毒の魔剣 その三
マスターに対して急げと言ったのは私である。だから本来文句をつけられる立場ではないのだがーーそれでも苦言のひとつを漏らしたくなる。
もう少しなんとかならなかったのかと。ジェットコースターに始めて乗ったときでもこうはならなかっただろう。いや、前世の記憶なんてアテになるかわからないのだが。何しろ千年以上前の事だ。多少の思い出補正が入っているかもしれない。
端的に言ってしまえば、私に余裕はなかった。だから、マスターが突然足を止めたとき、疑問に思えどその理由には思い至らなかった。
「……何か、あったの、かしら……?」
私は口を手でおさえながら質問した。ヤバい。これちょっとまずいかもしれない。
乙女の尊厳を失うわけにはいかない。ここは我慢する場面だ。
そんな私の葛藤を知ってか知らずか、マスターは「あれなんだけど」と指をさした。
「鹿……かな? 普通じゃない死に方しているよね」
私たちはこれまで何かが這いずってきた跡を追ってきたわけだが、そこから少し外れた位置に鹿の死骸があった。
先程マスターが言及したように、その死に方は普通ではなかった。体表の殆どが赤く腫れ上がり、関節からは血と膿が溢れている。
「明らかに自然死ではないわね。毒の魔剣絡みではありそうだけど……」
「毒というより、病気って感じだね。まあ、広い意味では毒が原因で病気になる……のかな?」
マスターも自信はなさそうである。そもそも毒の魔剣を作ったのがシロウである時点でなにが出てきてもおかしくはないのだが、今回はそれに外から来た生物も絡んできている。
どういう反応を起こしたかなんて、知りようがない。
「少し前の流行り病に症状が似ていますが……あれはこんなに出血しなかったはずですね」
ふと気付くとナナミが死骸を検分していた。
「あの、近付いて大丈夫なんですか……? 変な病気に感染したりとか……」
「たぶん大丈夫です。私の体は人間を模して作られているとはいえ、基本的には木の人形……生き物ではありませんから」
「いや、たぶん大丈夫、なんて適当な判断でそんなことしないでちょうだい……。何かあったらどうするのよ……」
「その時は日光で再生すればなんとかなります。……もっとも、それができるのもあとわずかかもしれませんが」
空を見上げながらナナミはそう溢す。つい先程までは日差しが出ていたが、どうも雲行きが怪しくなってきていた。
そういう意味でも、博打を打つなら今しかなかったのかもしれない。日光が出ている今なら、ナナミは不死身と言っても良いのだから。
「結果として、近付くだけなら平気だとわかりました。敵の情報は少しでも多い方が良いですし」
「とはいえ、本体に近づいたらどうなるかはわからないわよ。接触することで毒を流し込むタイプかもしれないし」
などと話していると、少し離れた場所からどすんと大きな音が聞こえた。何かが倒れたような音だ。
「木か何かが倒れたのかな。自然現象……ではないだろうし」
「間違いなく、毒の魔剣でしょうね。音からするとそう遠くはないわ。行きましょうか」
音の発生源に向かう途中には、腐り落ちた植物が散乱していた。時折、動物の死骸もあった。ひとつやふたつではない。死骸の道とでも言えるような、おびただしい数の死を撒き散らしながら何かは行軍を続けている。
そしてついに、元凶が見えてきた。
「なんだろう、あれ……竜? それにしては様子がおかしいけど」
そう。竜である。それが一番イメージしやすい例えだろう。
まず目に入るのは全身を覆う鱗だ。茶色を基本として、所々黒い鱗が縞模様を形成している。遠目から見ても頑強であることはすぐにわかる。私の魔法やナナミの銃弾が通じるかどうかはーーわからない。いや、この場合は通用しないと見た方が良いだろう。
