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あの町に生きていた僕たち  作者: 昶見宇登
第一部 高校開幕編
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17/21

頼りたい、けど頼れない。人は簡単に前には進めない


『墓参り』



「…………」


 たった三文字を見るだけで、胸の奥が重たくなる。


 行きたくない。


 それでも行かなければならない。


 どれだけ辛くても、今日だけは絶対に行く。


 それが俺の中で、ずっと決めていることだった。


「……はぁ」


 無意識にため息が漏れる。


 携帯を閉じ、そのまま目元へ腕を乗せた。


 普段の昼休みなら、この屋上にも何人か生徒が来る。


 昨日だって由美姉ちゃんと礼美先輩がいた。


 けれど今日に限っては、不思議なくらい誰も来なかった。


 まるで俺が一人になりたいことを知っていて、学校そのものが気を遣ってくれているようだった。


「由美姉ちゃんも来ないか……」


 いつもなら、一年生の教室まで迎えに来そうなものなのに。


 少し不思議に思ったが、今はありがたかった。


 やがて昼休みの終わりを告げるチャイムが校舎から聞こえてくる。


「戻るか……」


 俺はゆっくり身体を起こし、屋上を後にした。


「今日なんて、なくなればいいのにな……」


 そんなことが無理なのは分かっている。


 それでも、今日だけは本気でそう思った。



     ◇



 午後の授業は、一応聞いていた。


 ただ、内容が頭に入っているかと聞かれれば、ほとんど何も残っていない。


 今無理に覚えようとしても意味がないだろう。


 明日の朝にでも復習すればいい。


 そう割り切って、ただ時間が過ぎるのを待った。


「…………」


 ふと隣の方へ視線を向ける。


 朝の一件以来、暁は俺に話しかけてこなかった。


 俺が「一人にしてほしい」と言ったことを守ってくれているのだろう。


 ただ、その代わりなのか。


「…………」


「…………」


 暁は、なぜか小鳥遊のことをずっと見ていた。


 しかも、かなり目つきが怖い。


「…………ひっ」


 小鳥遊も時々その視線に気づくらしく、そのたびに肩を小さく震わせている。


「何やってるんだ、あいつ……」


 朝、小鳥遊と少し話したことが原因なのかもしれない。


 入学して一週間。


 席が近いこともあり、小鳥遊のことは何となく分かってきた。


 授業中は真面目にノートを取り、先生から質問されればきちんと答える。忘れ物もほとんどなく、すでに何人かの先生から名前を覚えられているようだった。


 一方の暁はというと。


「帝さん……起きてますか?」


「起きてます」


「そ、そうですか……」


「…………」


「では、続きを……」


 なぜか先生たちの方が遠慮している。


 多分、目つきのせいだろう。


 本人は普通にしているつもりなのかもしれないが、黙っているだけで妙な威圧感がある。


 そんなことを考えているうちに、ようやく放課後を告げるチャイムが鳴った。


「……行くか」


 俺は教科書を鞄へしまい、誰かに話しかけられる前に席を立った。


 今日は寄り道をするつもりもない。


 目的地へ行き、それが終われば真っ直ぐ家へ帰る。


 そう決めて教室を出た。


 ところが。


「…………」


 廊下を歩き始めてしばらくすると、後ろから一定の足音が聞こえてきた。


 俺が歩けば、その足音も歩く。


 少し速度を上げれば、向こうも速度を上げる。


「…………」


 下駄箱で靴を履き替え、校門を出ても同じだった。


「やっぱりついてきてるよな……」


 誰なのか、大体予想はついている。


 ここまで露骨に追いかけてきそうな奴なんて、今の俺には一人しか思い浮かばない。


 横断歩道の前で足を止め、そのまま振り返った。


「帝、何で俺のこと追いかけてるの?」


「…………」


 予想通り。


