EP 5
水平線の『出雲』
防衛顧問となった政宗の最初の仕事は、ポポロ村の戦力監査だった。
村の裏手にある自警団の訓練場。
政宗は、赤マルの煙を細く吐き出しながら、並べられた兵器の山に目を丸くした。
「……おい執事。なんだこれは」
「ただの自衛用の備品です。魔導誘導バズーカに、対物魔導地雷、それに長距離自爆ドローンが少々」
リバロンは、紅茶の入ったカップを優雅に傾けながら平然と答えた。
「少々、じゃねえよ。一個中隊を消し飛ばせる火力だぞ。どこの『死の商人』から仕入れた?」
「企業秘密です。大国に舐められないためには、ハリネズミのように針を立てる必要がありますから」
あのアホなウサギの裏で、この人狼はとんでもない軍事要塞を築き上げている。
政宗は呆れつつも、内心で舌を巻いた。
これだけの武力と、キャルルの『全回復』と『マッハの暴力』。確かに、真正面からポポロ村を落とすには相当なコストがかかる。
「政宗さーん! リバロ〜ン!」
遠くから、キャルルが両手に山盛りの人参を抱えて走ってきた。
「おや、キャルル様。畑の視察は終わりましたか」
「うんっ! 今日もネタキャベツが元気に喋ってたよ! 平和がいちばんだね〜」
のほほんと笑う彼女の姿は、とてもこの村の最終兵器には見えない。
(……このいびつなバランスが、ポポロ村の『反脆弱性』か)
政宗がそう思考を巡らせた、その時だった。
――グォンッ。
足元が、いや、空間そのものが不気味に揺れた。
「地震か?」
政宗が身構える。
だが、違った。地面は揺れていない。
大気が、光が、音の伝わり方が、ぐにゃりと歪むような奇妙な感覚。
三半規管が狂わされるような強烈なめまいが、村全体を覆い尽くした。
「っ……!? な、なにこれ……泉が、聖なる泉がすごく震えてる!」
キャルルが持っていた人参を落とし、村の中心にある泉の方角を見て顔を青ざめさせた。
「魔力の異常発生ですか? いや……これは」
リバロンが、スッと目を細めて村の西側――海の方角を見据える。
「風の匂いが変わった。潮の香りに……見たことのない『鉄と油』の匂いが混じっています」
「鉄と油……?」
嫌な予感がした。
政宗は走り出した。キャルルとリバロンもそれに続く。
村を抜け、西側の崖の上に出る。
眼下には、見渡す限りの広大な海が広がっていた。
マンルシア大陸の辺境、決して人が寄り付かないはずの未開の海域。
だが、空の様相がおかしかった。
上空を飛んでいた数頭の野生のワイバーンが、パニックを起こしたように鳴き声を上げ、空の『何か』から逃げるように散っていく。
「おい、あれを見ろ……」
政宗の口から、くわえていた赤マルがポロリと落ちた。
雲を裂き、鼓膜を破るような圧倒的な轟音と共に、三つの黒い影が空を駆け抜けていった。
ワイバーンなど比較にならない、マッハの速度。
特徴的なステルス形状の機体。
(……F-35戦闘機!? なんで、異世界に……)
混乱する政宗の視線が、そのまま水平線へと引き寄せられる。
そこに、巨大な『鉄の島』が浮かんでいた。
波を切り裂き、こちらへ向かってくる灰色の巨体。
甲板には複数の航空機が並び、マストには見慣れた高角レーダーが回っている。
「なんだ、あれは……魔導船か? いや、帆がない……鉄の塊が浮いているだと?」
リバロンでさえ、その常識外れの光景に目を見開いている。
だが、政宗は知っていた。
知っているはずがない。ここは異世界なのだから。
しかし、その艦影は、前世の記憶に焼き付いているものと完全に一致していた。
「……護衛艦、いずも……いや、『出雲艦隊』か……?」
政宗の呟きに、キャルルが不安そうに袖を引いた。
「政宗さん……知ってるの? あれ、何……?」
「ああ……」
政宗は、乾いた唇を舐めた。
状況が、最悪の形で理解できた。
マンルシア大陸が、何らかの理由で次元を越え、地球の『太平洋』に出現したのだ。
それはつまり、あのイカれた大国ども――アメリカ、中国、ロシア、そして日本が、この未開の『資源』に牙を剥くということを意味していた。
「最悪だ……。よりにもよって、世界で一番えげつない『怪物ども』と陸続きになりやがった」
水平線の向こうで、イージス艦のレーダーがギラリと太陽の光を反射した。
地球と異世界が接触した、歴史的な瞬間。
ポポロ村の本当の地獄が、幕を開けようとしていた。




