2-3 待ち合わせ
翌日、クリアと約束した通りに遊びに行く日。
私は今、待ち合わせ場所の噴水広場でクリアを待っている。
今日は午前中から遊ぶことにしていたから、途中でお昼を食べるために一度ログアウトするなんてことは無い予定だったり。
シズクたちも午前中からずっと遊び通しにするつもりらしくて、遭遇しなければ今日はもう晩御飯の時までは会うことは無いはず。
「トア、お待たせしました!」
そんな今日のこれからの予定などを考えていた時、背後にあるポータルの方から私を呼ぶ声が聞こえてきた。
声の方に振り向いてみると、そこにはこっちに向かって来ているクリアがいた。
「大丈夫、別に待ってないよ。――今日はいつもと服が違うんだね」
「ええ、まぁ。遊びに行くというのに、堅苦しい格好は違うですし」
ああ、それもそうか。
確かにいつものクリアは、淡い緑色の半袖のシャツと水色と黒色のラインが入った白のジャケットに金属のアームカバー、皮の胸当て、茶色のクォーターパンツに膝近くまでのブーツを装備している。
後はそれに、殺傷力のかなり高そうな金属のパーツがブーツに取り付けられていて、最近では手甲も装備してたっけ。
けれど、今は白くて裾の長い半袖のワンピースに水色のサンダル、麦わら帽子をかぶっていて、左手首にはブレスレットを付けて、なかなかに涼し気な格好をしている。
それとあれは……ホットパンツかな?
「そういうトアはいつもと変わらないんですね」
「これ以外に服とか持ってないから、仕方ないって」
今の私の格好は、いつもの装備からアームカバーと籠手、武器を外して、コートとレギンスを脱いだだけ。
実際に他の服が無い訳じゃないけど……まぁ、ただの初期装備だしね。
それを考えればこれ以外に服が無いのは本当の事って言って良いよね、たぶん。
それに、何で服を買わないかって言うと、着替えることの手間とか、ログアウトすることとかを考えれば他に服を買う必要なんてないし、買うだけお金の無駄になると思うっていうだけの理由。
けど、こういう日があるのなら、買っておいた方がよかったかな。いや、でもこれはこれで普通に私服としては問題ないだろうし、別に買わなくても良いか。
「他に服を持ってないんですか?」
「まぁね、これでも十分だと思うし」
「確かに私服としては十分に見えるでしょうけど……もう少し気を使っても良いんじゃないですかね」
「そう?」
「ええ。容姿も整っていて可愛いんですから、もっと着飾っても良いと思うんです」
……私が可愛いって言われても、よくわからないや。
自分の外見なんて、あの日を境にしてもう気にしたことなんて一度も無かったし、気にしたところで寝ぐせとかの身だしなみ程度だしなぁ。
と、自分の体を見ていたら、なんだか呆れたような苦笑をされた気がする。
「ですが、トアがそれで良いというのなら、私が強制することは出来ませんが」
「んー……そっか。だったら別にこのままで良いんじゃないかな」
「わかりました。けど、また今度このような機会があれば、次は服を見ましょうね」
「わかったよ。――っと、そうだ忘れてた」
「どうしたんですか?」
そうだそうだ、自分の服装について気を取られたせいですっかり忘れてた。
せっかくこうしてオシャレをしてくれたのに、これを言わないなんてね。
改めてしっかりとクリアの格好を見てから口を開く。
「うん、良く似合ってるよ」
中世風の世界にしては、意外と現代風の服装が多いのはちょっとだけ気にはなるけど、こうやって綺麗な人が着飾れるのは良い事だと思うから、問題は無いか。
「この服、お気に入りではあるんですけれど、なかなか着る機会もなかったですし……。何より、あんまり似合ってないんじゃないかと思ってたので、そう言ってもらえて嬉しいです」
「そんなこと無いよ、凄く似合ってる」
「――ありがとうございます」
そう言って、はにかむように笑ったクリアの姿は――なんだかとても可愛いと思った。
この気持ちは、いったい何なんだろう。初めて感じた気がするのに、そうじゃない気もするけど……よくわからない。
でも、そのことに急に気恥ずかしく感じたからか、少しだけ噛みながらも口を開く。
「じゃ、じゃあ、さっそく行こうよ。時間ももったいないし」
「はいっ」
うー……顔が熱い。本当にどうしたんだろう、これ。
「それで、今日はどこに行くんですか?」