 少し離れた場所に、暁が立っていた。


「何で分かったのよ」


「分からないと思ってたの?」


「…………」


「足音ずっと同じだったぞ」


「もう少し上手くやればよかったわね……」


「そこ反省するところじゃないだろ」


 暁は諦めたように俺のところまで歩いてくる。


「それで、何?」


「何って……」


 暁は少し言いづらそうに視線を逸らしたあと、結局いつもの調子で口にした。


「あんたがずっと元気ないから、心配してるのよ」


「…………」


 あまりにも直球だった。


「今日はそっとしておいてって言ったんだけどな」


「知ってるわよ。でも、友達なんだから心配くらいさせなさいよ」


「心配するのは自由だけど、尾行までする?」


「尾行じゃない。様子を見てただけ」


「それを尾行って言うんじゃないのか?」


「細かいわね」


 暁は少し不機嫌そうに頬を膨らませた。


 ただ、俺を心配して追いかけてきたらしいことについては、少しだけ嬉しかった。


「それと」


「ん?」


「私のこと、暁って呼んでくれない?」


「急だな」


「帝って呼ばれると、雪と紛らわしいでしょ」


「ああ、双子だもんな」


「だから、これからは暁でいいから」


「分かったよ、暁」


「っ!」


 暁が勢いよくこちらを見る。


「何?」


「い、いきなり呼ばないでよ!」


「今呼べって言ったよな?」


「言ったけど、心の準備ってものがあるでしょ!」


「知らないよ、そんなの」


「もう一回!」


「何で?」


「今度はちゃんと聞くから」


「…………暁」


「…………」


「満足?」


「……まあね」


 何なんだ、こいつ。


「じゃあ、明日から元気になるから、今日は本当にそっとしてくれない?」


「今日だけっていうのが余計に気になるのよ」


「それは……」


「今からどこに行くつもり?」


「…………」


 答えようか迷った、その時だった。


「それ、私も気になってたんだよね」


「「うわっ!」」


 突然真横から声がして、俺と暁は同時に飛び退いた。


「もう。二人とも驚きすぎじゃない?」


 そこにいたのは由美姉ちゃんだった。


「どこから出てきたんだよ!」


「さっきから近くにいたよ?」


「全然気づかなかったんだけど……」


「人をお化けみたいに言わないでよ。私でも傷つくんだからね?」


「お姉ちゃんが急に出てくるからでしょ……」


 少し遅れて、由美姉ちゃんの後ろから小鳥遊も姿を見せた。


「櫻坂君、ごめんね」


「何で小鳥遊が謝るの?」


「お姉ちゃんが迷惑かけてるから……」


「優、それ酷くない?」


「だって本当でしょ」


「…………」


 この姉妹、見た目だけじゃなくて性格まで随分違うんだな。


 由美姉ちゃんは思ったことをそのまま行動に移すタイプ。


 小鳥遊はその後ろで周りへ気を遣うタイプ。


 妹も大変そうだ。


「一応、今日のお昼前にね」


 小鳥遊が申し訳なさそうに続ける。


「櫻坂君、今日は一人にしてほしそうだから、そっとしておいた方がいいよってお姉ちゃんに言ったの」


「だから昼は来なかったんだ」


「うん。でも放課後になったら、お姉ちゃんがどうしても気になるって……」


「だって心配なんだもん」


 由美姉ちゃんが当たり前のように言う。


「幸ちゃん、今日ずっと様子おかしいし」


「…………」


 その言葉を聞いた暁が、由美姉ちゃんへ視線を向けた。


「先輩って……櫻坂のこと、好きなんですか?」


「暁?」


 何で今その質問になるんだ。


 由美姉ちゃんも少し驚くかと思ったが。


「うん。大好きだよ?」


 迷いなく答えた。


「なっ……!」


「お姉ちゃん……」


 暁は目を見開き、小鳥遊は額へ手を当てている。


 俺も反応に困った。


 以前にも似たようなことを言われた気がするけれど、こうして本人から真正面に言われると、どうしても少し意識してしまう。


「由美姉ちゃん、そういうの簡単に言わない方がいいって」


「簡単に言ってないよ?」


「え?」


