2-1 夜の観光と、新しい仲間
唐突だけれど私は今、とある森の中に居る。
辺りは鬱蒼とした木々に囲まれ、その隙間から満点の星空が覗く光景が広がっている。更に周囲には、いくつもの生き物の気配が感じ取られた。
何で気配がわかるのかはよくわからないんだけど、これもゲーム内の補正なのかな。
キョウが言った通り、夜の森の探索は対策しないと本当に見通し悪いね。出来ればもうこれっきりにしたいな。
下手に不意をつかれでもしたら、まともに応戦出来なさそうだし。とは言え、まだこの辺りなら大丈夫みたいだけど。
まぁ今いるのはそんな場所なんだけど、モンスターが飛び出してくるたびに今は長剣に持ち替えてるシズクに数度切り裂かれて、何をする事もなく倒されていく。
その反対側では色々あって一緒のパーティになった、武器屋に居たクリアがモンスターを警戒しつつ、シズクが倒し損ねたモンスターを処理している。
私もちょくちょく飛び出してくるモンスターの相手をしてるけど、明らかにシズクの方が倒してる数は多い。
そんな私たちの現在地、氷結の森外周部(夜)。なんで私は今ここに居るんだろうか。ここは明日の朝、キョウも含めた三人で一緒に行くって話だったのに。
あ、ボアが突進してきた瞬間に殴り飛ばされた。
にしても一体、何がどうしてこうなったんだっけ。私はただ、シズクと夜の観光に来ただけだった筈なんだけどな……
少し記憶を思い返してみよう。
ええっと、確かあれは――
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「そういえばお姉ちゃん、お風呂入った後はどうするの?」
ゲームの世界から現実に戻って晩御飯も食べ終わり、リビングでお互い今日の感想を話していた時、ふと思い出したように雫がこの後どうするのか聞いてきた。
正直何もする予定は無かったし、いつも通り本でも読んでから寝ようかなーとしか考えてなかったけど……そっか、今は他の選択肢もあるんだよね。
ビジョンデバイスに限らず、今まで電子機器の類で時間を使うなんて考えたこともないから、使うのも夏休みに入ってから今日までのお昼から晩御飯前までの間に情報収集目的にしか使ってなかったし。
そうだなぁ。夜のあの世界も気になるし、飛び込んでみる価値は十分にあると思う。
よし、予定変更。お風呂入ったら、またWoRをしようか。
「とりあえず、もう一回やろうかなって考えてるよ。夜はどうなってるのか興味があるから、ちょっと街の観光でもしようと思って」
「だったら一緒に回ろう? 私も気になる事とは別にして、夜の街は色々と見てみたいし」
「いいよ、噴水広場前で待ち合わせで良い?」
「大丈夫。それじゃあ、もうお風呂入っちゃおうよ」
これからの予定も決まった事だし、じゃあさっそくお風呂の準備して来よう。
最近のタオルは凄い吸水性とか優れてるから、電子機器が使えない私でもすぐに髪が乾かせるから重宝してます。
お風呂に入った後、私はさっそくログインして噴水広場でシズクを待っていた。
ここから見える景色は、夜でも変わらずに凄い。
現実の世界では滅多に見られない様な、とても綺麗な満点の星空が夜空に広がっている。だからと言って街中の明かりが少ない訳では無くて、人々の確かな活気や営みを感じ取れる。
ゲームの中とは言え、この街はとても暮らしやすくて良い街なんだろうと、この人たちの姿を見ていると心の底からそう思う。
「ごめんねお姉ちゃん、ちょっと待たせちゃった?」
そんな風に他愛もない事を考えて数分が経った頃、シズクが広場にやって来た。
遅れて来たのは、私が出来ない幾つかの事をしてきたからだと思う。洗濯とか、基本電子機器を使ってやってるのは全部シズクに押し付けちゃってるし。
冷蔵庫に触らなくて、ガスコンロを使うなら料理は出来るんだけどね……。最近はガス規制とか酷くなっちゃったからなぁ。電子コンロなんて、触った瞬間に料理ごとおじゃんだもん。
「ううん、大丈夫。じゃあどこに行こっか、色んな場所があるけど」
マップを開いて眺めてみるだけでも、この広場にも多種多様な店舗があることがわかる。流石に裏路地だったりの細かい場所にあるのは載っていないみたいだけど。
「それじゃあさ、西地区にある図書館とか見てみようよ。最初にマップ眺めてた時から気になってたんだ」
「図書館かぁ、開いてるかな。このくらいの時間だと、閉まってるイメージしかないんだけど」
「あーそっか……。じゃあ図書館は次の機会に楽しみにして、今日は各大通りのお店を冷やかしに行こうよ。まだ開いてるお店も多そうだしさ」