目的地に向かって歩き出してすぐに、そうクリアに聞かれた。
そういえば、話してなかったっけ。
「えっと、まずは南の大通りで買い物してから、早めにお昼かな」
買いに行く物は、後から行く場所で必ず必要になる物。
昨夜に下調べした時はてっきりあの場所でしか買えないのかと思ったけど、諦めかけた時に見つけることが出来たのは幸いだった。
外から見る限りでは値段もお手頃みたいだったし、特に問題は無いと思う。
けど、不安なのは……変なデザインの物が主流じゃないかどうかだけってところかな。普通のデザインが一般的だと嬉しいんだけど。
「いったい何を買うんですか?」
「着いてからのお楽しみだよ。でも、午後から行く場所に必要なものって事だけは教えておくね」
「? わかりました」
まぁ、だからと言って他の物を見ない訳でも、買わない訳でも無いけどね。
途中途中で気になったものがあればそれを見るのも良いし、探してる間に気になる食べ物もあったからそれを買い食いするのも良いんじゃないかな。
「なんだか、こういった事は新鮮ですね」
色々と考えながら他愛ない話をしつつのんびり先へと進んでいると、クリアがふと思い出したようにそう呟いた。
その顔は嬉しそうな笑顔を浮かべていたけれど、どこか寂しそうな、悲しそうな色も少し混ざっているように感じられる。
「新鮮って、クリアはこういった経験は無いの?」
「ええ。恥ずかしながら、目覚めてからはずっと働いてばかりでしたし、眠りにつく前もこういった風に出かけることは無かった気がします」
ああ、なるほど。
だからさっきみたいな顔をしていたんだね。
でも、それなら――
「――そっかぁ。なら、私と同じだね」
「トアもですか?」
「うん。でも、私の場合は仕方が無かったんだけどね」
「そういえば、厄介な体質を持っているんですっけ」
クリアが言ったように私はこの体質のせいで、シズクとかと小学生の頃までに連れていかれて公園で遊ぶって以外では、外に遊びに行くって事は本当に無かった。
私が気を使っていたって事もあるんだけど、下手に外に出て機械に触れて壊したりなんてしたらいくら弁償するかもわからなくなるし。そんなことになるくらいなら、外に遊びに行く意味も無かったから。
だから、基本的にはシズクやキョウ、エルたちが外で何をしてきたっていうのを学校とか家で聞くばっかりだった。
けど、こっちではそういった事に気を使うこともないから、正直なところ約束してからずっと楽しみだ
ったんだよね。
友達とこういう風に街とかに遊びに行くなんて初めてだから。
「そうそう。だからね、こうやって友達と一緒に遊びに行けるなんて、想像もしてなかった」
まぁ、初日にシズクと観光はしたけどね。
だけどあれはノーカウントでしょう? だって、シズクは家族なんだし。何より遊びに行った訳でも無いんだからさ。
「では、ある意味では初めて同士って事ですね。私たち」
「んー……それは何か違うと思うよ?」
「そうですか?」
「うん」
思わず、二人して立ち止まって顔を見合わせる。
そしてそのままの状態で見つめ合ったままで一分程がたった頃、なんだか可笑しくなって二人同時に笑いあった。
こういった経験も無かったから、凄くくすぐったい。
少しだけ和んでから再び先へと足を進めると、視界にちょっとした屋台が入ってきた。
ちょっと寄って行こうか。
「ねぇ、クリア」
「どうしました?」
「あれ、食べていかない?」
そう言って私が指を差したのは、クレープの様な食べ物を売っている屋台。
どんな物なのかはいまいちわからないけれど、昨夜見た時にちょっと気になってたんだよね。お店自体は閉まってたわけだけど。
看板をちらっと見た限りでは、デザートというよりは軽食に近いのかな。あれは。
って、それだとクレープよりトルティーヤとかが一番近いのか。
「グレイヤですか、良いですね」
「グレイヤ?」
「ああ、トアは知らないんでしたっけ。複数種の穀類の粉を水に溶かして混ぜ、薄く焼いた物でお肉や野菜を巻いた物です」
「へー」
なんというか、話を聞けば聞くほどトルティーヤみたい。
……あれ、トルティーヤって生地だけだっけ? それを使って具材を巻いた物になるとブリートって言うんだっけ。で、二つ折りにしたのがタコスだったっけ。あんまりその辺りは詳しくないから、よく覚えてない。
それに、確かトルティーヤはトウモロコシの粉末か小麦粉だけで作るんじゃなかったっけ?
