似ている物ほど中身は全く異なるものである
体育館へ到着すると、俺たち新入生はクラスごとに列を作り、教師の指示に従いながら順番に自分たちの席へ向かった。
さすがに入学式ともなると、さっきまでいた教室とは空気がまるで違っていて、壇上には大きな校旗が掲げられ、その両脇には何人もの教師が整然と並び、後方を見れば保護者らしき人たちまでずらりと座っている。
こういう場所に来ると、本当に高校生になったんだなと実感――。
「……眠い」
するより先に、眠気の方が勝ちそうだった。
席へ着いてしばらくすると入学式が始まり、まずは学園長の挨拶となったのだが、これがとにかく長い。
「…………」
最初はちゃんと話を聞こうと思った。
本当に思ったし、せっかく高校へ入ったのだから、せめて入学式くらい真面目に参加しようという気持ちも一応はあった。
けれど、十分も経たないうちに俺の集中力は完全に限界を迎え、周囲をきょろきょろ見回すわけにもいかず、だからといって入学式の最中に堂々と寝れば確実に枢木先生に何か言われるだろうから、結局ひたすら前だけを向きながら、話が終わるのを待つしかなかった。
そして、ようやく学園長の挨拶が終わる。
『続きまして、新入生代表挨拶。新入生代表、帝 雪さん』
「…………」
次は新入生代表の挨拶らしい。
入学試験で最も優秀な成績を収めた生徒が、新入生を代表して壇上へ立つとは聞いていた。
「帝……雪」
何となく名前を口の中で繰り返しながら、壇上へ視線を向ける。
やがて、一人の女子生徒がゆっくりと壇上へ上がってきた。
「…………」
黒髪をポニーテールに結んだ女子だった。
まだ少し幼さの残る顔立ちではあるものの、大勢の新入生や教師、それに保護者までいる前へ立っても緊張している様子はほとんどなく、むしろどこか楽しそうにすら見える。
雪は一度だけ体育館全体を見渡すと、はっきりとした声で話し始めた。
「春の風が吹くこの季節に、私たちは光陽学園へ入学することができました」
「…………」
何百人もの人間から一斉に見られているというのに、声はまったく震えていない。
それどころか、途中で少し柔らかな笑顔まで浮かべている。
「すげぇな……」
俺だったら絶対に無理だ。
教室で三十人ほどに見られただけでも逃げ出したくなったというのに、あんな場所で堂々と話せる精神力が俺にはまったく理解できない。
肝が据わっているというか、そもそも人前に立つこと自体が苦にならないのだろう。
俺とは正反対だ。
そんなことを考えていた、その時だった。
「……何であんなに楽しそうにできるのかしら」
すぐ隣から、小さな声が聞こえた。
「双子なのに……本当に理解できない」
「…………ん?」
思わず横を見る。
そして俺は、壇上にいる帝雪と、隣に座っている女子を交互に見比べた。
「…………似てる」
危うく声に出すところだった。
俺の隣に座っている女子と、壇上で挨拶をしている帝雪。
驚くほど顔が似ている。
いや、顔立ちだけで言えば、ほとんど同じと言ってもいいくらいだった。
けれど、その印象はまるで正反対だった。
雪は明るく、人懐っこそうな笑顔を浮かべながら堂々と話している。
一方、俺の隣にいる女子は肩ほどまで伸びた黒髪をそのまま下ろし、少し鋭い目で壇上を見つめていて、どことなく他人を寄せ付けないような空気まで纏っている。
「双子……」
さっき確かにそう言った。
ここまで似ているのだから、疑う余地もないだろう。
「ってことは、この子も帝なのか……?」
小さく呟いてみる。
聞こえなかったのか、それとも聞こえていて無視したのか、隣の女子は何も反応しなかった。
俺はもう一度壇上へ視線を戻す。
笑顔で堂々と挨拶を続ける帝雪。
その隣では、彼女とほとんど同じ顔をした女子が、どこか複雑そうな表情でその姿を見つめている。
「…………」
仲が悪いのだろうか。
一瞬そう思ったが、初対面の人間が勝手に決めつけることでもない。
俺はそれ以上考えるのをやめた。
それにしても、今日は朝から色々ありすぎる。
由美姉ちゃんと四年ぶりに再会したと思ったら、廊下では妙に印象に残る二年生を見かけ、今度は新入生代表を務める双子までいる。
「入学初日から濃いな、この学校……」
誰にも聞こえないように呟きながら、俺は残りの入学式を静かに過ごした。
◇
約一時間後。
「疲れた……」
入学式を終えた俺たちは、一年D組の教室へ戻ってきた。
これで今日は終わり。
ようやく帰れる。
そう思っていた俺の期待は、
「それじゃあ、今から一人ずつ自己紹介してもらいます」
枢木先生の一言で、あっさり粉々になった。
「…………」
また?
何で?
俺、さっきやったよな?