「それが一番かな。最初は西から回ろうか、図書館の様子も見れるし」
方針が決定したら即行動。っていう事で、さっそく西の大通りから見て回ろう。
とは言えども、この街はちょっと広すぎるから、西側をゆっくりと見てたら他の南と東の大通りはあまりちゃんとは見て回れないだろうなぁ。東は一応大雑把には見たけれど、細かい所までは見れてなかったから少し気になってたお店もあったんだけどな。
でも仕方ないか、今は普通に西側を見て回ろう。観光する機会はこれだけじゃないんだし。
そうして大通りを歩いていると、こちら側にある施設には一つの共通点があることに気付いた。
「こっち側は公共施設が多いんだね。図書館以外にも公衆浴場とか、今は開いてないけどレジャープールみたいな施設もあるみたいだし。……なんだかイメージと違うけれど」
それはわかる。
中世の街並みでレジャープールみたいな施設があると……うん、何とも言えない違和感がしないでもないよね。
――って、そうじゃなくて。
この西側には主に、一般向けの公共施設が多く並んでいるらしい。さっき挙げた場所以外にも博物館や美術館、劇場など思っていた以上に多種多様な施設が揃っていた。図書館を含む数か所は、時間帯的に流石に閉まっているみたいだけれど。
なんとなーくこういった施設は豊富じゃない様なイメージがあったんだけど、先入観とかは当てにならないや。
その後は普通に、
「んー、やっぱり図書館は閉まってるかぁ。ここはまた今度だね」
「これはしょうがないよ。ほら、次に行くよ」
「お姉ちゃん、あそこにアクセサリーショップあるよ!」
「本当だ。これって装備品とかじゃなくて、ただ単に着飾る為の普通のアクセサリーみたいだね。あ、これなんかシズクに似合いそうだよ、どう?」
「そうかな。どちらかと言えばお姉ちゃんの方が似合いそうだけど」
「いやいや、これは流石に私には合わないって」
「美味しそうな串焼きだねー。買って良いかな?」
「確かに美味しそうだけど、何のお肉なんだろ。んー、食べても実際にお腹は膨れないだろうし、問題ないと思うよ」
「これはボアの肉さね。スパイスが効いてて美味しいよぉ~」
「それじゃあ二本ください!」
「はいよ」
といった風に、公共施設に紛れてあったお店を冷やかしたり、屋台で買い食いしたりと満喫していたら、いつの間にか噴水広場まで戻ってきていた。
色々とお店が多かったから、思ってたよりも時間かかったかな。
それでも、まだまだ見て回れるだけの時間はありそうだし、次は南側を見に行こうかと二人で歩を進めていた時。広場の東側のベンチに、どこかで見たことがある人が座っている姿が見えた。
私は何故かその姿が妙に気になってしまって、思わず足を止めてそちらを確認してみると、その人は今日武器屋で会った女の人だった。名前は確か……クリアさん、だったっけ。
どうにも気になってもう少し近づいてみると、どうやら彼女は落ち込んでいるのか少し沈んだ顔をしている。何かあったのかな。
「どうしたの、お姉ちゃん。急に立ち止まって」
「いや、ちょっとあの人が気になって。どうにも落ち込んでるみたいだから、少し話を聞いてくるね」
「あ、お姉ちゃん! 待ってよー」
そうして更に近づいていくと、クリアさんの周囲が凄く澱んでいるかのような錯覚を覚える程に暗く沈んでいたせいか、彼女の周囲に近寄ろうとする人は誰もいなくて、不自然に空間が開いてしまっている。
一体何があればここまで落ち込めるんだろう。気にはなるけど、今はそれを気にしてはいられない。
意を決してクリアさんに話しかけてみよう、こんなのを見てしまったら流石に放っておけない。
「あの、クリアさんですよね」
「――はい? ああ、あなた方は確か、キリムさんの武器屋に来ていた……トアさんとシズクさんでしたか。どうかされましたか?」
あれ、なんで名前知ってるんだろう。ってそうだ、名前くらい知ってるか。店内で話していたのが聞こえていない訳はないし。
「いえ、その。離れた場所から見ても凄く落ち込んでいるように見えたので、どうしたのかなって思って」
「え、そんな露骨に落ち込んでいましたか……?」
「露骨かどうかはわからないですけど、一度視界に入ればわかるんじゃないかと思いますよ」
シズクが客観的に見て取れた事実をそのまま教えると、クリアさんはより打ちのめされたのか更に落ち込んでしまった。
あれで隠しているつもりだったんだろうか、この人は。
するとクリアさんの口からぼそぼそと、
「いや、仕方ないですよ。ええ」
とか
「だって、私が悪い訳じゃないのに」
だとか
「ですから、落ち込んでるのを隠しきれる訳なんて無かったんですよ。はい」
