EP 2
早乙女蘭の防衛線と、解けない毒
「あーあ。つまんないの」
ポポロ村の地下に急造されたサイバー・ルーム。
早乙女蘭は、イチゴミルクのキャンディを転がしながら、ホログラムスクリーンを退屈そうにスワイプした。
画面に映っているのは、村の境界線付近の暗視カメラ映像。
音もなく村に侵入しようとする、黒装束の暗殺教団たちだ。
「熱源も魔力も消して、物理的なステルス技術で潜入ね。……でも、私のAIシステム(パズル)からは逃げられないよ」
蘭がキーボードを弾く。
『広域心音センサー、同期完了。目標、7名』
彼女が作った最新の防衛網は、熱でも魔力でもなく、「生体が生きて動く時に発する微小な振動(心音)」を拾い上げる。
「執事さん、座標を送るね。Cブロックの森の中。……お掃除、よろしく」
「承知いたしました、アリス様」
通信の向こうで、優雅な声が応じた。
深夜の森。
暗殺者の一人が、木々の間を縫って進もうとした瞬間。
「——おや。土足で他人の庭を踏み荒らすとは、躾がなっておりませんね」
暗闇から、銀色のトレイに乗せられた熱々のティーカップが、スッと差し出された。
「!?」
暗殺者が毒刃を振り抜こうとする。
だが、それより早く。
ピシャアァァァァンッ!!
闘気を纏ったリバロンのシルクのネクタイが、音速を超えて暗殺者たちの膝の裏と手首を正確に打ち据えた。
骨が砕ける鈍い音が響き、黒装束の男たちが次々と声も上げずにその場に崩れ落ちる。
殺してはいない。だが、暗殺者としての「機能」は完全に破壊された。
「……ふむ。今日はダージリンの香りが少し飛びましたね」
リバロンは、一滴もこぼれなかった紅茶を啜りながら、ゴミをまとめるように気絶した暗殺者たちを縛り上げた。
翌朝、執務室。
「……というわけで、ネズミの駆除は完了です」
リバロンの報告に、政宗は魔導端末から目を離さずに頷いた。
「ご苦労だったな。蘭のAIと執事の物理の組み合わせだ。……ガオガオンの雷を恐れて、正規軍を出せずにコソコソとテロリストを送り込んでくるくらいじゃ、ポポロ村の防壁にはかすりもしねえよ」
政宗は赤マルの煙を吐き出し、画面の数字(利益)に満足げに目を細めた。
軍事力(国家の暴力)も、テロ(個人の悪意)も、今のポポロ村のシステムの前には無力だ。盤面は完全にコントロール下にある。
——そう、思っていた。
「……政宗くん! 大変なのっ!」
バンッ! と勢いよくドアが開き、キャルルが血相を変えて執務室に飛び込んできた。
「どうした、アホウサギ。また誰かがおでんの鍋でもひっくり返したか?」
「違うの! 村のみんなが……倒れちゃったの!」
「……なんだと?」
政宗の顔つきが、冷徹な商社マンのそれに変わる。
広場に出た政宗とリバロンが見たのは、異様な光景だった。
数十人の村人たちや、自警団の若者たちが、力なく地面にへたり込んでいる。
怪我はない。血も流していない。
ただ、彼らの瞳から「光」が失われていた。
「おい、しっかりしろ! 何があった!」
信長が、倒れた自警団の若者を揺さぶる。
「……信長、さん。ごめん、なさい……なんだか、生きるのが……どうでもよくなっちゃって……」
若者は、うわ言のように呟き、虚ろな目で空を見つめている。
「毒か!? 蘭、環境センサーの数値はどうなってる!」
政宗が通信機に叫ぶ。
『……異常なし。毒物も、未知のウイルスも、魔導兵器の痕跡もゼロだよ、王様』
サイバー・ルームの蘭も、かつてなく真剣な声を出していた。
『私のセンサーは完璧だもん。……物理的にも魔法的にも、彼らは「健康」なの』
「健康なわけあるか! 目を見ろ、完全に生気が抜けてやがる!」
「私が治すよ!」
キャルルが、倒れた村人に『月光薬』を飲ませ、自らの治癒魔法(聖なる泉の光)を放った。
怪我や病魔を即座に治す、ポポロ村最強の回復手段。
フワァァァ……と、優しい光が村人を包み込む。
だが。
「……だめだ。何にも、変わらないよ……っ!」
キャルルが悲痛な声を上げた。
村人の顔色は悪いままで、瞳に光は戻らない。
『月光薬』は、肉体の損傷を治すことはできる。だが、今彼らを蝕んでいるのは「肉体」のダメージではないのだ。
「……これは」
リバロンが、かつてなく険しい顔で呟いた。
「ただの病ではありません。彼らの『魂』が、何者かの強烈な悪意によって、内側から摩耗させられています。……これは、絶望の伝染です」
「魂の摩耗、だと?」
政宗が舌打ちをする。
「ルナミスの医師団を金で呼べ! 金ならいくらでもある! レオンハートの呪術医でもいい、ありったけの薬草と専門家を買い集めろ!!」
政宗は魔導端末を操作し、莫大な資金を投じて解決策を探ろうとする。
だが、画面に表示されるのは冷酷な事実だけだった。
軍隊を止める法律も、世界を買収する資本も。
人々の「心」を根こそぎ奪っていく、この不可視の毒(魔法)の前には、一切の効力を持たなかった。
ポポロ村の完璧な防衛線が、物理でも経済でもない「別の次元」から、音もなく崩れ始めていた。




