3-8 苦手なもの
「さっきの話で一つ気になったんだけど、一時期眠りについてたってどういうこと?」
「そのままの意味ですよ。何百年か、何千年か、具体的な数字はわからないんですが、理由はわからないですけれどかなり長い間眠りについてました。
目が覚めたのは大体80年前くらいなんですが、そのせいか色々と弱体化してまして、レベルも1まで落ちてたんです。更に戦闘の勘も忘れてたので細々と働いて行くしかなくて、色んな所で働いてはクビの繰り返しに」
「なるほど、記憶が曖昧なのもそれが理由なんだ。……ちなみにだけど、眠りにつく前のレベルは?」
こういうのはやっぱり気になるよね。
昔のクリアはどれだけ強かったのだろうかとか、特に。
「昔のレベル、ですか。幾つでしたかね……。確か、1……85? 位だった気がします」
「185!?」
「とはいえ、昔の話ですよ。今はもう全然駄目ですから、期待はしないでください」
自嘲するような笑みを浮かべながら、クリアは言う。
それはわかってるけれど、なんというかやるせない気持ちになるのはどうしようも無いのかな。
理由がわからないのに長い間眠りについて、目が覚めたら今までの結果が全て無になってるのは……どうも、ね。
「起きてしまった事は仕方ないんですから、そんなに気にしないでください。私が納得しているのに、トアがそんなに気にしたら私がいたたまれなくなります」
「それもそうか。クリアが納得してるのなら、私が何か言うのもおかしいよね」
別に悪い方に考えが向いている訳でもないのだから、とやかく言うこともない。
納得してて、前を向いてるのならなおさら。
「はい。それでは、今回の親睦会はここまでにしましょう。これを飲み終わったら買い物に行きませんか? ただの鉄の剣では、思っていた以上に辛そうですし」
「確かに、フォーグルウルフ相手だと私の攻撃力が低いせいもあっただろうけど、アーツを使わないと全く歯が立たなかった」
クリアがいなかったら、あれは突破することは出来なかっただろう。かといって、武器が強くなっていたとしても相手にするのが楽になるだけで、一人では無理だっただろうけどね。
それでも平原を突破しようとする前に一度武器屋に武器を見に行くなり、もう少しレベルを上げておけばよかったんだろうね。フォーグルウルフと相対したのは9レベルだったから、せめて後一つか二つくらいは。
武器に関しては、フォーティアスにあるお店は基本的に等級制らしく、応対するお客のレベルによって扱う武器の位も変わるし、その中でも質の上下があるらしい。例外的にだけど、レベル帯を気にしないで経営してるお店もあるらしいよ?
キリムさんの所は質は良いけれど、扱う武器自体は1~5レベル位の冒険者向けが多いらしい。中には10~15レベル程の冒険者向けの物も置いてたんだって。
ちなみにだけど、武器防具はある程度以上の品になるとオーダーメイドでしか作らないらしいから、店頭には無いらしい。素材自体滅多に流通しないどころか、市場に流れてくること自体ほぼ皆無みたいだからね。
かと言って、市場に流れてきたらそれはそれで恐ろしいほど値段が高いらしい――クリア曰く、過去に市場に流れてきた、たった一枚の『フェニックス・オリジン』の羽とやらには九億ガルド程の値段が付いたらしい――から、超一流の鍛冶師でもなかなか手も出せないそうだ。
さっきから、らしいらしいって言ってるのは全部クリアからの情報だからだったり。
「うん、そうだね。ここを出たらまずは武器屋にいこっか。クリアも手甲を用意した方が良いでしょ?」
「はい。ですが、出来るのであれば鍛冶師にオーダーメイドで作ってもらうのが一番良いんですけど。値段が店売りのを買うのより数倍になるので、信頼し合える人では無い限りお願いはしたくないですね」
「だったら、その鍛冶師を探すのはまた今度にして、今は店売りのにしておこうよ。その後ご飯食べて、今日はもう終わりにしよう」
「わかりました。別に急ぐ必要も無いですしね、鍛冶師はゆっくりと探しましょう」
