4-1 夢の真実
気が付いたとき、私は凍り付いた木々に囲まれた、不自然に開いた広間の中心で力なく座り込んでいた。
そこは全くと言って良いほど知らない場所だけれど、不自然なほど見慣れた光景。
(ああ……また、この夢か)
私は、また同じ夢を見ているらしい。
この夢の中で、私に取れる行動は何もない。ただ、この夢の主人公である姿も知らないこの子の動きを追うだけ。
そして、いずれ現れる青年と巡り会った瞬間に目が覚める。
私には、思考する以外は見ていることだけしかできない。
何も聞こえないし、触ることも出来ない。そこにあるだけの夢。
――今回も、そうだと思ってたんだ。
(……あれ、なかなか進まない)
いつもなら、始まってすぐに立ち上がって何処とも知れずに、覚束ない足取りで彷徨い始めるのに。
いつもの夢と何かが違うその状況に困惑していると、更に私を混乱に陥れる事が起きた。
「わたし、は……なに、を? ここ、は、どこ?」
(喋った!? いや、それよりも声が聞こえた? なんで?)
今回の夢は、確実にいつもとは違う。
こんな状況から始まったこともないし、声が聞こえたことすらも無い。本当に何が起きてるの? いや、それ以前にこの少女は誰?
さっきの声、知っている気がするけど……どこで聞いたんだろう。よく聞いてる気がするんだけど。
「わた、し……わたし、は? だれ、だろう。なんに、も……わかん、ない」
(何もわからない、か)
この子は記憶が無いのか、元から何も知らないのか。どっちなんだろう。
でもどちらにせよ、この場所に来るまでの間に何かがあったんだろう事はわかる。そうじゃなきゃ、ここまで話し方がたどたどしくなることもない筈だから。
「にげ……ろ? わか、らない、けど……いか、なきゃ」
呟いて、少女はふらふらと立ち上がる。
「でも、どこ……に? わか、んない。それ、でも……いかない、と」
そして、少女はいつもの夢のように当てもなく、覚束ない足取りで歩き始めた。
けれど、その道程はいつもとはまるで違うものになってしまったが。
少し歩くたびに、少女が泣きそうな声で助けを求めるけれど、その瞳からは決して涙は溢れそうにもない。感情は生きてるのに表情が死んでいるみたいで、口からはただただ悲痛な声だけが零れ落ちる。
「だれか、たす……けて。こわい、よ。もう、やだよぉ……」
(いつも見ていた夢だったけど、声が聞こえるかどうか、この子の感情を知れるかどうかで感じ方がこんなに違かったんだ。まさか、こんなに悲痛な夢だったなんて思っても見なかった)
いつもは声なんて聞こえないから、この子の感情を知ることも出来なかったし、風景の全く変わらない、気にはなるけどつまらない夢だという感想しかなかった。
でも本当は、この子にとってはとても辛い状況で、頼りになる人もいない孤独な状況で、助けを求めていたんだ。
だけど……だからこそ、更にこの夢は気になる。
この悲痛の声を聞いてると、今まで以上にこの夢は空想でも妄想でもない、本当にあった現実だって心が叫ぶのだから。
「だれ、か……。もう、あるけ、ない……。あし、が……うごかな、い。めも、みえな、いよぉ……」
(見えない? 私は見えるけど……もしかして、この子の視点なだけで視界自体は共有していない?)
