魔法と不穏な影
日が落ちる前に野営の準備をすることにした。私は睡眠の必要がないし、野生動物に食べられる心配もないが、翔はそうもいかない。日が落ちれば眠くなるし、寝ている間に動物や魔物に襲われればひとたまりもない。……いや、このチートの持ち主ならば問題ないのかもしれないが。それでも準備をしておくに越したことはないだろう。
「言われた通り木の枝を集めたはいいけど、どうしようか。僕は火おこしの経験なんてないけど……」
マスターが不安げに言う。もちろんそのあたりも心配はない。
「火は私が起こすわ。魔力さえ貰えれば、種火を出すくらい造作もないことよ」
それくらいのことならば普通は精霊剣を使うまでもないし、魔法道具があれば十分なのだが、黙っておく。そもそもこの場に魔法道具はないので言う必要もないだろう。
「さあ、剣を手に取ってちょうだい」
マスターが剣を手に取り、剣先を集めた枯れ木に向ける。ここからは私の仕事だ。意識を集中させ、マスターから魔力を取り出そうとする。
だが、私は忘れていた。というより、まだ甘く見ていたのだ。マスターの能力を。
「――っ!」
魔力を取り出そうとした瞬間、想定以上の魔力が流れ込んでくる。――これはまずい。これ以上魔力が流れ込んでこないように、慌てて遮断をする。問題はすでに出てきてしまった魔力だ。扱いきれないからリリースする、ということはできない。何らかの形で消費する必要がある。
すべて炎に変換したら大惨事になる。せいぜいが半分くらいだろう。残りの半分はどうするか。そして炎を撃ち出す方向も問題だ。前後左右や上に打ち出せば、燃え広がる可能性も否定できない。
ならば下しかない。だが下に撃てばマスターも巻き込まれる。……いや、それでいいのか。余った魔力を変換してマスターを保護すればよい。やるべきことは決まった。魔力を炎に変えつつ、マスターを守る障壁も展開させる。自分で言うのもなんだが、こういった演算の速さも私の長所である。地味ではあるが。
結果を言えば、成功した。代償としてマスターが集めた木の枝は消し飛んでしまったが、火災になることはなく、マスターに怪我もなかった。
「……びっくりした」
「いや、なんというか、ごめんなさい。私のミスよ。マスターの魔力量を見誤っていたわ」
例えるならば、高い圧力がかかっているバルブを不意に開けてしまったようなものだ。溜まっていた魔力が一気に解放され、引き起こされた結果がこれだ。
だが、対策はできる。要は段階を踏んで、圧力を下げながら弁を開けばいいのだ。繰り返すが、魔力制御だけは得意なのだ。次はうまくやる。
「ごめんなさい。次は大丈夫だと思うから、もう一度木の枝を集めてもらえるかしら」
宣言通り、次は火を起こすことに成功した。詫びと言っては何だが、火の番と周囲の警戒を引き受けることにした。マスターは交代を申し出るが、そこは押し切ることにする。
「大丈夫よ、私は精霊だから睡眠は必要ないし。マスターは朝まで寝ていなさい」
「そこまで言うなら……お願いしようかな」
「ええ、私に任せてゆっくり休みなさい」
こうして夜は更けていく。今までと違うのは独りではないことか。寝ているとはいえ、近くには人間が――マスターがいる。寝顔を見るだけでも十分な暇つぶしにはなる。
「おはようマスター。いい夢は見れたかしら?」
「おはようメル。おかげでゆっくり休めたよ」
日が昇り、マスターが支度を整え始める。眠そうな目をこすり、手櫛で寝癖を整える。童顔のマスターがやると、何気ない仕草でもサマになっているように見える。
「もう少し歩けば川に出るから。そうしたら下流に向かってずっと歩けば城塞都市ガドに出るわ」
「城塞都市?」
「ええ。四方を城壁に囲まれた、それなりに大きな町よ。店や宿も充実しているから、町につけば良いものが見れるはずよ」
支度をするといっても、手荷物は私一人で、しかも男の支度である。準備はすぐに完了し、移動をすることになった。
異変が起きたのは一時間ほど歩いた時である。
「あれ……? 魔石が落ちている?」
少し開けた広場のような土地に、数個の魔石が散らばっていた。マスターはそのうちのひとつを手に取り、眺め始めた。
「僕の持っているものと似ているね……同じ魔物かな?」
「ええ、恐らくそうでしょうね。魔石は魔物によって色や形が異なるから、同じ魔石なら基本的に同じ魔物よ。……ただ、妙ではあるけれど」
「妙? 何が?」
「魔石が放置されているからよ。冒険者が倒したのなら普通は回収していくし、野生動物が魔物を倒すのはあり得ないわ」
魔石は基本的に金になる。しかもかさばらない。冒険者がいたのなら、放置する理由はないのだ。
「野生動物が倒せないっていうのは?」
「魔物はね、特殊な魔法……鍛冶師シロウの魔法がかかった武器でないと倒せないのよ。だから野生動物に魔物が倒されることはあり得ないわ」
「シロウって確か、メルを作った人だっけ?」
「ええ、そうよ。鍛冶師であり、魔法使いでもある人だったわ……できないことを探す方が早い人だったような気もするけど」
話は逸れたが、大事なことは近くに魔物を倒せる存在がいるということである。しかも、そいつは魔石を目的としていない。純粋に魔物を倒すことを目的としている。
「もしかしたら、用心した方がいいかもしれないわね。……うまく言えないけど、常識とは違う行動をとる何かが近くにいることは確実みたいだし」
だが、行動のしようがないというのも事実である。こちらには探索の方法はないし、そもそも魔物を倒した何者かはもう近くにはいない可能性だってある。心配するだけ損とは言わないが、心配しても意味がないという見方もできる。
「まあ、せっかくだし回収していきましょうか。楽できるときは楽をしましょう。町につけば、宿代や食事代、日用品に防具。出費は多いわ」
魔石を回収し、町を目指して再び歩き出す。うまくいけば日が暮れるころには川に、明日の日没には町に着くだろう。……だが悪い予感はなくならない。この森には何かがいる。そして、その予感は当たることになる。