それじゃあ、このお茶を飲み終えたら武器屋を探しに行くことにしよう。
「あら、クリアちゃんにトアちゃん。おかえりなさい」
「ただいま帰りました、シャーリー」
「ただいまです」
なんだかシズク以外におかえりって言われるのはかなり久しぶりで、ちょっと気恥ずかしいな。
ちなみに私たちはついさっき買い物が終わったため、今日はもう終わりという事で女神の宿場へと戻ってきた。
買ってきた武器はこんな感じ。
・ウィンドソード ATK:49、DEF:8、AGI:10
微弱ながらも風の力を宿した剣。
その力により切れ味が増しており、その刃が相手を斬り裂いた瞬間に弱いながらも風の刃が追撃を加える。
私のレベルがいつの間にか10に上がっていた事もあり、少し上のレベルの場所でも対応できるように少し等級が上の武器屋で長剣を新調してきた。少し高かったけど、お金もだいぶ貯まってたしね。
「晩御飯はどうするの? 少し早いけれど、もう準備できるわよ」
現在時刻は五時半を少し過ぎた位。
食べるにしては少し早いけど、どうしようか。私的には、現実に戻って食べる事も考えたら今から食べた方が良いんだけど。
「私は構いませんが、トアはどうしますか?」
「そうだね、食べちゃおうか。今なら人も少なさそうだから、のんびり食べられそうだし」
「わかったわ。早速用意するから、食堂で待っててね」
言われた通りに二人で食堂に向かう。
食堂の中に入ると、昨日みたいに人がいないという事は無かったけれど、ご飯時には少し早いためかあまり人はいないようだ。
昨日はあまり見てなかったなぁと、入り口から改めて食堂の中を眺めてみる。
広さは体育館よりは小さめなくらいで、どこぞの高級レストランみたいな感じの内装になっているけれど、決して高そうな雰囲気がある訳でも無く、ファミリーレストランみたいな親しみやすい空気が流れている。
なんというか、高級さと庶民さが奇跡的な具合でマッチしてるのかな。こういうのって、なかなかに凄いと思う。
高級さが強くなれば普通の人は利用しにくくなるし、かえって庶民さが強くなってしまえば内装が浮いてしまったりするからね。
一通り眺め終えた後、適当に入り口に近い所の二人用のテーブルがあったのでそこに座ることにした。
「そういえば、明日はどうするんですか?」
「明日かー。……どうしようか?」
特に気にしてなかったね、これからの予定とか。
一応のんびりとこの世界を旅していこうとかは考えてたけど、明日明後日はどうするかーって事とかは具体的には考えても無かったからなぁ。
本当にどうしようか。
元々このゲームを始めた理由の一つのあの森を調べようにも、今のレベルじゃ外周部しかまともに探索出来ないし。
レベル上げでもする?
するーっとシャーリーがやって来て置いて行った水を飲みながら、色々と考えていると。
「トアはやりたい事とか無いんですか? こちらには簡単に来れるみたいですけど、なんの理由も無く来るとは思えないですし」
「んむ。あれ、言ってなかったっけ?」
言ったような……言わなかったような。
えーっと、どうだったっけ。
「特には聞いてませんね。もともと遠い所から来たって言う事ですら、ついさっき聞いたばかりなんですから」
「あ、そっか。それじゃあわからないよね。私がこっちに来たのは、知りたいことがあるからなんだ。その手掛かりがありそうな場所は目星がついてるんだけど、レベルが足りないらしいからまだ確認しにいけないんだ」
「まだ、という事は近くにある場所ですよね。この辺りだと……まさか、氷結の森の中央部ですか?」
おお、まさか言う前に当てられるとは。そんなに情報は無かったと思うんだけどな。
「うん、そうだよ。でも、ギルドからの話を聞いてるとなかなかにキナ臭そうなんだよねー」
ぐてーっと、テーブルに顎を付けて脱力する。
レベル上げても正直な所、近寄りたくはない。けど、行かないと手掛かりをつかむことすら出来ないから、いずれ行かないといけない。何というか、微妙なジレンマ。