側頭部からはえているものは角だろうか。黒い枯れ木を思わせる外見ではあるが、その表面には傷ひとつない。大きさもマスターの身長をゆうに超えている。必要があるかはわからないが、もし角を折るとなれば一筋縄ではいかないだろう。
当然というべきか、その大きな口のなかには鋭い牙がずらりと並んでいる。見た目だけならば今にも炎のブレスを吐いてきそうである。まあ、火力ならば負けない自信はあるがーーいやいや、張り合う場面ではないし、ブレスを吐くかどうかもわからない。
漆黒の水晶玉のような眼球も目立つ。三ツ目だから尚更だ。きょろきょろと忙しなく動いているがーー三つの眼球がそれぞれ独立して動いているため、どことなく不気味さがある。
「今まで見たことなかったけど……この世界には他にも竜がいるのかな?」
「いいえ、いませんよ。まして首だけの竜なんて、この世界にも存在しません」
そう。この生物の最大の特徴は、首から上しか無いことだろう。正確に言うならば、首と地面の間に紫色のもやが漂っているため詳細はわからないのだが。とにかく、見える範囲では首だけしかない。あるいは、体は地面に潜っているのだろうか? もっとも、その状態で移動できる理屈はさっぱりわからない。
「どういう生き物かは置いといて……あれが騒動の原因であることは間違いなさそうね」
竜の背筋を見れば、黒光りする日本刀が刺さっていた。恐らくあれが毒の魔剣だろう。金の鍔と白い模様の入った持ち手部分以外は黒色でシンプルに作られている。
ナナミに確認すれば、あれが毒の魔剣で間違いないらしい。
「つまり、私たちの第一目標は竜の背筋に刺さっている魔剣の回収。もしくは破壊ね」
「あの竜の撃破も、かな。放っておいて良いものじゃないよね、あれ」
確かにその通りである。恐らく「星が落ちた日」以降に発生した生き物ーーこの星の外から来た生命体だ。乱暴な言い方をすれば魔物と同類である。つまり殺すしかない。
マスターが剣を構える頃にはナナミが走り出していた。目的は当然、魔剣の奪取だ。
ナナミが足に力を込め、跳躍する直前ーー異変が起きた。ナナミの足が突然ぼろりと音をたてて腐り落ちる。
ナナミの目が驚愕に見開かれる。ほんの一瞬前には何もなかったはずだが、竜の周りを揺蕩っていた黒いもやがナナミの足を包み込んでいた。
体勢を崩したナナミが倒れ込もうとする先には、当然もやが広がっている。このままではどうなるか、用意に想像できる。
通常ならばなすすべもなく死んでいるところだが、幸いなことにナナミは普通ではない。木の寄生剣である。核と魔力がある限り、不死身の再生力を誇る。
だからこそ、ナナミは自身の胸に手をためらいなく突き刺し、核を取り出してこちらに放り投げてきた。体はすぐに朽ち果てていったが問題ない。マスターが核を難なく受け止めた。
「魔力を込めて! 急いで!」
私の指示に従ってマスターが魔力を流せば、一瞬後には傷ひとつないナナミの体が作り出された。
「ありがとうございます。助かりました」
「再生できるからって油断しすぎよ。あなたみたいなタイプを相手にするときは、一撃で勝負を決めるのがセオリーなんだから」
今回はたまたま助かったが、次もうまくいくとは限らない。もし黒いもやがナナミの核を破壊できたらその時点で詰みだ。
更にまずいことに、天気が崩れ始めてきた。ぽつりぽつりと雨粒が頬を叩く。この様子だとすぐに本降りになるだろう。追い討ちをかけるように、遠くからは雷鳴が聞こえてくる。
状況を整理すると、相手は触れれば即死してもおかしくない攻撃を仕掛けてくる巨大な竜。おまけに天気が悪いため、ナナミの能力は半減以下になっている。
「だとしてもこんな所で負けてやるわけにはいかないわね。やるわよマスター。RPGの王道、ドラゴン退治といこうじゃないの」
次回の投稿は10/19(金)を予定しています




