毒の魔剣 その四
「……炎よ」
多少のリスクを無視してでも、まずは竜の注意を引くことにした。なにはともあれ、竜の行進を止めなければならない。もし村まで攻め込まれたらどうなるかなど、考えるまでもない。
多少雨が降っていようと、私の炎が出せなくなるわけではない。いつものようにマスターから魔力をもらい、いつものように魔法を使ったがーーいつものように勝利、とはいかなかった。
「……確かに全力ではなかったけれど、無傷というのはショックね」
私の手から放たれた火球は竜の首筋に狙い通り着弾した。したが、それだけだった。薄い焦げあとがあるような気もするがーー誤差みたいなものだろう。
「鱗が固くてダメージが通っていないね。柔らかそうなところというと……口か目かな?」
マスターが口元に手をやりながら呟く。アドバイスというよりは独り言だろうか。マスターも魔物との戦いをいくつか経験しただけあって、こういうときのパターンは理解しているようである。
「それじゃあ、派手なやつでこっちを見てもらいましょうか」
イメージするのは弓を射る場面。もっとも、前世も今世も弓道などやったことはないので、本当にイメージするだけなのだが。大切なことは事実に則しているかどうかではなく、自分が想像しやすいかどうかだ。
自分の妄想を押し付けて、現実を上書きするのが魔法の本質だ。想像力が、そのまま魔法を創る力になる。
要するに、寝る前のベッドの上が遊び場だった私には、これ以上ない魔法の適正があるという話だ。
「……炎よ」
私の左手と右手の間でぎちぎちと音を立てて限界まで引き伸ばされた魔力が、一息に放たれる。
着弾、爆発。目が眩むような閃光と、一瞬遅れて炸裂音が響く。
「さすがメル様ですね……これだけの爆発、奴も生きてはいないでしょう」
「あなた、わざとやってない?」
ナナミがフラグを立てたせいーーとは言わないが、案の定、竜は健在だった。
いつの間にかもやから出ていた竜の腕が、私の魔法を叩き落としていた。
「……ひょっとして、時間をかけると竜が完全体になって状況が悪くなるやつかな?」
マスターが言うように、おそらく時間がたつほど竜がもやから出てくるだろう。つまり。
「今のうちに叩くしかないわね」
問題はその方法である。いくつか思い浮かびはするが、やはり接近しなければ決定打は与えられないだろう。
触れれば死ぬもやを掻い潜らなければ勝機はない。
「おそらくではありますが、黒いもやならばなんとかなります」
「聞くわ。話してちょうだい」
「触れれば腐るという特長は、毒の魔剣の一部と一致します 。ですから……」
「魔剣を引き抜けば無効化できる、かな?」
マスターが確認すれば、ナナミは頷いた。魔剣の特性と竜の生態が混ざった結果があれならば、魔剣を取り除けば黒いもやによる即死能力は封じることができる。
「かもしれないってだけよね。危険すぎるわ」
「だとしても、試す必要はあります。どのみち今の状況では近付くことすらできません」
「……矛盾しているわよ。近付けないから困っているのに、剣を抜くために近付くなんてーー」
「ええ。ですから、ここから狙撃します」
そう言ってナナミは拳より大きいボールを取り出した。普段から銃弾を生成して発射しているが、それの応用だろうか。
何をするのかと思えば、ナナミは取り出したボールを垂直に、高く放り上げた。ワンテンポ遅れてナナミ自身も全身のバネを使って高く跳躍する。
左手は前に、右手は頭のやや後ろに構えている。それはまるでーーいや、まさか。ここからどれだけ距離があると思ってるんだ。
ナナミが腕を振り抜くと、轟音と共にボールが発射される。風を切りながら、一直線に。
竜はーー反応しない。気づいていないということはないだろう。自分を狙っていないから無視しているのか、驚異と思っていないのか。
とにかく、ナナミの攻撃は無事に命中した。魔剣の核にヒビが入り、砕け散った。
「さて、これでどうなるかだけど……」
変化は現れた。黒いもやが凝縮し、地面に水溜まりのように広がる。
好機である。不安はあるが、攻めるならここしかない。
マスターが地面を蹴り、竜へ近づく。ただし、竜の方も黙ってはいない。すでに両手を地面から出していて、さらにあれはーー翼か。巨体にふさわしい大きさの翼を広げようとしている。
こいつ、飛ぶ気だ。
「その前に、倒さないとだね」
マスターが大きく跳躍し、まずは竜の片手に乗った。そこから一気にかけ上がる。目的は、竜が唯一防御した場所。
「狙うなら……目しかないわ」
竜の全身は固い鱗に囲まれているが、さすがに目はむき出しのままだ。剣でも貫けるはずである。
強い雨が頬を打つが、気にしている暇はない。雷鳴が私たちを追いたてるように響く。
竜が二、三度腕を振り回すが、叩き落とされる前にマスターが竜の眼球までたどり着いた。
剣を振り上げ、思い切り突き刺す。さほど抵抗はなく、深々と剣が竜の眼球を貫いた。
追撃をしようとしてーーアクシデントが起きる。
「しまっ……」
戦いの前後から雨が降っていた。だからこそ、竜が激痛に身をよじらせた時にマスターは足を滑らせてしまった。
そのままマスターは落下してしまう。とっさに手を伸ばしたが間に合わない。こういうとき、自分の身体能力の低さが恨めしくなる。
竜はすでに翼をはためかせ、空を飛ぼうとしている。このままでは逃げられるーーというか、身動きのとれない私ごと移動されてはまずい。
もう一押し。竜にダメージを入れられるものが何かあれば。
そう思った瞬間、轟音と衝撃、そして閃光が私を襲った。
一瞬遅れて状況を理解する。
「……雷が、落ちたの……?」
確かに、雷雲が近くまで来ていた。竜が空高く飛ぼうとした瞬間、避雷針目掛けて雷が落ちたのだろう。
たまたま。偶然。
シロウに打ち直してもらったおかげか、私の体に影響はなかった。少し目舞いはするが、時間がたてばなおるだろう。
竜の方はーー息絶えていた。落雷の衝撃は剣を通じて伝わっていたのだから当然と言えば当然か。
「取り敢えずは、助かったのかしら」
ふと気づけば雨はやんでいた。うるさかった雷もどこかへ行ってしまったようだ。
しばらく待っていれば、マスターの声が聞こえてきた。どうやらあちらも無事だったようである。
雲の隙間から漏れた光が、マスターとナナミを照らしていた。軽く手を振り、私の無事をアピールしてやる。
こうして私たちの魔剣回収作業は終わった。
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