「確かに、昨夜も帰る直前には嫌な気配を感じましたし、今は出来る限り近づかない方が良いと思います。――まぁ、レベルがまだ足りないのも本当ですから、それは無いと思いますけど」
「そうね、今はあそこには近づかない方が良いわ。少し前に聞いた噂だけど、調査しに行った十人ほどで構成された、平均レベル40前後の調査団が全員帰って来なかったって話もあるのだから」
「ひゃっ」
「あら、ビックリさせちゃったみたいね。ごめんなさい」
隣から何の気配も無く急に声がして、私は驚いて頭を跳ねさせてしまった。
思わず、これまたいつの間にか隣に立っていて笑みを湛えたシャーリーを非難するように見たけれど、全く堪えた様子は無い。
なんだか敗北感を感じる。
「今日の晩御飯は、ビブリア貝のグラタンにミニパスタ、それに海鮮サラダよ。デザートは食べ終わった頃を見計らって持ってくるから」
どうやら、晩御飯を持ってきたときに私たちの話を聞いて混ざっただけだったみたいだ。
だけど、毎回毎回気配も無く近くまで来るのはどうにかならないんだろうか。昨日も同じように驚いた気がするんだけど。
それとも、これは慣れないといけないんだろうか。
……まぁいいや、ご飯食べよう。考えるだけ徒労に終わるだけな気がしてきた。
それじゃあ気を取り直して。
「いただきます」
どれから食べよう。
ビブリア貝って謎の貝が気になるから、グラタンからにしようかな。でも、このボロネーゼみたいなパスタも気になる。たぶん、昨日のトマトみたいな野菜を使ったソースなんだと思うんだよね。
でもやっぱり、グラタンからにしよう。こういうのは熱いうちに食べてしまうのが一番美味しいんだもんね。
さっそくスプーンで掬い上げてみると、プリプリとした大きな身が出てきた。
スプーンからはみ出る程の大きさだけど、これでも四等分にしてあるんだね。ビブリア貝って、どれくらい大きいんだろう。そんなことを考えつつ一口食べてみると、噛んだ瞬間にプリッとした触感にミルクの様な濃厚な甘さが広がり、それにほんの微かに感じるピリッとした辛さがその甘さを引き立ててくれている。
旬の牡蠣みたいで、凄く美味しい。
このグラタンには胡椒か、それに近い何かを隠し味として入れてるのかな。貝自体に辛みがあるとは思えないし、山椒とかの辛みではないから、胡椒か何かだと思うんだけど。
「トアは、本当に美味しそうに食べますね。そんな風に食べて貰えたのなら、作った人たちも嬉しいでしょう」
「むぐ、そんなに緩んだ顔してたかな。でも、美味しい物を食べたら嬉しいでしょう? だから、美味しいなら純粋に美味しいって表現するのが一番。そうすれば食べた人も嬉しいし、作った人も嬉しい。だから、お互い様だよ」
ね? と微笑みかければ、クリアは頷いてくれたけれど何故か顔を赤らめていた。
どうしたんだろう、風邪でもひいてたのかな。でも、体調悪そうな感じは無かったから違うか。
少し気になるけど、次を食べよう。
そして、このパスタはどうかなー。と、何の警戒も無しに口に含むんだその瞬間。
「ッツ~~!?」
――凄まじい辛さが私の口を襲った。
「トア!?」
「ん~~!! みふっ、みじゅ!!!!」
辛い!! すっごい辛い!!!!
匂いも辛そうじゃなくて、普通のボロネーゼみたいなのかと思ったのに!!
駄目っ、辛すぎて口が回らない! 水は!? ――空。そうだ、さっき飲み干しちゃってたんだ。
あ、でも美味しい。辛さの中にも野菜やお肉の美味しさが凝縮されてて、深い味わいになってる。
このパスタは私が辛さに極端に弱いだけだから、辛いのが好きな人とかは凄い好きそう。特にキョウとか。……だけど、やっぱり辛いー!!
うぅ……食べたくないけど、口付けちゃったから食べきらないと。
もういっそのこと、口の中に辛さが残ってるうちに一気に食べきってしまおう。そしたら、この辛さは一瞬だけになるもん。
幸いにも量は少ないミニパスタだし、一息に!!
