきた。
手には大きな剣……、いや、鉈か?
「GAAAAAA!!」
同胞の死骸を見たゆえの慟哭か。
洞窟中に大きく響く。
なるほど、圧力だけは大したものだ。
「ま、結果は変わらんけどな」
俺はまず、ローウェンにしたときと同じように、口内に大量の水を発生させる。
「GUA!?」
突如として起こった事象に、ゴブリンキングは鉈を手放し、両手で口を押さえた。
当然バランスを失った奴の足に対して、風魔法を思い切りぶつける。
想定外続きにより、ゴブリンキングは洞窟の地面に横転した。
俺はすかさず、手と足、そして地面に隣接している場所全体に氷魔法を使用し、地面に貼り付ける。
――俺がやったのはそれだけ。
だが、それだけで、目の前には哀れにも洞窟の床で倒れて起き上がれずに居るゴブリンキング1体が生み出された。
「……もう、終わったのか? あのゴブリンキングを……?」
「カルラ。一応生け捕りにしたが、どうする? このまま殺すか? 俺の氷魔法じゃ、後1分もしない内に起き上がるぞ」
「そうですね。調べたいこともありますが、取り敢えず止めを――」
カルラがそう言った瞬間、倒れていたゴブリンキングが大声で叫ぶ。
「GUAAAAAAAAAAAA!!!!!」
「……ッ! 何だいきなり……」
断末魔とも取れぬ、大きな声。
俺たちに不快な気分をさせるという目的ならば、これ以上無いぐらい成功だろう。
咄嗟に、俺はゴブリンキングに止めを刺してしまう。
しかし、魔物の行動には基本的に意味があるはず。
である以上、この声にも意味が――
「……おい、カルラ、ローウェン。ゴブリンキングってのは、大量発生するものなのか?」
「魔物の生体については未だ分からないことが多くあります。そういうこともあるのでしょう」
「んなわけあるか!! どうなってんだ糞が!!」
俺たちが目を向けた先。
洞窟の奥からは、今さっき倒したばかりのゴブリンキングと同じようなものが、何体もコチラに向かってきているのであった。




