1-7 一瞬の幻想
話を聞いて、βテストのときに何かあったんだろうか……。とかのんきな事を考えていたら、不意に何かが悲鳴を上げるような声が聞こえてきた。
どうしてかその悲鳴が凄く気になって、音の聞こえて来た方に顔を向けてみるとそこには、
「せいっ!!!!」
それはそれはもう楽しそうに、自分の身の丈を超える程の大剣をイキイキと片手で振り回しているシズクと、断末魔を上げながら真っ二つに切り裂かれまくっている大量のプルプルした物体だったものが見えた。
少し目を離しただけなのに、何でこんなことになってるんだろう。
というか、いつの間にこんなに湧いたの、このプルプルした子達。軽く小山になるくらい集まってるんだけど。
シズクもシズクで、なかなかに凄いことしてるし。
ほんと、あれをよく片手で振れるなぁ。私と同じ位に腕は細い筈なのに、よくもまぁあんなに軽々と振れるよね。いや、ゲームの中だからSTRの差なんだろうって言うのはわかるんだけどさ、なんだか理不尽に思えるんだ。うん。
おー、一気に5匹切り裂かれてった。凄い凄い。
「うっわ、なんだこれ。なんでこんなにスライム湧いてるんだ? って、ちょっと待てシズク、その勢いで全部倒すなよ! 俺たちが倒す分が残らなくなる!!」
私が軽く現実逃避気味にシズクの戦闘を楽しみ始めた頃、ようやくキョウが異変に気付いて慌てて止めに入ったけど……。あれ、絶対に聞こえてないよ。まさに聞く耳持たず。
テンション上がりすぎて周りも見えてないみたいだし、どうしようもないね。
あー、あれだけたくさんいたのがもう半分以上倒されてるけど、また続々とポップし始めているみたい。
流石にただ見てるだけなのもあれだし、楽になるようにシズクから少し離れた所にいるのを狙って倒していこうか、巻き込まれないか少し不安になるけど。
えーっと、あの辺りのならまだ大丈夫かなー。と、キョウと一緒にシズクの討ち漏らしや、新たに湧いて不意をついて来たのを倒しながら着々と群れの端っこの方にだいぶ近づいた時、シズクの方を向いていたはずの、目星をつけた辺りのスライムが一斉にこちらを向いたかと思うと、もの凄い勢いで飛び掛かってきた。
「へ? え、ちょ、待って!?」
さっきまでぬるーっと動いてたものがいきなり突撃してきたことに驚いてしまった私は、そのスライムを切り払うのではなく、思わず剣の腹の部分で反射的に叩き落した。
叩き落すというその行動が原因だったのか、それともスライムが突撃してきたのが悪いのか。今となっては、それはわからない。
けれど剣で叩き落したその瞬間、急に意識が遠くなっていき、何かが私の感覚を奪っていった。
そして脳裏に、私の知らないけれど、どこか懐かしいような映像が流れ始め、一人の声が聞こえた。
『スライム系の魔物が飛び掛かって来た時、一撃で倒せないようだったらこうやって腹を使って叩き落すのが一番安全だ。倒せない状況で下手に斬っても、二つになったまま飛んで来て張り付いてくるし、更にそのまま一つに戻って襲い掛かってくるから』
それは、優しい声。懐かしいと感じる声なのに、生まれてから一度も聞いたことのない奇妙な、だけど確かな安堵を覚える不思議な声。
それは、懐かしい景色。確かに知っていると感じるのに、私が一度も見たことのない光景。
奇妙だけど、どこか不思議で安心するような映像はまだ続いている。
『ん? 魔物であろうと倒す気は無いって?