更には
「何でこんな事になっちゃったんでしょう」
と、確実に何かがあったのが簡単に推測できるような呟きが、次々にこぼれ聞こえて来た。
なんだか、武器屋で初めて見たときに感じた透き通っていて凛々しそうなイメージが、すっかりとどこかに行方不明になった気がする。
「えと、本当にどうしたんですか?」
「いえ、その……うん。そうですね、話した方が整理も出来ますし。たったの一度だけあった関係ですが、少しの間、話を聞いていただけますか?」
「はい、私たちで良いのであれば」
クリアさんが途中、何度も泣きそうになりながらも話してくれたものは、一体何でこうなったんだろうという内容の話。
その話は彼女自身まだ整理が出来てなかったせいか少し長かったけれど、要点だけをまとめるとたった一文だけで説明がつくものだった。いや、一文で説明していいものじゃないのはわかるけれど。
それでもクリアさんに起きたことを簡単に説明してしまうと、
店舗全壊の罪を擦り付けられて、全額弁償した上でクビになった。
というものだった。
ちなみに、もう少し詳しくすると。
クリアさんはこの件で溜め込んでいたお金は底をついて一文無しになってしまったらしい。住み込みで働いていたために今夜泊まる場所も無くなり、この広場で一夜を明かそうかと考えてたところに私たちがやって来たみたい。
更に付け加えるなら。店舗全壊するのは初めてだったらしいけど、他のお店で働いていた時も似たような事が頻発して起きて、よくクビになってたらしい。
それでも雇ってくれたのがキリムさんだったのだけど、流石に店舗全壊は響いたらしくてクビにせざるを得ない状態になったそうで。全額弁償したのは、これまで良くしてくれたせめてものお詫びに、その位のお返しはしないといけないと思ったから。
だからもう働けるところが無くて、それも相まって落ち込みの度合いも酷くなっていた。
これが今日クリアさんに起きたことの顛末を簡潔に纏めたもの。
正直な話。この世界がゲームで、クリアさんがNPCだって事はわかってはいるけれど、流石にこれは酷いと思う。いったい何の恨みがあるんだって位、理不尽な目に遭ってる。
だってこれは、話を聞いている限りではあからさまに狙われてるようにしか思えない。
……そういえば、NPCってステータスとか見れるんだろうか。それが出来て、パーティを組めるのなら――この人と一緒に冒険をしたいな。
ふと、そんな考えが頭を過ぎった時だった。
私の視界に一つのウィンドウが浮かび上がり、とある情報を示していた。
NAME:クリア・ディアド Lv8
HP:1124、MP:398、ATK:234、DEF:211、INT:152、MIND:165、STR:227、VIT:234、DEX:207、AGI:227
見る事の出来ない情報は幾らかあるけれど、それは確かに、クリアさんのステータス情報だった。
これが見れるというなら、私が今からやることは一つだけ。
よし。
「ああ、ごめんなさい。たった一度だけ会った人に、いきなりこんな話をされても迷惑でしたよね。私は大丈夫ですので、もう――『クリアさんは、ギルドに登録ってしてます?』――いえ。登録はしていないですが、それがどうかしましたか?」
いきなり話を遮った事にクリアさんは驚いた様子だったけれど、問いかけにはしっかりと答えを返してくれた。
そっか、なら。
「だったら、今からギルドに登録しに行って一緒に冒険しましょう」
「へ?」
「ですから、クリアさ……。いや、これじゃあ駄目か」
この人と、クリアさんと一緒に冒険したいと思うのなら、こんな他人行儀な話し方じゃ駄目。この程度の覚悟くらい決めないと、ね。
「だから、私と一緒に冒険しよう。クリア」
踏み込むのはたったの一歩。それで変わるのならば、躊躇う事はしない。
NPCだとか、作られたものだとか、そんなのは関係ない。形はどうあれ、目の前に居るこの人は確かにここに存在しているんだから、
「私で、良いんですか?」
「貴女だからこそ、私は誘ったんだよ」
「……わかりました。ではトア、よろしくお願いしますね」
だから、私は手を伸ばそう。それに、まだ一度しか会ってないこの人の事を、私はどうにも気に入ってしまったから。そんな顔で泣かれたくは無いよ。
こうして一通りの話が終わった時だった。
「――おねーちゃん?」
後ろから聞こえてきたその声に、私の背筋に一筋の悪寒が走った。
第6回、単語解説コーナーです。
NPC:このWoRの世界の中に生きている人々。
正直、この程度なら必要ないかもしれませんが一応、です。
それでは今回はここまでです。




