精霊剣と襲撃者
「きれいな川……!」
途中で何度か魔物をやり過ごし、森を歩くこと数時間、私たちの目の前には澄んだ川が広がっていた。向こう岸は見えるか見えないか、といったほどの幅がある。時折魚がジャンプしている様子も見える。
「ここまでくれば町までの道はわかりやすいわ。後は川に沿って下流に行くだけ。もっとも、それなりに距離はあるから、今日中に着くのは難しいかもしれないけど」
今日中に近場の町――城塞都市ガドまで歩くのは厳しいだろう。まあ、翔の身体能力なら走れば着くかもしれないが、そこまで急ぐ理由もない。
川に沿ってひたすら歩いていく。道中、マスターから質問があり、それに私が答えていくという場面が何度かあった。
「ねえメル。魔物ってどこから来ているの?」
良い質問ですね、と言いたいところを我慢する。それはともかく、魔物についてである。私は少し考え、答えた。
「魔物がどこから発生しているかについては、残念ながらよくわかっていないわ。わかっていることは、近くにいる生き物を襲うということだけ……要は何もわかっていないのと同じね」
どうやって数を増やしているのか。なぜ生き物を襲うのか。何も判明していない。
「魔石に関しても?」
「倒した後に残る魔石についても、それが有効活用できるということがわかっても、魔石が何なのかはわかっていないわ」
なんだかよくわからんが有効に使えるので使っている、というのが現状である。それで良いのかと思わなくもないが、わからないものはわからないのである。
「メルにもわからないことはあるんだね」
「それはそうよ。……というか、これまでの知識だって受け売りみたいなものよ」
「受け売り?」
しまった、余計なことを言ったかもしれない。私の知識がどこから来ているかについては、他の精霊剣について触れなければならない。他の剣に興味が移って私が捨てられては困るのだ。
とはいえ、言及してしまったものについては仕方がない。私は気まずさをごまかすように帽子を被り直し、説明する。
「木の精霊剣から聞いた情報がほとんどよ。彼女は他の精霊剣と違って独特の情報網を形成しているから、いろいろなことを知っているのよ」
シロウに作られた精霊剣同士は離れた距離にいても会話ができる。私が町までの道のりを知っていたのも同じ理由である。
などと話していたら、突然マスターが立ち止まり、辺りを伺い始めた。
「……どうしたのかしら?」
「いや、ちょっと……誰かに見られているような……」
気配を感じると。どこまでチート染みているのかと思ったその時。
ぐぁいん、と音がした。
「……え?」
思わず間抜けな声が出てしまった。私が気付いた時にはすでに剣と剣が鍔迫り合いをしていた。突如現れた襲撃者に対して、マスターが迎撃したのだろう。
「こ、のっ!」
マスターが力を込め、襲撃者を大きく弾き飛ばした。ここでようやく襲撃者の姿が見える。
「女の子……?」
マスターが疑問に思うのも無理はない。目の前の女の子の様子は、常軌を逸していた。
緋色のベストに黒のスカート。流れるような金髪は肩のあたりで軽く結わえてある。そこまではどこにでもいそうな普通な女の子だ。年のころは18歳といったところだろうか。
様子がおかしいのは、その右腕。正確に言えば、肘から先である。手に持った片手剣からでた触手が、右手と融合し、触手が生きているかのように脈打っている。赤い刀身に根元には大きな水晶。そして剣から発せられる熱気。間違いない。
「炎の寄生剣……! なぜこんなところに」
「寄生剣……?」
「簡単に言えば、魔物を自動的に排除するために作られた魔剣よ。詳しい説明は後でするから、今はこの場を何とかする方が先よ」
とは言ったものの、状況は非常にまずい。目の前の寄生剣も私を作った鍛冶師と同じ、シロウに作られたものだが、作られた時期が違う。私は初期に作られたものであり、炎の寄生剣は私を踏まえて作られた――要は上位互換に近い。その切れ味も頑丈さも上である。思えば、ここに来る途中に魔石が転がっていたのも寄生剣の仕業だろう。
アドバンテージがあるとすれば、私は魔力制御が得意であることと――マスターがいることだろう。寄生剣も宿主はいるが、様子を見る限り少女に自由意思はない。虚ろな目でこちらを見るだけである。
少女が剣を構えると、こちらへ突進してきた。それをマスターが受け止める。
ぐぁいん、ぐぁいん、と二、三度剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。……実をいうと、私はその速さに全くついていけてない。目まぐるしく攻守が入れ替わり、何度も剣がぶつかりあう。
「……っ!」
何度目かの鍔迫り合いで私は顔をゆがめることになる。痛みがあるわけではないが――自分が耐えられるかどうかわかる。あと何回か打ち合えば、折れるのは私の方かもしれない。
私の様子が伝わったのか、マスターの戦い方が変化した。受け止める方法から、受け流す方法へ。そして何度目かの攻撃を受け流した際に、少女が大きく体勢を崩した。そこにマスターの蹴りがまともにヒットし、大きく距離が空いた。
「仕切り直しはできたけど、さて、どうしようか……あれをおとなしくする方法、知っている?」
「あるにはあるけど……具体的には、あの子の腕を切り落とせば恐らく無力化できるわ」
「ちょっとそれは勘弁してほしいかな……魔物ならとにかく、人の腕を切るのは……」
「でしょうね」
もう一つ方法があるが、それは難しいだろう。さてどうするか。
「まあ、逃げるしかないでしょうね」
「それはそうなんだろうけど……逃がしてくれるかな」
「……難しいでしょうね」
ゆらり、と少女が剣を構える。どう見ても戦う気満々である。
「あ、そうだ」
マスターが声をあげる。何か打開策を思いついたのだろうか。
「うまくいくかはわからないけど……」
「何か思いついたのならやってみなさい。どうせこのままだと手詰まりよ」
そうだね、とマスターは頷き――森へと走り始めた。
「……え?」
まさか、森の中で撒くつもりなのか。運は絡むが、確かに平地で逃げ切るよりは可能性が高そうだが――――と考えたところで、気付く。
「魔物……!」
川に来る途中でやり過ごした、狼の魔物の群れである。前方には魔物。後方には寄生剣の少女。挟まれた形になった。
すると、マスターは軽くしゃがみ込み――――魔物を飛び越えた。
「うまくいってくれるといいんだけど……!」
着地した後も勢いを殺さずにマスターは走り抜ける。と、ここで私はようやくマスターの意図に気付く。やったことは単純で、魔物を囮にしただけである。
狼の群れに切りかかる寄生剣の少女を尻目に、マスターは走り抜ける。私は方向を指示しつつ、寄生剣が追いかけてこないか様子をうかがった。
――――どうやら逃走には成功したようである。少女の姿はどこにも見えない。
それでも安全をとり、スピードを落とさず走り続けた。マスターのチートはどうやら体力にも作用しているようで、息も切らさずトップスピードで走り続ける。
おかげで日が暮れる前に町へと辿り着くことができた。
「大きな壁……RPGとかでよくあるやつだ……」
見渡す限り続く城壁。この国でも有数の巨大都市、城塞都市ガドに到着した。