ほとんど初対面の人間しかいない教室で、一日に二回も自己紹介する意味が分からない。
「先生」
「何、櫻坂」
「俺は免除ですよね?」
「どうして?」
「さっきやりました」
「それは遅刻した櫻坂への特別サービス」
「罰って言ってませんでした?」
「細かいことは気にしないの」
「いや、そこは気にしますよ」
「今度はクラス全員でやる自己紹介なんだから、櫻坂も当然参加」
「内容、ほとんど同じですよね?」
「やりなさい」
「でも――」
「櫻坂」
「はい」
「やりなさい」
「…………はい」
勝てない。
この先生には逆らわない方がいい。
入学初日にして、それだけは少しずつ理解し始めていた。
そして、前の席から順番に自己紹介が始まった。
名前。
出身中学。
趣味。
高校でやりたいこと。
だいたいはそんな内容で、それぞれが緊張しながらも自分なりに話していく。
「…………」
あと何人だ。
自分の順番を確認する。
まだ少し先ではあるものの、当然ながら確実に近づいてきている。
「また全員に見られるのか……」
考えただけで胃の奥が重くなる。
一度目の自己紹介だって、その場で適当に言葉を絞り出しただけだった。
二回目となると、本当に何を話せばいいのか分からないし、同じことを言えばいいのか、それとも何か新しいことを足した方がいいのか、そもそも趣味らしい趣味もない人間に一日二回も自己紹介をさせるなよと思ってしまう。
そんなことを考えているうちに、前の男子が自己紹介を終えた。
「以上です。よろしくお願いします」
男子が席へ座り、次の女子がゆっくりと立ち上がる。
さすがに他人の自己紹介を一切聞かないのも悪い気がして、俺はいったん自分のことを考えるのをやめ、その女子へ視線を向けた。
「…………」
少し緊張しているらしく、立ち上がったまま何度か小さく息を吸っている。
それから、気持ちを整えるように一度だけ前を向き、ゆっくりと口を開いた。
「私の名前は……小鳥遊優です」
「…………え?」
その名字を聞いた瞬間、俺の意識が一気に彼女へ向いた。
小鳥遊。
「趣味は、ペットと一緒に散歩することです」
「…………」
聞き間違いではない。
確かに小鳥遊と言った。
「それと……」
彼女は少し迷うように言葉を止め、それから続ける。
「この学校には姉が通っていて、それも光陽学園を選んだ理由の一つです」
「…………」
姉。
しかも、この学校にいる。
「よろしくお願いします」
それだけ言うと、小鳥遊優と名乗った女子は安心したように小さく息を吐き、席へ座った。
「…………」
俺は思わず彼女を見つめてしまった。
小鳥遊。
由美姉ちゃんの名字も、小鳥遊だ。
しかも、この子には光陽学園へ通っている姉がいる。
「まさか……」
偶然だろうか。
同じ名字の人間くらい当然いる。
けれど、小鳥遊という名字はそこまでありふれている印象もないし、そのうえ姉がこの学校に通っているという条件まで重なっている。
「由美姉ちゃんの……妹?」
思わず小さく呟く。
改めて彼女を見る。
眼鏡を掛けた、大人しそうな雰囲気の女子だ。
由美姉ちゃんに似ているかと聞かれると――。
「…………分からないな」
何しろ由美姉ちゃんとは、今日四年ぶりに再会したばかりだ。
今の顔を見慣れているわけでもないし、姉妹かどうかを顔だけで判断できるほどの自信もない。
だから、つい。
もう少し何か共通点がないかと、小鳥遊の顔を見続けてしまった。
「…………」
「…………」
そして。
目が合った。
「あ」
まずい。
見すぎた。
すぐに視線を逸らそうとしたが、小鳥遊の方が先に反応した。
「…………っ」
俺と目が合った瞬間、小鳥遊は僅かに肩を揺らし、そのまま慌てたように顔を伏せる。
「…………え?」
何で?
俺、何かした?
「…………」
少し考えて、すぐに一つの可能性へ辿り着く。
知らない男子から、自己紹介が終わったあともずっと見られていた。
普通に考えれば、気味が悪い。
「最悪だ……」
入学初日に女子を凝視して怖がらせた男。
そんな噂でも立ったら、本当に高校生活が終わる。
「違うんだって……」
もちろん、本人に聞こえるような声では言えない。
俺はただ、由美姉ちゃんの妹なのか確認したかっただけなのだ。
けれど、そんな事情を知らない小鳥遊からすれば関係ないし、理由もなく見つめられていたようにしか思えないだろう。
「……機会があったら聞いてみるか」
とはいえ、いきなり『由美姉ちゃんの妹?』と尋ねるのも、それはそれで怖い気がする。
ほとんど話したこともない男子から、いきなり家族のことを聞かれたら警戒されてもおかしくない。
「…………」
どうしたものかと悩んでいる間にも、自己紹介は進んでいく。
一人、また一人と順番が回り、少しずつ俺の番が近づいてくる。
さっきまで小鳥遊のことでいっぱいだった頭に、今度は別の嫌な現実が戻ってきた。
そうだ。
まだ俺の自己紹介が残っている。
「次」
枢木先生の声が聞こえた。
「…………」
前の生徒が座る。
そして、枢木先生の視線が真っ直ぐこちらへ向いた。
「櫻坂、あなたの番よ」
「…………」
来てしまった。
本日二度目の自己紹介だ。