大丈夫、わかってるよ。
だけどさ、向こうはそんなことはお構いなしに襲い掛かってくるんだ。なら、こうやって殺さないように対処することも出来るって知っておくのも大事だろ。な? ――――――』
わからない、この声は誰の声? わからない。私にこんな記憶は無い、知らない。こんなに優しそうに話しかけてくる男の人を、私は知らない。
だけど、私はこの男の人を、この人を、いつかの私は確かに――
「――ア。おい! しっかりしろトア!!」
「ひゃあ!?」
自分でもよくわからない何かに意識をのまれかけた時、誰かに耳元で叫ばれたことで何とか意識が戻ってくるのを心のどこかで感じていた。
確信は無いけれど、あのままだったら今の弱い私は『私』にのまれていたかもしれない。そしてそれは、私と同じ『私』だけど、決して私と同じではないという確信がある。
その証拠かわからないけれど、不自然なまでに動悸が激しいし、呼吸も荒くなっている。
「お姉ちゃん大丈夫? あの水色のを叩き落したと思ったら急に動かなくなるし、呼吸も荒くなるしで……」
私がスライムを叩き落した所を見ているという事は、シズクは私がスライムを叩き落した頃には相手していたのを全滅させてたらしい。私が襲われてた時には、まだ20匹くらい相手してたと思うんだけど。
とりあえず、私が意識を失っていた時間はそこまで長くなかったみたいだけど、二人をかなり心配させてしまったみたいだ。
だけど、さっき起きた現象を説明する気はどうしても起きない。
心配させたくないって訳じゃないんだけど……。んー、なんて言えばいいのだろうか説明できないし、たぶんこれは自分で気付く必要がある気がするから。何をって言われると自信は無いけどさ。
だから今は、誤魔化してしまおう。
「ごめんね、二人とも。だけどもう大丈夫だよ、今は何の問題もないから。ね?」
「そっか、大丈夫ならいいんだ。だけど、無理はしないでくれよ」
「うん、わかってる」
これでこの話は終わりと言うようにキョウが手を打ち鳴らした後、少し納得がいっていないというか、結論は出てるんだけどそれに納得できないって顔でシズクの方を向いた。
キョウが気になってるのは、おそらくさっきまでの惨状の事だと思うんだけど。あれはそんなにおかしい状態だったのかな。
……ああいや、確かにおかしいか。何も居なかった筈の場所に、いきなり数十匹単位でスライムが湧いたのはどう考えてもおかしい。
「でだ、シズク。さっきのあれは、たぶんお前が原因の一端じゃないかって俺は思ってるんだが。どうだ?」
「どうだって言われましても、私にもわからないですよ。目の前にいきなり出てきたから倒してただけですし。……まぁ、だいぶはっちゃけてた自覚はありますけど」
「そっか……。シズクが原因じゃないのなら、一体何が原因なんだか」
その後すぐに、何かを確認していたらしきシズクが急に狼狽えだした。何があったの。
ああそうだ。ほとんど役立たずだったけど、今の戦闘でどれだけ経験値入ったんだろう。
殆どシズクがだけど、数十匹余りを倒したのだからそれなりの量が入ってると思うんだけど。今すぐには移動しないみたいだし、確認してみよう。
さて、どうなってるだろう。
NAME:トア Lv3 残SP:1
HP:640、MP:312、ATK:164、DEF:118、INT:156、MIND:140、STR:121、VIT:142、DEX:148、AGI:162
武器スキル:剣、触媒
魔法スキル:なし
補助スキル:下位DEF強化、熟練度上昇量増加(50Lvまで)
あれ、二つもレベル上がってる。
なかなかにレベルが上がりにくいらしいってシズクに聞いてたから、上がっても精々一つくらいだと思ったんだけど。最初はまだ上がりやすいのかな、やっぱり。
のんびりとステータスを確認しつつ、次に何を取ろうか考えるためにスキル一覧を開こうとしたとき、シズクが未だに悩んでいるキョウに申し訳なさそうな顔をしながら口を開いた。
「あの、キョウさん」
「ん、どうした?」
「ごめんなさい。たぶん、さっきのは私が原因だったみたいです……」
そう言いながら、シズクがこちらに向けて来た画面を覗き込んでみると、そこには一つのスキルが表示されていた。
・潜在スキル:永遠の宿敵
魔に属し、人に仇なす存在を統べる者と永劫の宿敵であることを示す証。
発動条件:ランダム、発動確率は極低(確率にはスキル個体差あり)
スキル内容:発動した瞬間から一定時間、所有者の周囲に存在するモンスターのヘイト値を集め、なおかつ周囲のスポーン速度を促進させる。
発動条件が極低確率のランダムのため、発動した場合スポーン速度促進の効果は最大となる。
なるほど? つまり、このスキルの効果が偶然にもついさっき発動して、その結果があの数十匹の大群って訳なんだ。
なんというか、難儀なスキルだなぁ。――ってちょっと待って『潜在スキル』ってなに? そんなスキル見た記憶無いんだけど。
見覚えのない項目に頭を傾げてる横で、キョウが手で顔を覆いながら天を仰いでいた。何してるんだろうこの人。
「あー……。そっか、やっぱりあったのか『潜在スキル』。実際に見たことないから、噂の産物でしかないと思ってたんだけどなぁ。それと、これは俺の予想だから答えなくても良いんだけど、ATKとSTRの値が高いのもそれが原因だろ」
「ええまぁ、そうですね。違うスキルも増えてました、そちらは流石に言わないでおきますけれど」
「懸命だな。いくら仲が良くても、ゲームの中では隠しておいた方が良いのもあるし。例えば、最初の今はまだ良いけど成長してきた後のスキル構成とかは特に」