歩き始めてから、どれ位の時が経ったのだろうか。
具体的な時間はわからないが、先に進んでいくごとにどんどんと歩く速さが落ちてきている。
もう、まともに踏み出すことも出来ていない。
「だぇか、たぅ……けて」
(口も動かなくなってきてる……。ここまで酷い状態で歩いていたなんて)
いくら声が聞こえないからって、今日まで何度も見ていたのに気づけなかった自分に腹が立つ。
それが見当違いな怒りであることもわかってるけど、それでも許せない。
「おい! 誰かいるのか!? 聞こえるなら返事をしろ!!」
自分に向けた理不尽な怒りが爆発しようとした、丁度その時。遠くから声が響いてきた。
その声をどこかで聞いたことがあるような気がしたけれど、今の私にそんな判断をするだけの余裕はなくて、少し引っかかりを感じるだけに終わる。
「――!! 本当に声が聞こえたのか!?」
「ああ! 間違いない!! 微かにだけど聞こえたんだ!! ――――、何か探知できるような魔法は無いのか!?」
「マナが濃すぎて無理だよ! この森、前までこんなにマナの濃度は高くなかったのに!!」
名前を聞き取ることは何故かできなかったが、最初に声を上げた主は、この少女が零した小さな声を聞き届けたらしい。
声を張り上げて、あらゆる手段を使ってでもこの子を探そうとしている。
(そっか。この声の持ち主が、いつも最後に遭遇した人だったんだ)
「クソッ、間に合ってくれよ!」
「ぉえ……? たぅ、ぇて……」
(あぁ、もう碌に声も出せてない)
声の主が助けに来ることはわかってるのに、どうしても思ってしまう。
――早くこの子を助けて、と。
「ッ! 聞こえた、こっちだ!!」
「本当か? 俺には聞こえなかったぞ!?」
「俺を信じろ!!」
叫ぶその声は確信に満ちていて、絶対に助けるんだという思いをひしひしと感じる。
そして次の瞬間、向かいの木々の合間から一つの人影が飛び出してきた。
いつもならここで夢は終わるのだけれど、やはり今回は違って、その人影の姿を見ることが出来て、まだ先が続いている。
今まで見る事の出来なかったその人物は、短めの黒髪で、強い意志の光を瞳に秘め、まだ少年の面影を残した、私より少し上くらいの青年だった。
少年がこちらに気付いてすぐに駆け寄って来るが、傍に着く前にこの子は倒れてしまう。
「おいっ、おい! 大丈夫……な、わけないよな。しっかりしろ!」
「まさか、本当に人がいるとは」
「んなこと言ってる場合じゃないだろ!!」
この子を抱き上げながらも少年が声をかけるが、もはや喋ることも出来ないのか、この子は何の反応も返すことが出来ていない。
たぶん、もう目も完全に見えなくなっているんだろう。
この子と共有していない私の視界もかなりぼやけ始めていて、何も見えなくなってきている。
「駄目だ。意識はあるみたいだけど、何の反応も返してくれない。見た限りだと傷も無いのに、何でだ!?」
「兄さん、ちょっといい? ――やっぱり。この子、かなり強い呪いに侵されてるよ。このままじゃあ、すぐに死んじゃう」
「お前じゃ解呪できないのか?」
「無理だよ。このレベルの呪いを解けるほど、回復魔法は使えないもん。これを解呪するなら、大神官くらいの人じゃないと駄目だと思う」
「そうか。――――は、確か転移魔法は使えたよな? それで、俺とこの子を王都の教会まで送ってくれ」
「……わかった。でも、このマナ濃度だと位置がズレるかもしれないよ?」
「問題ない、近くまで行ければ後は俺が――」
と、彼らの話がそこまで進んだところで、急に視界が暗転して声が聞こえなくなった。
おそらく、完全にこの子の意識が途切れたのだと思う。
この体験をした本人の意識がなくなったら、記憶に残る筈は無いし。だから急にこの夢も途切れたんだろうね。
でも、そうだとしたら、この夢の出来事はやっぱり本当に起きたことなんだけど……。なんで私は、この夢を見れるんだろうか。わからない。
(だけど、今回の夢はここまでだろう。これ以上、続くとは思えないし)
そう、思っていたのだけれど。
次の瞬間、視界が一回転するかのような感覚に襲われた後に、再び木々の凍てついた森の中に私はいた。
けれど今度は、先ほどと違ってただ座り込んでいるのではなくて、何か石のようなものに背中を預けながら座り込んでいるようだ。
何が起きたのか確認していると、独り言を呟くような声が聞こえてきた。
