幕間の物語 木更津翔その3
メルが吹き飛ばされた建物に入ると、どうやら中は倉庫のようだった。あちらこちらに物が乱雑に置かれている。
「メル!」
物が吹き飛ばされ、通路のようになっている部分がある。その先にメルがいた。トレードマークだった帽子はどこかに消え、髪や服にところどころ汚れが付いている。息も絶え絶えといった様子だが――まだ生きている。
「メル、しっかりして!」
「……聞こえているわマスター。もう少し近くに寄ってちょうだい」
口を開くのもつらい様子でメルが手招きしている。言われた通り近付こうとして――足を止める。何か明確な理由があるわけではない。ただの直感。違和感。なにかがおかしい、そんな漠然とした不安を感じた。思い起こされるのはつい先ほどメルから聞いた話。スノーホワイトは他人に成り済ますことができる。
「……メルはね、二人きりの時はショウって名前で呼ぶんだよ」
「あら、お二人はそういう関係でしたの?」
メルに成り済ましていたスノーホワイトが、おどけた様子で言う。もちろんはったりだ。僕とメルはまだそういう関係ではない。
ふと気づくと、瞬きの間にも満たない時間で、いつの間にかスノーホワイトが元の姿に戻っていた。随分素直に認めたと思ったが――その狙いもすぐに分かった。僕がその場から飛び跳ねた直後、天井から伸びてきた杭がついさっきまで僕がいた場所に突き刺さった。
勢いあまって棚に激突してしまった。棚にしまってあった物がいくつか床に落下し、カン高い音を立てる。追撃は来ない。だが、安心していい状況でもない。敵は目の前にいるし、肝心のメルがまだ見つかっていない。
「随分性格が悪いね。聞いていた話とはちょっと印象が違う」
「ありがとう。誉め言葉ですわ」
スノーホワイトの体がブレたと思った次の瞬間、僕の腹部に衝撃が伝わってきた。スノーホワイトが殴ってきたようだ。全身に施していた強化魔法を貫くほどの威力ではなかったが、それでも僕の体を吹き飛ばすには十分だった。
棚をいくつかなぎ倒したところでようやく止まれた。乱雑に積まれていた木箱もしっちゃかめっちゃかに散らかっている。不意はつかれたが、それでも見えたものはあった。スノーホワイトは攻撃の直前、床に潜って一度姿を消した後、僕の目の前で浮上していた。よく見ると床は何らかの金属でできているようだ。つまり。
「種も仕掛けもない……移動があまりに早すぎるから見えなかっただけ、かな」
「その通り、ですわ。メルが最も魔力制御に長けた精霊剣ならば、私は最も速度に長けた精霊剣。私に追いつくのは不可能でしてよ」
あまりに早すぎる金属の精製。それこそがスノーホワイトの真骨頂なのだろう。これは非常に厄介だ。仕掛けがあるのならばそれを暴けばいいが――スノーホワイトの攻撃には秘密などなかった。確かな技術に裏打ちされた、力押しの力任せの力技である。
「休んでいる暇はなくってよ」
スノーホワイトが近くの棚を掴むと、異常な膂力で棚をこちらに投げつけてきた。僕は余裕をもって避け、狭い通路を走り抜ける。だがすぐに行き止まりに追い詰められてしまう。
「上しかないか」
三角飛びの要領で棚を駆け上がるが、途中でスノーホワイトに叩き落されてしまった。僕は背中から木箱に突っ込む形になる。今日はよく吹き飛ばされる日だ。すぐに起き上がり様子を見るが、スノーホワイトは姿を消している。
「まずいな、見失った……」
またどこかから不意打ちを仕掛けるつもりだろう。対面している状態ならばともかく、死角から攻撃されては防ぎようがない。
ここで僕は――全身から力を抜いた。この倉庫はそれほど広くはない。これまでの戦いであちこち移動させられてきたため、まだ近づいていなかった区域はここだけだ。つまり、このあたりにいるはず。
「そんな……っ!」
スノーホワイトの驚愕に染まった声が聞こえる。当然だろう。僕の死角から攻撃を仕掛けたはずなのに――僕に手を掴まれているからだ。
もちろん僕が反応したわけではない。僕はスノーホワイトの接近に全く気が付いていなかった。だから、僕の体を動かしたのは僕ではない。
ここまで近づけば感覚でわかる。近くの荷物の山に手を入れれば、慣れ親しんだ柄の感触があった。僕がそれを引き抜くと――。
「まったく、やってくれたわね。覚悟は良いかしら?」
褐色の肌に白い髪、白いワンピース。どこかから取り出したつば広の帽子を被れば――いつものメルの姿が、そこにあった。
スノーホワイトは僕の手を振りほどこうとするが、当然僕が離すわけがない。
「残念だけど、逃げられないわよ。マスターがちょうどよく散らかしてくれたおかげで、私たちの足元には木片しかない。いくらあなたでも、近くに金属がなければ攻撃を避けることはできないでしょう?」
「……ええ、無理ですわ」
メルがスノーホワイトの肩を叩くと、スノーホワイトの体が炎に包まれた。不思議と熱くないのは、メルが障壁か何かを作ってくれているからだろうか。
やがて炎が収まると、からんと音を立てて西洋剣が転がった。




