EP 4
見えざる手と防衛顧問
「特務交渉人……だと?」
小太りの役人は、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
後ろに控える帝国兵たちが、魔導ライフルの銃口をチャキッと政宗に向ける。
「どこの馬の骨かは知らんが、帝国の決定に逆らうつもりか? 貴様らなど、我々の武力の前では――」
「武力? 馬鹿言ってんじゃねえぞ」
政宗は、赤マルの煙を役人の顔面に吹きかけた。
「コホッ、貴様……!」
「いいか、豚。お前が振りかざしてるのは『武力』じゃない。ただの『権力の借り物』だ。そして、俺はそういう借り物をへし折るのが世界で一番得意なんだよ」
政宗は懐から、鈍く光る銀色のプレートを取り出し、役人の鼻先に突きつけた。
「ゴ、ゴルド商会の……シルバーランク章!?」
役人の顔から、一瞬で血の気が引いた。
大陸の経済と物流を裏から支配する超巨大多国籍企業。その幹部候補の証である。
「な、なぜゴルド商会の人間がこんな辺境に……!」
「視察だよ。で、お前の話だ。月光薬の納品を三倍にするって?」
政宗はニヤリと笑った。「いいだろう、商談成立だ。明日にでも用意してやる」
「えっ!?」
背後で、キャルルが悲鳴を上げた。
「だ、ダメだよ政宗さん! そんなことしたら、私……!」
「黙ってろウサギ」
政宗はキャルルを手で制し、再び役人に向き直った。
「ただし。ゴルド商会の規約に則り、取引には『品質保証保険』を掛けてもらう。追加分の輸送と保管に関わる保険料は、帝国の公金ではなく、お前の『個人口座』で担保しろ」
「な、なんだと!? なぜ私が個人の資産を……」
「馬鹿か? キャルルに無理やり魔力を絞り出させれば、当然、薬に不純物が混じるリスクが跳ね上がる。それを飲んだ帝国の貴族に副作用でも出たら、お前はどう責任を取る気だ?」
政宗は役人の胸ぐらを掴み、その耳元で冷酷に囁いた。
「俺がゴルド商会の名で『この薬は危険だ』と市場に情報を流せば、月光薬の価格は暴落する。それだけじゃない。この村は三大大国の緩衝地帯だぞ。お前の独断のせいで、アバロンやレオンハートへの薬の供給が止まり、軍事バランスが崩れたらどうなる?」
役人の額から、滝のような汗が吹き出した。
「マ、マルクス皇帝陛下が……」
「ああ、そうさ。皇帝陛下は、国益を損なった無能な中抜き豚を、どう処理するかな?」
政宗の口角が吊り上がる。
『権力に翻弄されないための48の法則』その11――「人を自分に依存させよ」。
相手を恐怖で縛り、自分が救済の道を持っているように錯覚させる。
「俺は優しいからな。今すぐその要求を取り下げて帰るなら、商会への報告は握り潰してやる。お前も命が惜しいだろ?」
「ひ、ひぃぃっ! わ、分かった! 今回の増税は保留だ! 引っ上げるぞ!」
役人は帝国兵たちを急かし、逃げるように魔導装甲車に乗り込むと、砂煙を上げて広場から消え去っていった。
静寂が戻った広場。
「す、すごーい! 政宗さん、魔法みたいだった!」
キャルルが目を輝かせて、政宗の手を両手で握りしめた。
「ありがとう! 私、政宗さんが無茶言ったから、どうしようかと思ったよぉ!」
「バカ、あんなのただのハッタリだ」
政宗は照れ隠しにキャルルの手を振り払い、ふと、視線を感じて振り返った。
村長宅の入り口。
人狼の宰相、リバロンが腕を組み、静かにこちらを見ていた。
その目は、昨日とは違う『評価』の光を帯びていた。
「……見事な手腕でした。帝国兵の魔導ライフルを前にして、一歩も引かずに法的・経済的な脅迫を行うとは。実に悪辣だ」
「最高の褒め言葉だな、執事サマ」
政宗は歩み寄り、リバロンの前に立った。
「村の需要と供給だけじゃ、大国の手出しは防げない。なら、俺という『ゴルド商会』の看板を使って、この村を経済的不可侵地帯にする。……どうだ? これならお前の『リヴァイアサン』の生存戦略に組み込めるだろ」
リバロンは目を閉じ、ふっと短く笑った。
「どうやら、あなたの算盤は少し狂っているようですが……悪くありません。歓迎いたしますよ、力武様」
リバロンが、白い手袋に包まれた手を差し出す。
「よろしく頼むぜ」
政宗はその手を、強く握り返した。
悪党と悪党の、冷徹な契約の成立。
こうして、転生商社マン・力武政宗は、北極星を守るための『専属商人(防衛顧問)』となったのである。