スキル構成って隠してた方が良いんだ。
なんでだろう、少し考えてみようか。ゲーム始めてからは聞いてばっかりだったし。
とりあえず、スキル構成が知られた場合の弊害を考えてみれば良いのかな。
それを前提に考えると、知られるのは他のプレイヤーって事で。すると、スキル構成が知られた場合推測されるのは戦闘時の立ち回り――スタイルって事か。キョウも言ってたもんね、スタイルは人の好みだって。
つまりスタイルは人それぞれにあるんだから、それを推測することが出来るのがスキル。スタイルを推測することで出来るのは、そのプレイヤーに対する傾向と対策。
なるほど、ここまでくれば推測は簡単かな。
プレイヤー対策をすることで得するのは、狩る側の人間……。そっか、プレイヤーを狩る人に情報を出来る限り与えないって事だね。そういえば、他にもPvP? 大会って言うのが開催されることもあるらしいから、それで不利にならないようにするってのもあるか。
結論としては、やっぱり情報は大事な訳か。納得。
一人で納得して満足していたら、もう次に移動しようとしているところだった。
「それじゃあ、次からはある程度こっちメインで狩るから、シズクはほどほどに頼むな」
「わかってますって、大丈夫ですよ」
私が考え込んでた間に色々と決まってた、酷い。
いや、ずっと考え事していたんだから仕方ないんだろうけど……ね? うん。
「どうしたの? 行くよ、お姉ちゃん」
「あ、うん」
いつの間にか先を進んでたキョウに置いて行かれないよう、慌てて追いかけ始めて数分ほど歩いたところで、キョウが急に立ち止まった。
「ちょっとストップ」
そのまま辺りを見回したかと思うと、ある一点を見つめ始めた。
何を見ているのか気になって同じ方向をじーっと眺めてみると、何やら小さめの人影らしきものが複数見て取れたけれど、あれは何だろう。人にしては子供くらいの大きさしかないし、プレイヤーにも見えない。
更に目を凝らしてみると、その影は人では無くてモンスターであることがわかった。明らかに人の肌色じゃないや、あれ。
そのモンスターの姿は人と似通った形をしていたけれど、その容貌などは確実に人とは異なっており、パッと見てすぐに子鬼を連想させるような姿をしているし、肌の色は薄黒い緑色をしている。
「お、ミニゴブリンだ。……けど、随分と大きい群れに出くわしたな」
パッと見る限りでは、さっきのスライム群に比べるとその数は全然少ないけれど、それでも十分な数の群れらしい。
まぁでも、最初の方で十匹からなる群れは普通に大きいよね……。さっきので少し感覚が麻痺したのかな。
「じゃあさっきの通り、今回シズクは手を出さないでくれよ? ――ああ、そうだ。ついでにアーツの説明するか」
アーツかぁ、そんなものもあったね。
確か杖と触媒以外の武器にあって、初期アーツ以外は武器スキル熟練度の上昇具合で獲得できる……んだっけ?
「一応これは知ってるだろうけど、アーツにはそれぞれクールタイムやら消費MPがあるのはわかってるよな」
「うん、その程度はちゃんとわかってるよ」
クールタイムはアーツ・魔法の使えない時間で、消費MPは読んで字のごとくそのまんまの意味。大丈夫。
「よし、なら後教えるのは一つだけだな。アーツの発動方法。これは意外と感覚的に発動させるからか、細かい事まで書かれてないし」
あ、確かに曖昧な事ばかりで詳しくは書かれてなかった。そのせいで、どうやって発動させればいいかいまいちわからなかったんだよね。
でも、感覚的ってどういう事だろう。そんなの書いてなかったけれど。
「習うより慣れろってな。すぐに慣れるさ、二人なら。
で、具体的に簡単に言うと、対象のアーツを使うって考えながらモーションを取ればそれで発動する――こんな感じにな」
と、言うなりすぐに、キョウは剣スキルの初期アーツ『クロス』を発動させた。その動作が余りにもなめらか過ぎたせいか、『クロス』の初動モーションがどんなものかを判別することは私には出来なかったが。
「考えながらモーションを取るっていうのが、人によってはなかなか難しいらしくてさ。だから、感覚的に発動させるって言う方が説明的には正しいんだ。
まぁβのときは意外と知らないのが多くて、そのせいか情報サイトにもあんまり載せられて無かったんだよな」
その流れで、技の名前を叫びながら発動させようと迷走するのも出て来たしなー。とか、キョウがしみじみ呟いていた。
というか、教えてはあげなかったんだね。いや、義理も無いんだから仕方ないんだろうけどさ。
「僅かな情報とは言えでも、情報は十分な武器だからな。さて、それじゃあ行こうか!」
また心が読まれた様な気がするけど、もう気にしない。気にしないったら気にしない! キョウに促されたまま、モンスターに向かって一緒に飛び出していった。
――なんだかシズクがもの凄く不満そうな顔をしていた気がするけど、それも今は気にしない。
これくらいだったら前話と繋げても良かったかなって思いましたが、もう分けてしまったので後の祭りです。
それでは第4回……でしたっけ。の単語解説コーナーです。
潜在スキル:武器・魔法・補助スキルの3つに縛られないスキル項目。全てのプレイヤーが必ず一つは持っているらしい。
アーツ:杖・触媒スキル以外の武器スキルごとに設定されている必殺技のような物。武器スキルの熟練度具合によって、二つ目以降のアーツは解放されていく。
次話は、ようやくまともな戦闘シーンになると思います。
それでは、また次話でお会いしましょう。