「あはは……。久しぶりだね、――。油断、しちゃった」
しっかりとした喋り方になってるけど、この声はさっき弱ってた子の声かな? 少し声が変わってるけど、成長したと考えれば納得する程度の差だし。
あの後、ちゃんと助かってたんだね。良かった。……けど、何でこんなに苦しそうな声なんだろう。
息が絶え絶えで、まるでもうすぐ死んでしまいそうな、そんな声。
「こっちの森は、変わらないね。ねぇ、――。私は、今でもあの時の事を、思い出せるよ」
「――――」
「――ふふっ。本当に……変わら、ないね。どれだけ、経ったと思ってるの? もう、あの頃みたいに……守られるだけの、子供じゃない……よ」
「――――――――」
「そっかぁ……。こんなに、長生きした私も……まだ、子供扱い、するんだ。ちょっと、複雑だけど……嬉しい、なぁ。私が、一番甘えれた、のは……今まで、ずっと――だけ、だったもん」
嬉しそうに少し声がはずんでるけど、誰と話してるんだろう。
少し知りたいと思うけど、なんだか不用意に侵しちゃいけない聖域のように感じる。
でも……相手がいるとは思ってなかったんだろうね。独り言のつもりで呟いたら、思わぬところから返事が来たような、少し慌てた雰囲気を最初に感じたし。
まぁいっか。今は相手の声が聞こえない、この不思議な会話を静かに聞いていようか。
「――」
「あははっ。だって、私が――――――なん、だから。当たり前、でしょう?」
「――」
「ううん、それは、いい……の。仕方の、ないこと、だったから」
「――――」
「わかっ、てる。ねぇ――。もう少し、思い出話……したいな」
「――――」
「うん……ありが、とう」
そして、この子と正体の知らない誰かとの思い出話は長く続いた。
話のほとんどを私は聞き取ることは出来なかったけれど、とても楽しそうに話しているのは感じたから、いい思い出ばかりだったんだろうね。
大変な事もあったんだろうけど、それすらもひっくるめてのいい思い出。
この子が助かった後にどんな体験をしてきたのかわからないけれど、こんな風に話せるような思い出が出来たのであれば、それはとっても充実した人生だったんだろう。
そのことが、どうしてかとても嬉しい。
「ん……。もう、終わり、かぁ。まだ……話したい、こと、いっぱいあるの……に」
「――――」
「そっ……かぁ。そう、だよね。――ねぇ、また……会える、よね?」
「――」
「うん……。それ、じゃあ……またね。――私の、もう一人の、お父……さん。おやすみ、なさい……」
「――――」
この会話を最後に、再び視界が暗転する。
さっき、もうすぐ死んでしまいそうなって思ったけど、本当に死の間際だったとは思わなかった。
でも、最後の時まで後悔とかしていないみたいだったかったから、本当に良かったよ。
楽しく生きられたのなら、それでいい。
結局この子の名前も、最初にこの子を助けた人達の名前も、最後に話してた相手もわからなかったけど、この夢の真実を知れて良かったって思う。
そうじゃなければ、私はずっと勘違いをしたままだっただろうから。
(ああ、もうすぐ目が覚めそう)
夢の時間は、もうおしまい。
今までとはまるで情報量が違うから、目が覚めてもこの事を覚えているかわからないけど。……うん、やっぱりもう一度あの森に行こう。行かないと、何もわからないままだから。
行って今日、確かめるんだ。私の中にある、知らない何かを。
きっと全部わかるわけでは無いだろうけど、少しでも知るための取っ掛かりぐらいにはなるはず。
クリアは呼んだ方が良いのかな……。あんまり迷惑はかけたくないから、一人で行った方が良いんだろうか?
けど、一人だとそれはそれで大変だよね。
どうしようか。
今回の解説コーナー、予想していた人はいるでしょうが、もちろんありません。お休みです。
今話は、いつもとは少し違う夢のお話です。
正直、ここまで書く予定は無かったんですが、気が付いたらだいぶ書いていて、このまま流れに任せた方が良いかなーという判断をした結果、思った以上に深く書いてました。
夢の後半の、相手が視点となっていた子と話していた内容は、ここではわからないようになってます。これには色々と理由があるので、今は想像で補ってもらえれば幸いです。
それでは、今回はここまでになります。
次話はいつも通り来週の土曜日の予定です。




