毒の魔剣 その二
毒の魔剣の場所はナナミが把握しているが、さすがに転移魔法で直通というわけにはいかない。最寄りの町――水上都市デモインに転移して、そこからは徒歩である。
いやまあ、この世界にも車に相当する乗り物はあるのだが、私たちの旅では基本的に使わない。理由はいくつかある。一番大きな理由は、魔物を相手にする際に手間だからだろう。通常の魔物相手に苦戦することはまずないとはいえ、車に乗りながら相手にできるものでもない。
魔物を相手にせず逃げるのが普通の人の対応なのだが、私たちは少し事情が違う。魔物を倒す使命を背負っている。戦わざるをえないのだ。魔物に出くわすたびにいちいち乗り降りするくらいなら、徒歩で移動した方がスムーズに戦闘に移れる分良いという考えである。
ここまでが建前である。本音としては単純な話で――旅を楽しみたかっただけである。なにしろこちとら千年も同じ場所に放置されていたのだ。当たり前の話だが、刺激に飢えている。
マスターとしてもせっかくの異世界を楽しみたかったのだろう。幸いなことに異論は出なかった。ナナミが加わってからは野外での食事も充実していたことも大きいかもしれない。
まあ、初期は私が食事を作っていたので、その役割を取られたことに対して思うことが無いわけでは無いのだが――ナナミを責めるのも筋違いである。
それはわかっている。しかし、不安に思っていたのも事実である。役割。道具としての価値。精霊剣として生まれ変わって以降、必要とされなくなることに、必要以上に怯えている気がする。
千年もの孤独を味わったからなのか、そういう風に命令されていたのか。あるいはその両方か。
どちらであろうと、私の不安が紛れるわけではないのだが。もし。仮に。万が一。私が捨てられるようなことがあれば、今感じている心地よい潮風も、右手から伝わるマスターの体温も二度と味わえないのだから。
そんなことになったら、耐えきれる自信はない
いや、ちょっと待て。
「……あの、いつから手を繋いでいたのかしら」
「ついさっきからだけど、嫌だった?」
「嫌じゃあ、ないけれど……」
嫌ではないのだが、小恥ずかしいものがある。二人っきりならばまだいいが、ナナミもいるのだ。さすがに羞恥プレイが過ぎる。スノウではないだけマシという考えもある。しかし、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「……って、ナナミがいないじゃない」
辺りを見回してみれば、あの目立つメイド服が見当たらなかった。町に入る前は確かにいたはずなのだが。
「まさか、すでに何かからの攻撃が始まっているとかじゃあないわよね」
「いえ、お二人忙しそうだったので、先に墓参りに行かせてもらっただけですよ」
「うわぁびっくりした! 急に消えたり話しかけてきたりしないでちょうだい!」
確かについさっきまでナナミはいなかったはずなのだが、いつの間にか私たちの背後に回り込んできていた。なんだこいつ。こんなこともできたのか。忍者じゃないんだぞ。気軽に私が感知できる速さを超えて動くんじゃあない。
いやまあ、私が気を抜きすぎていたのが悪いとはわかっているのだが。わかってはいるのだが、わかるわけにはいかないというやつである。
それはさておき。
「ナナミさん、この町の出身だったんですか?」
マスターが問いかければ、ナナミは肯定した。その辺りの話――ナナミやシロウが人間だった頃の話は、私も詳しくは知らない。ナナミが旅に加わってからそれなりに時間がたっているし、ここらで理解を深めるのも良いかもしれない。
私が寄生剣になる前の話ですが、と前置きをしてナナミは語りだす。
「デモインで生まれた、ごく普通の少女でしたよ。普通に育てられて、普通に暮らして――ある日シロウ様に無理やり連れ去れるようにして雇われた。ただそれだけです」
「……なんで?」
「むしゃくしゃしてやった。胸が大きくなりそうなら誰でもよかった。だそうです」
「犯罪者のコメントじゃあないんだから、もう少しマシな理由は無かったのかしら……」
正直に話せば良いというものでもないだろう。なんというか、両親が魔物に殺されたところをシロウに拾われたとか、そういうエピソードはなかったのだろうか。まあ、誰も不幸になっていないし、これで良いのか……?
良いのだろう。そういうことにしよう。
「雑談も済んだことだし、毒の魔剣の所に向かいましょうか。道案内は頼んだわよ」
「はい。お任せください」
ナナミが歩き始め、私たちがついていく。さすがに手を繋いだまま歩くのは恥ずかしかったため手を放そうとしたのだが――マスターが寂しそうな顔をしたため若干の罪悪感を覚えた。ええい、そんな顔をするな。
結局、手は繋いだままである。我ながら意志が弱いというかなんというか。顔がはっきりと見えたわけではないが、ナナミも微笑ましいものを見るような目だった気がする。
それからしばらく歩くと、ナナミは足を止めた。もう少しで目的地に着くという話だったので、不自然ではないのだが――どうにも違和感がある。
ナナミの視線の方に目をやると、その理由がわかった。森を抜けた先にある広場のような空間――を抜けた先。
「木が腐っているわね」
よく見れば、異常は広場の中心から始まっている。私たちとは反対側に向かって何かが這いずったような跡が続き、木々をなぎ倒し、さらに周囲の木を腐らせながら前進した――ように見える。
「シロウ様のお話では、ここに毒の魔剣があるそうです。人間と魔物の方向感覚を狂わせる魔法をこの森一帯にかけているので、基本的に持ち出されることはないということでしたが……」
「人間と魔物以外なら道に迷わない。例えば……この星の外から来た存在とか。そういうことなのでしょうね」
なぜ、という疑問は残るが。とにかく、シロウの懸念は当たっていたということだ。何かがこの地に現れ、毒の魔剣を持ち去った。それだけは確かである。
「詳しくはわからないけど、今は跡を追ってみようか。魔剣を持ち去った奴はわかりやすく目印を残してくれているみたいだし」
「そう、ね。結局は出たとこ勝負になるけど……犯人を見つけないことには話が始まらないわ」
「……急ぎましょう。まずいことになるかもしれません」
ナナミの焦った様子が伝わったのか、私も冷や汗をかいているのを感じる。何か取り返しがつかなくなるような事態が進んでいる――そんな予感が。
「この先には、小さい村があります。距離はあるのですが……もしそこを目指して移動したのならば」
「村が襲われる可能性がある、と。マスター、少し本気で走ってもらっても良いかしら」
そんな風に口走ったことを私は後悔することになる。本気で走れと言ったのは私だが――あそこまでのスピードを出されるとは思っていなかった。絶叫系は苦手なのだ。
次回の投稿は10/12(金)を予定しています