「本当に思ってるから言ってるの」


「…………」


 余計困る。


「もう、お姉ちゃん……」


 小鳥遊が深いため息をついた。


「それより」


 由美姉ちゃんが急に表情を変える。


 さっきまでの柔らかい笑顔ではなく、真剣な目で俺を見た。


「幸ちゃんが今から行こうとしてる場所って、幸ちゃんが変わった理由と関係あるの?」


「…………」


 言葉に詰まった。


 四年前。


 俺は由美姉ちゃんと別れてから、明らかに変わった。


 昔の俺を知っている由美姉ちゃんだからこそ、それは誰よりも分かっているのだろう。


「……まあ、関係はあるよ」


 誤魔化す気にはなれなかった。


 それだけ伝えると、由美姉ちゃんは少し悲しそうに目を細める。


「だったら、私も一緒に行っていい?」


「…………」


「幸ちゃんが何を抱えてるのか、私はまだ知らない。でも、一人で全部抱えなくてもいいんじゃないかな」


 由美姉ちゃんはゆっくり俺の手を取った。


「全部じゃなくてもいいの。少しだけでも私に分けてほしい」


「由美姉ちゃん……」


「だって、幸ちゃんのこと大切だから」


 その言葉に、胸の奥が痛んだ。


 嬉しくないわけじゃない。


 むしろ、そこまで思ってくれていることは嬉しかった。


 それでも。


「……ごめん」


「…………」


「今日は、一緒には行けない」


 あそこだけは駄目だ。


 誰かを連れて行けば、きっと俺は平静ではいられなくなる。


 泣くかもしれない。


 取り乱すかもしれない。


 ずっと隠している弱い部分を、全部見せてしまうかもしれない。


 それだけは怖かった。


「まだ……誰かと一緒に行けるほど、俺の中で整理できてないんだ」


「…………」


「だから、ごめん」


 由美姉ちゃんはしばらく何も言わなかった。


 暁も、小鳥遊も黙っている。


「そっか」


 やがて由美姉ちゃんが、少し寂しそうに笑った。


「分かった。今日はついて行かない」


「ありがとう」


「でもね」


「ん?」


「来年は、一緒に行けたらいいな」


「…………」


「その時までに、幸ちゃんが少しでも私たちを頼れるようになってたら嬉しい」


「私たち?」


「もちろん私もだからね、櫻坂」


 暁がすぐに口を挟んだ。


「来年は私も一緒に行く」


「勝手に決めるなよ」


「友達なんだからいいでしょ」


「よくないだろ」


「じゃあ私も……」


 小鳥遊が小さく手を上げる。


「お姉ちゃんが暴走しないように、ついて行った方がいいかなって」


「優まで!?」


「だって心配だから」


「私ってそんなに信用ないの?」


「うん」


「即答しないでよ!」


「…………」


 三人のやり取りを見ていると、さっきまで重たかった胸がほんの少しだけ軽くなった。


「来年か……」


 俺は小さく呟く。


 来年の四月十二日。


 その時の俺が、今と同じなのかは分からない。


 それでも。


「……その時、ちゃんと話せるようになってたらな」


「うん」


 由美姉ちゃんが優しく笑う。


「待ってるよ」


「私も」


「私も待ってるね」


「三人とも気が早いよ」


 俺は苦笑しながら、再び歩き出した。


「じゃあ、また明日」


「うん。また明日ね、幸ちゃん」


「明日は元気に来なさいよ、櫻坂」


「無理しなくてもいいからね、櫻坂君」


 三人の声を背中で聞きながら、俺は小さく手を上げる。


「分かったよ」


 それ以上、三人は追いかけてこなかった。


 一人になった俺は、そのまま自宅近くにある墓地へと向かう。


 歩みを進めるほど、さっき少しだけ軽くなったはずの胸が、再び重くなっていく。


 四月十二日。


 毎年必ず訪れる、俺にとって最も嫌いな日。


 その日だけは、どれだけ逃げたくても逃げるわけにはいかなかった。


 俺は一人、墓地へ続く道を歩いていった。


挿絵(By みてみん)

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