EP 15
世界の心臓(信用という名の支配)
「軍事力が消えたくらいで、勝ったつもりか力武政宗!」
ワシントンの執務室から、フォークナーがモニター越しに吠えた。
「確かに我々は牙を失った! だが、アメリカ合衆国の巨大な『経済力』は健在だ! 貴様らの村を完全に経済制裁で干上がらせ、基軸通貨の力で蹂躙して——」
「——ああ、それなんだけどさ」
政宗は、スッと二本目の赤マルに火をつけ、紫煙を深く吸い込んだ。
「あんたらの国庫、もう『空っぽ』だぜ?」
「……は?」
フォークナーの動きが止まる。中国の張大使も、ロシアのオルロフも、そして日本の若林幹事長も、怪訝な顔でモニターを凝視した。
政宗が魔導端末のエンターキーを、静かに、しかし確かな重みを持って叩く。
『王様からのプレゼント、一斉送信完了っ!』
通信回線の裏で潜伏していた早乙女蘭が、狂気的な笑い声と共にプログラムを実行した。
直後。四カ国の首脳陣のモニターに、自国の『中央銀行』のシステム画面が強制的に表示された。
そこに表示されていたのは、目を疑うような大暴落のチャートと、国家予算の「マイナス」を示す赤い数字の羅列だった。
「な、なんだこれは!? 我が国の外貨準備高が、完全に消失しているだと!?」
「ウォール街がパニックだ! ドルの価値が……紙くずのように下落していく!」
狂乱する首脳陣を見下ろし、政宗は氷のように冷たい声で種明かしを始めた。
「お前らが『月光薬』に目が眩んで、現場でドンパチやってる間……俺と蘭は、各国の証券取引所にフェイクのシステムダウンを仕掛けて、お前らが一度俺のファンドに預けた『平和維持債権』の資金を完全にロック(凍結)した」
「ば、馬鹿な! その口座はすでに……!」
「ああ。そのままじゃただの『預かり金』だ。だがな、お前らがガオガオンの雷を食らって『軍事力』を喪失した瞬間、盤面のルールは完全にひっくり返ったんだよ」
政宗の眼光が、猛禽類のように鋭く細められる。
「現代の法定通貨の価値を担保しているのはなんだ? 金か? 違う。……その国の『圧倒的な暴力(軍事力)』だ。だが、お前らは今日、それを全て失った」
暴力という担保を失った大国の通貨は、市場のパニックを引き起こし、一瞬にして信用を失う。
政宗と蘭は、その「軍事力喪失」の数秒前に、凍結していた各国の莫大な資金を使って、彼らの国の通貨を徹底的に『空売り(ショート)』し、さらに国債の底値を根こそぎ買い占めていたのだ。
「お前らが引き金を引いた瞬間、俺はお前らの国の『借金(債権)』を全部買い上げた。……つまり、今この瞬間から、俺がお前らの国の大株主だ」
絶望。
圧倒的な、取り返しのつかない絶望が、世界の怪物たちを打ちのめした。
武力を奪われただけでなく、国家の経済という心臓の拍動すら、目の前の商社マンの指先一つに握られてしまったのだ。
「そんな……馬鹿な……。たった一つの村に、アメリカ合衆国が、世界が、買収されたというのか……」
フォークナーが、崩れ落ちるように椅子にへたり込んだ。
沈黙する大国のトップたちに向かって、政宗はタバコの灰を落とし、冷酷に言い放つ。
「この世界で通貨は一つだ。“信用”だ。……そして今、その信用は——全部、俺が握ってる」
それは、新たな世界の支配者の宣言だった。
「今日、この瞬間から、ポポロ村は世界の『唯一の永世中立国』であり、全ての国の経済を管理する『世界の心臓(中央銀行)』となる。……俺の許可なく戦争はさせねえ。俺の許可なく経済も回させねえ。逆らう奴は、合法的に破産させて国ごと売り飛ばす。分かったな、三下共」
反論できる者は、誰一人としていなかった。
法を武器にした暴力と、それをさらに上から支配する資本(政宗)。
異世界と地球を巻き込んだ巨大な盤面は、一人の悪徳商社マンの『完全勝利』で幕を閉じたのだ。
『……ククク、ハッハッハッハッ! ああ、たまらん! 痛快じゃ!!』
死の沈黙の中、日本の若林幹事長だけが、涙を流して狂笑していた。
『日本もすってんてんじゃ! 見事じゃ力武政宗! 貴様のそのドス黒い算盤、最高のエンターテインメントじゃったわ!』
敗北すら悦びとする老狸の笑い声を最後に、政宗は通信を強制切断した。
「……終わったな」
政宗は、魔導端末の電源を落とし、深く背もたれに寄りかかった。
「お見事な手腕でした、力武様」
リバロンが、最高級の茶葉で淹れた紅茶を静かに差し出す。
「……寿命が縮んだぜ。あのアホウサギの暴走がなけりゃ、もっとスマートに勝てたんだがな」
政宗は悪態をつきながらも、どこか安堵したように紅茶を一口飲んだ。
「ただいまーっ!!」
執務室のドアが勢いよく開き、泥だらけになったキャルルが飛び込んできた。
その後ろには、武装を解除され、すっかり毒気の抜けた各国の兵士たちが、荷馬車の後片付けを手伝っている姿が見える。
「政宗くん! お薬、みんなで仲良く分けっこして、怪我してる人たち全員治ったよ! 誰も死ななかったの! すごいでしょ!」
キャルルは、世界経済が裏でひっくり返り、自分たちが世界の覇権を握ったことなど微塵も知らない。ただ、「みんなが笑顔になったこと」を心から喜んで、ピョンピョンと飛び跳ねている。
「……ああ、すごいすごい」
政宗は、苦笑しながら立ち上がり、キャルルの泥だらけの頬をハンカチで乱暴に拭ってやった。
「お前のおかげで、世界は平和になったよ。……俺は最悪の悪党になっちまったがな」
「え? 政宗くん、なんか悪いことしたの?」
きょとんと首を傾げるキャルルに、政宗はフッと笑った。
「いや? 史上最高の『商談』をまとめただけだ。……さあ、飯にするぞ、村長」
「うんっ! 今日は特大の太陽芋のシチューだよ!」
夕日に染まるポポロ村。
そこは、世界で最も危険な算盤と、世界で最も純粋な光が同居する、新たな世界の中心。
武力でも政治でもなく、『経済と信用』で世界をひれ伏させた第2章・ポポロ村独立経済特区編。
彼らの型破りな「商売」は、まだ始まったばかりである。