「――ッ~~」
な、何とか食べきれたけど、これはヤバいかもしれない。
一気に食べたら思ったよりお腹に来た、当分立ち直れないかも。
口を押えながらプルプル震えていると、クリアが背中をさすり始めてくれたけどちょっと違う。出来れば水を頼んで来て欲しかった。
「あらあら、大変なことになってるわね。大丈夫?」
首を横に振って返事をする。ごめんなさい、喋れないです。
そんな私を見てからテーブルの上を確認したシャーリーは、まさか? というような顔をして問いかけてきた。
「……もしかして。トアちゃんって、辛いの駄目だった?」
コクコクと、頭を縦に振って肯定する。
「そっかぁ、辛いの出しちゃってごめんなさいね。でも、無理だったら残してもよかったのに。診てみるから、ちょっと口開けてもらえるかしら」
「ひゃい」
「無理して喋らなくて良いの。……あー、喉奥まで赤くなっちゃってる。僅かな辛味なら大丈夫みたいだけど、辛さには相当に弱いみたいね。すぐ治してあげるから――深き癒しの力よ、失われしものを再生し、復元せよ『リストア』」
口の中を診ていたシャーリーが急に手をかざして何かを言ったと思った次の瞬間、口内や喉を襲っていたビリビリとした痛みがスッと消え去っていく。
何が起きたのかわからずに、思わず目を瞬かせていると改めて覗いてきたシャーリーが口を開いた。
「うん、大丈夫そう。本当にごめんなさいね、すっかり食べられない物を聞くのを忘れてしまってて」
「いえ、言わなかった私も悪いんですから。辛かったけど、美味しかったです」
「そう言ってくれるとありがたいけれど、他に食べられないのとかはある?」
他には特に無かったような。
本当に辛いのだったり、ツーンと来るのが駄目なだけで、好き嫌い自体は基本的に無いし。……いや、そういえばどうしても駄目なのが後一つだけあったっけ。
でも、あるのかな。
――パイナップル。
聞いてみないとわからないか。
「パイナップルって果物、こっちにはあるんですか?」
「パイナップル? んーっと……パイナップルって、これの事かしら」
そう言って、シャーリーは虚空から一つの果物を取り出した。
取り出されたそれは、ぱっと見た感じでは姿形は完全に同じだし、中の実の部分も同じだ。
試しに実を一切れ分を少し舐めさせてもらうと、味も匂いもパイナップルと遜色は無い。実際、少し舐めただけの舌先がビリビリと痛みを伴って来てる。
特にアレルギーとか持ってるわけではないんだけど、どうしてか辛いものとパイナップルは駄目なんだよね。
「あ、はい。これです」
「なるほどね。フィニアの実は、そっちではパイナップルって言うんだ。じゃあ、フィニアの実や辛い物は出さないように気を付けるわね。それと、――癒しの力よ、『ヒール』」
ビリビリした痛みに眉をしかめていると、再びシャーリーが手をかざして何かを言ったかと思うと、痛みが消えていく。
「治してくれてありがとうございます」
「気にしないで、このくらい」
「あの、シャーリー。確かに『ヒール』は低級回復魔法ですから、先ほどのものには適していますが、最初に使った『リストア』は流石に過剰すぎると思うんです」
「あはは……私も少し、慌ててたみたいね。自分でもちょっと驚いてるわ」
回復魔法をかけてくれてたんだ、だからあんなにスッと痛みが消えていったのか。
やっぱり、回復魔法は色々と便利そうだ。回復すると同時に、治るまでの間は痛み止めの効果も発動してるのかもしれないし。
でも、その『リストア』ってどんな魔法なんだろう。二人の様子を見る限りだと、上級の回復魔法なのかな。
「『リストア』は、先ほど平原で話していた高位の回復魔法の事です。失われた部位ですら修復することが出来る、優れた上級魔法ですよ。あまり使える人はいませんが」
「詠唱は、『深き癒しの力よ、失われしものを再生し、復元せよ』。つまり、回復というよりは、部位欠損とかの修復が主な効果って事。ただでさえオーバーヒールで全く別系統の回復術なのに、どうしてこれを使ったのかしら」
不思議ねー、とシャーリーが首を傾げているが、そんなこと私にはわからないです。
まぁ、気を取り直して。痛みも無くなってるから、食べ進めて行こっか。冷めちゃうし。
――次に取るスキルは、やっぱり回復魔法で良いかなぁ。
もぐもぐとグラタンを頬張りながらも、私はそんなことを考えていた。
その後、デザートに出てきた柑橘系の果物を使ったシャーベットも食べ終え、クリアと別れて部屋に戻った時、ふと思い出した。
「あ。明日どうするか、結局決めなかったや」
明日になったらチャット辺りを使って伝えておけばいいか。
シズクからクリアも使えるって話は聞いてあるからね。
今回の単語解説コーナーです
ビブリア貝:フォーティアスのあるロンダリア大陸、その北部中央近海に生息する巨大な貝。濃厚で、牡蠣に似た味がする。
フィニアの実:パイナップルによく似た実。というか、名前が違うだけで同じもの。
詠唱:魔法を使うときに必要になるもの。今回の投稿が遅れた原因だったり。
今回も遅れてしまって申し訳ありません。
また言い訳になってしまいますが、今回は入れる予定の無かった回復魔法を途中で入れることになってしまいまして、考えて無かった詠唱文を考えていたらかなり時間がかかってしまいました。
そして、今回のようなことが無いように他の詠唱文も考え終えたので、次からはこういった事で遅れる事は無いかと思います。
それでは、今回はここまでです。
次話は日曜日の予定です。