だとすると、やっぱり似て非なる物だね。
「シャーリーはこういった物を出すことは無いので、食べるのも久しぶりです。個人的なおススメはスパイスチキン系ですが、トアには厳しいですかね」
「そうだね、辛いのはどうにも駄目だから」
この前の辛いパスタを思い出して、ちょっと口の中がヒリヒリしてきた。
甘口のカレーですらだいぶ辛く感じるからね、もう相当なものだよ。
そしてお店の前まで来て、メニューを前に二人して悩み始める。何が美味しいんだろうか。
思った以上に種類があって、意外と目移りする。
コロッケみたいなのを巻いてるのとかローストビーフなんてのもあるし、もう何でもありだね。
というか、こっちの料理と同じ名前の物だったり、料理としては同じなのに全然別の名前だったりしてなかなかに興味深い。
でも、いい加減に決めないと。えっと……あ、これが良いかな。
「よし、決めた。クリアは結局どうするの?」
「私も決まりましたが、たまには違う物にしてみようかと」
「そっか。それじゃあ、このボロネーゼソースのチキングレイヤと――『フォーティ牛と夏野菜サラダのグレイヤで』――お願いします」
「かしこまりましたー、二つ合わせて870ガルドになります。――はい、丁度ですね。それでは、あちらに座って少々お待ちください」
フォーティ牛……フォーティアス特産の銘柄牛か何かだろうか。
そっちもちょっと興味あったけど、やっぱり鳥の方が好きだし、鶏肉をボロネーゼソースで食べるってなんだか新鮮だったから気になって。
そんなこんなで言われた通りに隣に備え付けられたベンチで座って待つこと数分、店員さんが両手にグレイヤを持ってやって来た。
思ってたよりも早かったね。
「お待たせしました。こちらがボロネーゼソースのチキングレイヤで、こちらがフォーティ牛と夏野菜のグレイヤになります」
「ありがとうございます」
「食べ終えた後の包み紙はこちらにお願いします。では、ごゆっくりどうぞ」
とだけ言って、店員さんは店番に戻って行った。時間帯が時間帯だから、あんまりお客さんが来る気配は無いけど。
ゴミの処理とかもちゃんとしてるんだね。もしかして、ポイ捨てとかしたら罰金とかってあるんだろうか。等と考えつつ、さっそく一口食べてみる。
「あ、美味しい」
この料理の一つ一つはどれもシンプルな物だけど、だからこそ美味しさの差が際立つ料理だと思う。
そんな料理が普通に美味しいって事は、このお店は当たりだったのかな。
けど、何かちょっとだけ物足りないというか、味が少しだけ変な気がする。何だろう、凄くもやもやする。あとちょっとで出てきそうなのに。
んーっと……あ、そっか。このボロネーゼソース、野菜が少なめなんだ。
だから、お肉の味が少し強めに出てるのが変な癖になってるみたい。
「ん、なかなかに美味しいですけれど、他と比べるとグレイヤの味が少し薄いみたいですね」
「そうなの? 私はこの位が好きだけど」
「はい。ですが、私もこのくらいが好きですかね。グレイヤの味が変に濃いと、全体の味も悪くなってしまいますから。一度だけ外れを引いたことがあるんですが……それはもう、酷いものでした」
あー。確かに、シンプルな物ほど外れは酷いよね。
私も何度か遭遇したことはあるけど、食べきるのがとても大変だったし。
うん、まぁ……その時のクリアも大変だったんだね。顔がすっごく歪んでるから、よーくわかるよ。
「クリア、そっちはどんな味なの?」
「食べてみますか?」
「うん」
と、許可をもらったので差し出されたグレイヤを一口食べてみると、噛んだ瞬間にお肉から肉汁が溢れ出した。
けれど、決して脂っこいわけでは無くて、なんというかどことなく甘みを感じる。
そしてその油が一緒に巻かれていた野菜に絡まることで、野菜の旨味を更に引き出し、そしてまたお肉の味が野菜によって引き立てられて旨味が増していく。
これが、料理における連鎖反応……旨味が更なる旨味を引き出して、止まることを知らない。
フォーティ牛、なかなかに凄い食材だったみたいだね。流石銘柄牛。
「これ、すっごく美味しい」
「トアの口にあったようで良かったです。では、私もそちらを一口貰っても良いですか?」
「もちろん。そっちに比べると、ちょっと見劣りするかもだけど」
クリアに、私の方のグレイヤを差し出す。
そう言えば、こうやって食べさせ合いをするのって何気に初めてかもしれない。と、クリアが一口食べるのを見ながら思った。
……私も、あんな体質が無ければ向こうでもこうやって普通の女の子として、青春を謳歌できたのかな。――いや、そうなったらそれはもう私じゃない、か。
「――少し癖が気になりますが、こちらもなかなかに美味しいですね」
「だよね。ここを選んで正解だったかな」
「ええ、ここまで美味しいグレイヤの屋台はそうそうありませんからね」
今は、ただ楽しもう。
さっきみたいなことは一切考えないようにして、新しい事をクリアと二人で知って行けばいいんだから。
そして、また他愛ない話を続けながら残りを食べ進め、私たちは次の目的地へと足を進め始めた。
それでは久しぶりの単語解説コーナーです
・グレイヤ
フォーティアスだけでなく、色々な街で食べられている物。
複数の穀類の粉を水に溶かして混ぜ合わせたものを薄く焼いた生地で、野菜や肉などをこれで巻いて食べる。
これを焼く専用の機材も売られている。
(ちなみに、グリルとトルティーヤをくっつけて作った造語のようなものです)
それでは、今回はここまでです。
次話投稿は、明日の予定となっています。




