魔石と身体能力
「とにかく、移動しましょうか。ここにいたら、いつまた魔物が襲ってくるかわからないわ」
軽く帽子を押さえ、私の持ち主となった翔に言う。取りあえずの脅威は去ったが、再び魔物が現れないとも限らない。
「移動と言っても……どこへ行けばいいのか……」
「それなら安心して。一番近くの町の場所なら知っているから。……さっきも言ったように、歩いて三日はかかるでしょうけど」
うげ、と露骨にいやそうな顔をするマスター。そんな顔をされても私にはどうしようもない。歩いて三日かかるものは三日かかるのだ。とはいえ、先ほどの身体能力を見ると、一日で着いたとしても驚かない……いや、驚くな。そんなことができたら人間ではない。
「そうそう、出発前に魔石を拾っておきましょう。ほら、魔物が落とした紫色の水晶玉のことよ」
「紫色の水晶玉……これのこと?」
マスターの手には、直径が親指の長さほどの水晶玉が握られている。魔石。魔物の核となる鉱物である。
「そう、それよ。町に持っていけばお金になるわ。さっきの話からすると、あなた、お金を持っていないのでしょう? あって困るものでもないし、持っていきなさい」
「わかったけど……また魔物に戻ったりしないの?」
「しないわ。……正確に言えば、魔石が魔物に戻ったケースは報告されていない、だけれども。千年以上そんなケースはないから、安心していいわよ」
納得したのか、マスターは魔石を拾い始めた。倒した魔物の数はそう多くはないが、換金すればそれなりの値段にはなるだろう。町に着くまでに魔物に遭遇する可能性も考えられるし、金銭面の不安は取りあえず考えなくていい。
「ところで……魔石がお金になるのはわかったけど、何に使うの?」
「魔石はね、言わば純粋な魔力の塊なのよ。使い方によっては灯りにもなるし、暖もとれるの。……さて、出発しましょうか。ここからなら、太陽の出ている方角に歩けば湖があるわ。取りあえずはそこを目指しましょう」
「そうだね。わかったよ」
そういうことになった。
「ちょっと止まってくれる? 良いものがあるわ」
マスターと歩き始めて数時間。木々の合間を歩き続け、開けた場所に出たところである木を見つけた。五メートルほどの高さには果物が生っている。当然と言うべきか、人間が食べても害のない。それどころか栄養価の高いものである。
「ずいぶん高い所に果物みたいなのがあるけど……登るのは大変そうだし」
「その必要はないわよ」
そういうと私は、ふわり、と空を飛び、果物をもいだ。ある程度の距離ならばアバターを飛ばし、触れることができる。ただし、剣に触れることはできない。それさえできれば自由に移動もできるのだが、あくまで本体は剣ということなのだろう。あるいは製作者の悪意か。
「はい、どうぞ。そのまま皮ごと食べられるわよ」
マスターに果実を手渡すと、まじまじと見つめた後におそるおそる口にした。もっとも、一口でその美味しさに気付いたのか、あっという間に食べ終わってしまった。
「種は飲み込まない方がいいわよ。口から蔓が生えてくるから」
「口から?!」
「冗談よ」
うん、冗談を言い合えるくらいには関係も進んでいる。このまま私の有用性を適度にアピールしつつ、末永く使ってもらいたいものだ。
などと思っていたところで、マスターが妙な行動をしていることに気付く。二、三度屈伸したかと思えば、軽くジャンプしている。
「ええと、なにをやっているのかしら?」
「もう少し高い所に果物がたくさん生っているなと思ってさ」
「確かにあるけど……あそこまでは私も届かないわよ?」
私は空を飛べるとはいっても、剣から離れすぎることはできない。残念ながら見える位置にある果物には私でも手が届かない。……まさか私を投げる気ではないだろうな。さすがにそんなことをされてはたまったものではないし、私をどうやって回収するというのか。
「ちょっと試したいことがあって。身体能力が上がっているなら、ひょっとしたら……」
そう言ってマスターはしゃがみ込み、次の瞬間、思い切り飛び上がった。目的の果物が生っている枝を掴み、減速させる。
「な、な、なにを……」
いや、何をしたかはわかっている。木の枝まで、十メートル程ある高さを、一息で飛んで見せたのだ。だがちょっとまってくれ。それは、なんというか、人間がやっていいことではないだろう。
当の本人は、なにやら上機嫌である。「メルの力で本当に身体能力が上がっているみたい」などと言っているが……何度でも訂正したいが、私にそんな力はない。全てこのマスターの地力である。……神からチートでも貰ったのだろうか。
マスターは片手でぶら下がったまま器用に果実を回収している。跳躍力だけではなく、握力も上がっているのだろうか。疲れた様子もない。そのまま果実の回収を終えると「よし!」と満足そうに声をあげ、木の幹を利用して三角飛びの要領で着地をした。
「なんというか……でたらめね」
「……え?」
意外そうな顔をするな。キョトンとした顔が意外とかわいいのがなんとなく腹が立つ。この世界の人間も十メートル以上跳躍なんてしない。剣と魔法のファンタジー世界だが、マスターがチートなだけである。一般人の身体能力はもっと下だ。
「普通の人はそんな高さまで跳躍しないわ。覚えておきなさい」
「うーんそうか。つまり、メルの力はそれだけ凄いってことなんだね」
いや。いやいや。だから違う。とはいえ、否定しても信じる気配がない。もういいか。私の手柄ということにしても、話は問題なく進むだろう。なにか致命的な問題を先送りしただけな気もするが、積極的に無視しよう。
「……満足したなら先に進みましょう。もうすぐ湖が見えるから、そこで休憩にしましょう」
なんだかマスターの身体能力を考えると私は不要な気がしないでもないが……いや、まだアドバイザーとしての地位と魔力の制御というアドバンテージがある。私の居場所はあるはずだ。
……フラグのような気がしてならない。




